第44話 再定義
ヴェイルの森が焼かれてから、ほどなくして王国軍の調査部隊が現地に入った。
そこに広がっていたのは、かつての森とは似ても似つかない光景。
焼け落ちた木々、崩れた家々、黒く焦げた地面――
不自然なほどの静寂のなか、風に吹かれた灰と破片が舞い上がっていた。
調査員のひとりが、焦げた地面を掘り返す。
そこから出てきたのは、溶けかけた銀の匙と、黒く炭化した木の玩具。
わずかに残る生活の痕跡も、すでに原形をとどめていなかった。
集落の構造も、誰がどこにいたのかも、すべて灰の中に埋もれていた。
居住区と思しき一角では、いくつもの遺体が見つかった。
だが、近くに剣も盾も落ちてはいない。戦闘の痕跡もきわめて乏しかった。
倒れたままの姿勢から見ても、彼らは武装もせず、日常の中で突然襲われたのだろう。
抵抗の跡は、ごくわずかしか残っていなかった。
そして、事前の情報どおり――この地の魔素濃度は、異常なほど低かった。
調査班が持ち込んだD.E.Aユニットは一度も起動せず、スキルの行使も完全に封じられていた。
ただ奇妙なことに、焼け跡から回収された生活用品のいくつか――
鍋や照明具、金属製の器具には、ごく微かな魔力反応が残っていた。
どれも魔力刻印や術式装置を持たない、ありふれた道具だ。
にもかかわらず、それらには魔法が行使された”痕”が認められた。
調査班はそれを、こう記した。
「魔力的作用が、日常空間に常時及んでいた可能性あり」と。
さらに森の奥、半ば崩れた小屋の残骸の中から、生存者とみられる魔族の少年が発見された。
魔法の痕跡に対する問いかけに、彼は怯えた様子のまま、こう証言している。
「この森では、みんな普通に魔法を使って暮らしていた」
極端に希薄な魔素濃度と、その証言。
両者の間には、どう考えても矛盾があった。
日用品に残る反応、空間の歪み、少年の言葉。
それらを突き合わせた調査班は、ひとつの仮説に至る。
『この森の住人たちは、外部の魔素に頼らず、自ら魔素を生み出していたのではないか』
それは、これまでの魔法化学理論では説明のつかないものだった。
班は現地で得られた資料や回収物をまとめ、軍情報局、そして王都研究局へと報告を提出する。
やがて届いたその報告書は、研究局内で大きな波紋を呼んだ。
研究局の技術審議班は、提出された仮説をもとに検討を進め、三つの可能性を挙げる。
一つ――住人自身の身体が、魔素を循環・精製するための“生体適応”を獲得していた可能性。
二つ――地脈や古代遺構といった、未知の外部魔力源に密かに接続していた可能性。
三つ――自律型の魔法化学装置、あるいは空間そのものに魔素を再編成する機構が組み込まれていた可能性。
いずれも、現代の魔法化学では再現不能。
本来なら机上の空論として退けられるはずのものだった。
けれど――現地で確認された“痕跡”と、生き残った少年の“声”は、理論の限界を突きつけるには十分すぎた。
軍上層部はこの報告を受け、王都の対外政策室、そして戦略局との協議を開始する。
結論は、ただひとつだった。
――ヴェイルの森に存在した「魔素自給の技術」を、実在の可能性ありとして扱う。
もしその原理を再現できるのなら。
極限環境での魔法展開、長距離遠征における兵站の軽減、局地戦での圧倒的優位――
その応用範囲は計り知れない。
既存の兵装体系を根本から変える“構造改革”となり、国家の未来すら左右しかねない技術だった。
この方針転換は、やがて軍の行動指針にも波及していく。
焼かれた森。破壊された集落。
そこに暮らしていた“魔族”たちは、もはや「排除すべき敵」ではなくなった。
彼らは――技術の鍵を握る“資源”として再定義されたのである。
報告書の末尾には、こう明記されていた。
『当該個体群は、既存理論では再現不能な魔力特性を示す。
よって、可能な限りの確保・回収を推奨する。
殲滅は最終手段とし、生体データおよび技術体系の確保を最優先とする』
現地から回収された装置の破片はすでに王都の解析機関へ送られ、再構築の試みが進められている。
もし原理が解明されれば、新たな軍事応用への展望も開ける――そう報告書は締めくくられていた。
ただし、すべての住人が焼失時点で確認されたわけではない。
すでに一部の個体は逃亡したとみられ、その行方は厳重に秘匿された。
民間への情報開示は行われず、公式記録上も「調査中」と記されるのみ。
実際には、追跡部隊が山岳地帯や旧街道沿いに展開し、潜伏先の捜索を続けていた。
だが――今のところ、決定的な成果は上がっていない。
“異端”として焼かれた森の民は、いつしか国家が追い求める“技術の源”へと変わっていった。
国家の関心は、排除から新たな可能性の探求へと移行しつつあった。
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