表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/70

第42話 過去を探る動機

 朝の光が、小さな隠れ家の窓から静かに差し込んでいた。

 古びた机の上には、軍の資料室から借りてきた文献が山のように積まれている。

 すべて正式な許可を得て持ち出したものだが、その量はまるで小さな図書館を部屋ごと運び込んだようだった。


 ミリアは一冊を手に取り、慎重にページをめくる。

 魔族に関する記録、民間伝承、旧軍の報告書――

 内容も分類もばらばらで、真偽の怪しいものまで混じっていた。


 それらを一行ずつ確かめるように読み進めても、“確かなこと”はどこにもない。

 並ぶのは「正体不明の存在」「異形の災厄」「災いを呼ぶもの」――そんな曖昧な言葉ばかり。

 生態や起源について具体的なことは何一つはっきりしない。


 ただ、どの文献にも共通しているのは「人と相容れぬ存在」という断定だけ。

 理由も根拠もないまま、恐れと排除が書き連ねられている。


 ──これでは、何も分からない。


 ミリアは小さく息を吐き、栞を挟んで本を閉じた。

 積み上がった資料に目をやりながら椅子を引き、ゆっくりと立ち上がる。


「……ふう。今日は、ここまでにしとこう」


 背後のベッドでは、リリィが穏やかな寝息を立てていた。

 この小さな隠れ家には壁も仕切りもなく、机とベッドが向かい合っている。

 日常と非日常が、同じ屋根の下で寄り添っている。


 ミリアは足音を忍ばせ近づき、そっと寝顔をのぞき込む。


 ――まだ幼さの残る寝顔。

 けれど、その身体には少しずつ“変化”の兆しが現れ始めていた。


 首筋に浮かぶ灰紫の痣は、昨日よりも濃くなっているように見える。

 耳の輪郭も、ほんのわずかに尖ってきている気がする。

 じわじわと、確実に、変異は進んでいるように思えた。


 不安ばかりが頭の中を埋め尽くしていく。

 思考は、自然と悪い方向へと傾いていった。


「……リリィ」


 ミリアはそっと手を伸ばし、額に触れる。

 熱はない。うなされる気配も、痛みに耐える様子もない。


 淡く浮かぶ痣に指を伸ばすと、自分のと変わらない温もり。

 尖りかけた耳にもそっと触れてみる。柔らかく、やはり人のそれと変わらない。


 変わっているのに、何も変わっていない。

 その“異常のなさ”が、かえって恐ろしく感じられた。


 リリィの身体の変化は、何が原因なのか?


 ──もしかして。


 あの日、風詠みの丘で感じた“あのうねり”が引き金だったのではないか。


 あの場所には、目で見えるほど濃密な魔素が渦巻いていた。

 荒々しく、禍々しく、まるで世界の理そのものが歪んでいるかのような気配。

 もし、あの魔素がリリィの身体に入り込んだのだとしたら……。


 だとしたら、同じ場所にいた自分はなぜ無事だった?


「……リリィと、私は何が違うの?」


 答えの出ない問いが、頭の中をぐるぐると巡る。

 けれど、その渦の中でふと別の疑問が浮かんだ。


 ――そもそも、魔族はいつから存在するのだろう。


 古い文献をいくら見返しても、最初期の記録には“魔族”らしき記述が見当たらない。

 その起源は、一体どこにあるのだろうか。


 分からないまま、疑念だけが胸の奥に沈んでいく。

 それはやがて、“変異”という現象そのものへの探求心へと変わっていった。


 知りたい。この現象の正体を。

 そして、彼女を守る方法を。


 ミリアが見守る中、リリィのまぶたがかすかに震えた。

 次の瞬間、薄闇の中でその瞳がゆっくりと開く。


「……ミリア、まだ起きてたの?」


 かすれた声。けれど、その奥には眠気と、少しの心配がにじんでいた。


「うん。もうそろそろ寝ようと思ってたところ。ごめんね、起こしちゃった?」


 ミリアは柔らかく微笑み、そっとリリィの額に手を添える。


「ううん。だいじょうぶ……それより、ごめんね。心配かけちゃって」


 その言葉に、ミリアは一瞬だけ息をのんだ。

 こんなにも小さな子が、自分のことより私を気遣ってくれる――

 その優しさが、痛いほど胸の奥に響く。


「……そんなことないよ。リリィが謝ることなんて、ひとつもない」


 ミリアは穏やかに首を振った。

 リリィは一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく笑う。


「でも……ミリア、すごく心配そうな顔してたから」


「えっ、そうかな……ごめん。逆に心配させちゃったね」


「ううん。ミリアと一緒なら、全然平気だよ」


 リリィはそう言って、そっと布団の端をつまむ。

 その小さな指先が、安心したようにシーツを握りしめていた。


「……ねえ、リリィ。当分の間は、ここで過ごしてもらうことになるけど、必ず外に連れ出してあげる。約束する」


 リリィはしばらく黙っていたが、やがて目を上げて、はにかむように笑った。


「……うん。楽しみにしてる。また外に出て、みんなと遊びたいな」


「そうね」


 ミリアは微笑み、リリィの髪を優しく撫でた。


「さあ、もう寝ましょう。……私も着替えてくるわ」

 ミリアは微笑み、ランプの灯を少し落とす。


 着替えて戻ってきたミリアはリリィの隣に横たわる。

 まぶたを閉じた瞬間、記憶の底から、あの森での言葉がよみがえった。


『過去は、ちゃんと残ってるんだよ。人や場所、必ず、何かが覚えていてくれる』


 ――ヴェイルの森で、エレナが微笑んで言った言葉だ。


 きっと、どこかに答えがある。

 だから、諦めない。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ