第40話 焼け跡の贈り物
「……リリィ」
ミリアの声に応えるように、リリィがゆっくりと笑った。
けれど、微かに揺れるその口元は、不安と痛みを隠しきれていない。
「ミリアお姉ちゃん……」
細く震えた声が、風の止んだ丘にかすかに響く。
ミリアは思わず駆け寄り、膝をついて彼女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? どこか、痛いところは――」
差し伸べかけた手に、リリィが小さく首を振る。
その小さな手が、ミリアの指先を探して触れ、確かめるようにぎゅっと重なった。
「……わたし……どうしちゃったのかな。ねえ、ミリア……なんだか、全然、元に戻らないの」
煤けた手のひらは小さく、傷だらけで――それでも不思議と温かかった。
ミリアは何も言えず、ただその手を包み込むように握りしめる。
「……どうして、ここに来たの? 一人で、こんな危ない場所に」
責める気持ちはなかった。
けれど、声の奥に滲む焦りと不安が、隠しきれずにあふれ出していた。
リリィは目を伏せ、焦げた地面を見つめながら、ぽつりと呟く。
「だって……ミリア、もうすぐ誕生日でしょ?」
照れたような笑みを浮かべながら、続く言葉は、まっすぐなリリィの想いだった。
「だから……サプライズしたかったの。この丘に、お手紙と、シェラと一緒に作ったにおい袋を埋めておこうと思って。花が咲いてたら一緒に摘んで、“ここで見つけてほしい”って……そうしたらきっと、喜んでもらえるかなって……」
その声は徐々にかすれ、喉の奥でつまる。
そして――
「ごめんね……うまく、できなかった……」
その瞳にたまった涙が、煤で汚れた頬を静かに伝い落ちた。
ミリアは言葉を失い、ただその姿を見つめる。
けれど、その小さな身体には、かつてなかった変化が現れていた。
肌に浮かぶ淡い痣。わずかに尖り始めた耳の輪郭。
そして、あの澄んだ青の瞳は、深い紅に染まっている。
でも……それでも。
重ねた手のぬくもりも、差し出された想いも、流れ落ちた涙のあたたかさも、何ひとつ変わってなんていない。
ミリアの中で、答えはもう出ていた。
――たとえ姿が変わっていても、この子はリリィだ。
迷いはなかった。
心がそう叫んでいた。
本能が、そう信じていた。
ミリアはようやく唇を開く。
「……そうだったんだね」
その一言に、リリィの肩がかすかに揺れた。
ミリアは微笑んだ。けれど、頬を伝う涙は止まらない。
ただ、胸の奥でリリィの想いをゆっくりと受け止めていた。
「リリィ。……身体、気分は悪くない?」
「……ううん。なんかね、ちょっとだるいけど、もう大丈夫」
リリィはかすかな声で答え、ほんの少しだけ笑ってみせた。
「ねえ、リリィ」
ミリアはその手を包み込んだまま、そっと問いかける。
「そのプレゼント……どこに、埋めてくれたの?」
リリィはまぶたを伏せ、弱々しくも、どこかいたずらっぽく唇を動かした。
「……探してみて。きっと、ミリアなら……見つけられるよ」
その言葉に小さく頷き、ミリアは立ち上がった。
そして、焦げた大地に視線を巡らせる。
――花の目印は、爆風で焼けてしまったのだろう。
手がかりは、もうどこにも残っていない。
それでも、リリィならどこに埋めるだろう。
どこに置けば、自分がきっと見つけてくれると信じてくれるだろうか。
その想いをたぐるように、ミリアは指先で焦げた土をそっと掘り返していく。
「ここかな……それとも、こっち……?」
膝をつき、慎重に土を掘り起こしていく。
何度も場所を変えながら、焦げた地面を確かめるように指を這わせた。
そして、少し離れた場所――ほんのわずかに土がやわらかい箇所で、指先が小さな硬いものに触れる。
ミリアは息を呑み、ゆっくりと土をかき分けた。
現れたのは、手のひらほどの木箱だった。
「あったぁ……」
焦げた匂いの中、ふわりと優しい香りが混じる。
「……見つけたよ、リリィ」
戻って耳元で囁くと、リリィはうっすらと目を開けて、小さく微笑んだ。
「よかった……」
ミリアは木箱を胸に抱きしめ、微笑む。
「ありがとう。リリィには、いつも元気をもらってばっかりだね」
その言葉に、リリィはどこか誇らしげに笑った。
けれど、その声はあまりにもかすかで――
「ちょっと……早いけど……お誕生日、おめでとう……ミリア」
そう言って、ゆっくりと瞳を閉じる。
「リリィ……? ねえ、大丈夫?」
ミリアの声が震えた。思わず身を乗り出し、名を呼ぶ。
「リリィ……!」
返ってきたのは――小さな寝息だった。
すう、すうと、規則正しく、穏やかに。
ミリアの腕の中で、リリィは確かに生きていると知らせてくれていた。
「……寝てるの……?」
張りつめていた胸の奥が、ふっとゆるむ。
ミリアは息を吐き、そっと胸を撫で下ろした。
だが、安堵のその瞬間――別の疑問が胸をよぎる。
――なぜ、リリィの姿は変わってしまったのか。
(……なぜ?)
問いは浮かんだが、今すぐに答えを求めても意味はない。
ミリアは小さく首を振る。
――今は考えない。まずは、連れて帰らなきゃ。
リリィの身体をそっと抱き寄せ、焼け焦げた丘をあとにして、ミリアは静かに歩き出した。
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