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第39話 黒き閃光

 ――夜明け前、ルディナ北部。

 空はまだ深い藍に沈んでいたが、地平の端にはうっすらと明かりが差しはじめていた。


 ミリアとシェラは、風詠みの丘を遠くから望める高台に立ち、ただ静かにその稜線を見つめていた。

 思い出の丘を、しっかりと目に焼き付けておきたかったのだ。


 やがて陽が高く昇りはじめるころ、ミリアが小さく呟く。

「……そろそろね」


 雲ひとつない青空を、一機の輸送機が音もなく進んでいく。

 《Arcane Atomic Device(AAD)》――高濃度魔素を封印した次世代兵器。

 それは投下地点と定められたノルディア山地へと運ばれていた。


 そこは、魔族の侵攻が過去最大規模で観測された接続域。

 王国軍にとっても、黙過できぬ最前線である。


 けん制。抑止。そして威嚇。

 ――すべては「次の戦火を防ぐため」。軍部はそう言い続けていた。


 午前十時。

 目標地点に到達した輸送機の投下機構が作動し、封印された魔力コアが切り離される。


 それは、あまりにも静かで、不気味な始まりだった。

 風詠みの丘をかすめ、AADは光の尾を引きながら、ノルディア山地の中心へと落ちていく。


 空気は張りつめ、時すら止まったかのように重い。

 誰も声を上げることなく、その瞬間を待つしかなかった。


 そして――光が弾けた。


 白と青の輝きが交錯し、空を覆い尽くす。

 視界は飽和し、世界の輪郭が消え失せる。

 数秒遅れて轟音が大気を震わせ、熱と衝撃波が地表を叩きつけた。

 圧縮された魔力は解き放たれ、風と震動を伴って周囲へ拡散していく。


 ノルディア山地の投下地点では地表が抉れ、斜面の岩肌は崩落した。

 谷間の樹々は薙ぎ払われ、地熱と魔力残滓が混じり合いながら立ち上る。


 風詠みの丘にも余波は届いた。

 直接の破壊こそ免れたが、草地は焦げ、風の道は乱れ、建造物のいくつかが熱と衝撃で損壊した。

 かつて穏やかな風が吹き抜けていた高台は、焦げた匂いに覆われていた。


 そして、すべてが止む。

 残されたのは、黒く焼けた地表と、目にも見えるほどの魔素のうねりだった。


 ◇


 作戦終了後、風詠みの丘とその周辺地域には、さらなる厳格な封鎖命令が下された。

 一般兵どころか将校ですら立ち入りを禁じられ、調査や被害確認は中止されたままだった。


 理由には「安全確認が取れるまでの一時的措置」と記されたが、その徹底ぶりは異常で、実際にはあらゆる接触が遮断されていた。


 高台から投下を見届けたミリアは、何も言わずに焼け落ちた地平を見つめていた。

 背後でシェラが、小さく声をかける。


「……団長、ここまでひどいとは……」


 絞り出すような声だった。

 焦げた空気、消えた風景――そこに、かつての記憶はどこにも残っていなかった。


「大丈夫ですか?」


 シェラの問いに、ミリアはしばらく答えられなかった。

 長い沈黙ののち、ようやく小さく息を吐く。


「……大丈夫なわけ、ないよ」


 抑えていた感情がこぼれ落ちた。


 ◇ ◇ ◇


 ルディナに戻ったミリアは、孤児院を訪れていた。

 だが、そこで待っていたのは思いもよらぬ知らせだった。


「……リリィが、いないの」


 シスター・アビゲイルの顔には、不安が色濃く浮かんでいた。

 ミリアと一緒に出掛けたものと思っていたらしい。だが違うと知るや、シスターはすぐに施設内と周囲を慌ただしく探し始めた。


 ミリアは小さく息を吐き、任務をシェラに託すと、ただちにリリィの捜索へ向かった。


 街、港、花屋、旧遊び場――

 どこを探しても、その姿はない。焦燥だけが胸を締め付けていく。


 そんな中、近隣の住民がふと口にした。


「そういえば……今朝、銀髪の女の子がひとりで北の丘に向かっていくのを見たよ」


 ――風詠みの丘。

 今は《AAD》投下作戦の影響で、周辺一帯は厳重に封鎖されているはず。

 そもそも、少女が一人で行けるような場所ではない。


 だが、ミリアの脳裏に最悪の想像がよぎった。


「まさか……」


 確かめずにはいられなかった。

 ミリアはすぐに身支度を整え、人目を避けて丘へと向かう。


 ◇


 やがて辿り着いた丘は、荒れ果てていた。

 焦げた匂いが漂い、地表は黒く焼け、いたるところで魔素のうねりが蠢いている。


 明らかに異常だった。

 魔素の濃度が高すぎる。常識ではあり得ない偏りと流れに、ミリアは本能的な警戒を強める。


「リリィ……どこにいるの……?」


 丘の斜面を登りながら、心の中で何度も名を呼ぶ。

 爆撃に巻き込まれていたら――想像するだけで身体が震えた。


 中腹まで差しかかったその時だった。

 焦げた草原の中に、ぽつりと立つ小さな人影が見えた。


 ミリアは、思わず足を止める。


 (……あれは……)


 慎重に歩み寄る。その輪郭が次第にはっきりしていく。

 ――リリィ。


 確かに彼女だった。

 だが、その姿はあまりにも変わり果てていた。


 白いワンピースは煤で黒く染まり、腕には無数の細かな傷。

 だがそれ以上に目を引いたのは、耳の輪郭、肌の色、そして――

 首筋から頬にかけて浮かび上がる紋様のような痣。


 それは、紛れもなく“魔人”の徴だった。


「リリィ……?」


 震える声で名前を呼ぶと、少女はゆっくりとこちらを振り返る。

 その顔に浮かんだのは、どこか寂しげな笑顔だった。


「……ミリアお姉ちゃん」


 その声も、表情も、まぎれもなくリリィのものだった。

 崩れかけた岩壁がすぐ傍にあり、爆風からわずかに彼女を守ったのだろう。


「大丈夫? 何があったの……?」


 恐る恐る問いかけると、リリィは首をかしげ、弱々しい声で答える。


「ちょっとだけ……空が光って、急に身体が熱くなって……いたかった……」


 だが――その瞳は、もう青ではなかった。

 深紅に染まり、ミリアを映している。


 そして、次の言葉が、ミリアの胸を突き刺した。


「お姉ちゃん……たすけて……」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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