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第46話 崩れ落ちた声

 森からの帰路、ミリアは王都の軍施設へ向かっていた。

 回収された物資や記録の中に、そのとき何が起こったのか手がかりとなるものがあるかもしれないと。


 報告書からは、何も読み取れなかった。

 集落の人たちが、いったい何をしたというのか。

 淡い期待を胸に抱きながら、研究局の管理区画へと足を踏み入れる。


 中庭を抜けた先は、ひんやりとした薄暗い廊下だった。

 整理途中の書類が床まで積まれ、使い古された装置の残骸が壁際に寄せられている。

 空気には埃が立ちこめ、鉄と油の匂いが微かに鼻をついた。


 通路を進むうち、ミリアは一つの棚の前で足を止めた。

 棚の奥、保護ガラスの向こうには、焼け焦げた装置や黒ずんだ石片など、大小さまざまな破片がいくつも並んでいる。


「……これは?」


 低く呟いた声に、近くで資料を積み直していた白衣の研究員が振り返る。

 ミリアの姿を認めると、少し驚いたように眉を上げた。


「ああ、ミリアさんでしたか」

 資料を抱えたまま、棚の方を指差す。

「それ、ヴェイルの森から運ばれたものですよ」


「手前のは、軍が持ち込んだ思念の記録装置です。

 魔素を媒体にして現場の思念を残す仕組みなんですが……森は“静域”の影響で魔素が極端に薄く、記録されていたのは制圧時のほんの数分の断片だけでした」


 ミリアは一歩近づき、焦げた装置に視線を落とした。

 魔素の薄い環境で無理に稼働させたのだろう。

 金属の縁には、過熱の痕が生々しく残っている。


「……では、こっちは?」


 そう言って視線を移した先――黒い石片を指さすと、研究員はわずかに目を細めた。


「そっちは森から持ち帰ったものです。最初はただの鉱石だと思われてましたが、後になって“強い思念が染みついている”という報告があって、調べてみたんですよ」


 彼は資料の束を抱え直し、少し言葉を探すように続けた。


「その石、非常に強い思念が封じられていて……眺めていると、魔族たちの生活ややり取りが断片的に見えてきました。映像や音というより、記憶そのものを追体験するような感覚です。

 ものに思念を閉じ込める技術は我々も研究していますが、どうやら似た構造の記録装置のようですね。……石ですけど」


 言葉を切り、肩をすくめる。


「ただ、どちらの記録からも“魔素の少ない環境で魔法を使える理由”には結びつきませんでした。技術的な価値は低いですし、どっちもそろそろ廃棄予定です」


 国家にとって重要なのは“構造”や“術式”であり、そこに宿る“声”や“想い”は、評価の対象にはならない。

 それでも――ミリアには“何か”がそこに残っているように思えた。


 指先が、無意識にガラス越しの破片へと伸びる。

 視線は逸らせなかった。


「……これ、扱いはどうなっているの?」


「ああ、もう処分リストに追加済みです」


「引き取りには、申請が必要?」


「いえ、廃棄予定ですので。気になるようであれば、お持ちいただいても構いませんよ」


 ミリアは小さくうなずき、棚の中に目を移した。

 手にもてる限りの破片を選び、布に包む。

 それを抱え、無言のままその場を後にした。


 ――その夜、軍施設の片隅。

 ミリアは、持ち出した記録装置の破片を机の上に並べていた。


 その中のひとつ。黒く鈍い光を帯びた石に、そっと視線を落とす。

 目を凝らすうちに、石の表面にかすかな揺らぎが走った。

 瞬間、光も音もないまま、何かがミリアの意識に直接流れ込んでくる。


 ノイズ混じりの映像、音声――それは、驚くほど日常的なもので始まった。


 《お母さん、今日、森で大きな鳥を見たよ。霧の中でも羽がきらきらしてて、すっごいきれいだった!》

 《またお菓子持ってくる? いいよ、でも次は交換ね》

 《お姉ちゃん、こっち見てー!》


 子どもたちの声。笑い声。会話。名も知らぬ誰かの他愛のないやりとり。

 耳を澄ませるまでもなく、全身がその記録に引き込まれていく。


 しばらく石に浮かぶ記憶を見つめていたミリアは、やがて軍が持ち込んだ記録装置に手を伸ばした。

 再生の術式を起動させると、すぐに音が流れ始める。


 大人の声が聞こえた。

 食事の支度の音にまじって、誰かに語りかける落ち着いた口調が続く。


《お皿、並べてくれる? あとは盛りつけるだけだから》

《うん、箸も一緒にならべとくよ》

《ありがとう……待って、今、外で何か大きな音がしなかった?》


 突然、音声が乱れた。ノイズが走り、記録が不安定になる。


 そして、最後に――


《……逃げて! ――みんな、はやく――!》


 叫び声だった。

 誰かを守ろうとして発せられた、混乱と焦りの入り混じった声。

 だがその直後、映像も音もすべてが途切れた。


 ミリアの指先が、わずかに震える。

 胸の奥に押し込めていた感情が、抑えきれずにあふれ出した。


 集落の人たちは――やはり、何もしていなかった。


「……ごめんなさい」


 誰に向けた言葉かは、自分でもわからなかった。

 けれど、口にした瞬間、それまで張りつめていたものが静かに崩れ落ちていった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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