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第3話 強さのかたち

 訓練場の朝は早い。

 薄いもやがまだ地表に漂う中、踏み締められた土を複数の足音が規則正しく叩いていた。


 木剣を振るう青年たちの額には、すでに汗が滲んでいる。

 その様子を中央で静かに見守るのは、黒髪の騎士――ミリア・カヴェル。


 ここは王国軍の中でも精鋭とされる独立部隊、《夜禍の牙》の訓練場。

 “黒焔の血”を受け継ぐミリアは、生まれながらに強力なスキルを宿し、幼少より周囲から一目置かれてきた。


 アストラニア王国において、スキルは家柄と立場を決める力だ。

 生まれつき備わる魔力の制御能力――それが貴族の証であり、国家の中枢を支える者の資格とされている。

 一方、スキルを持たぬ者は〈動的エネルギー補正装置(D.E.Aユニット)〉を身につけ、魔力を動力として身体能力や戦闘力を補う。


「重心を意識して。力は抜いて、次」


 短く的確な指示に、隊員たちは背筋を伸ばし、構えを正す。

 木剣が風を切る音と、土を踏み込む鈍い衝撃が、一定の間隔で繰り返された。


 その中で、一人の若い兵士が苦い表情を浮かべる。

「すみません……D.E.Aが、どうにも反応してくれなくて……」


 訓練の合間に駆け寄ってきたその兵士に、ミリアは軽く首を横に振った。

「焦らなくていい。力は、一朝一夕じゃ思い通りにならないよ」


 彼女は装置の位置を手際よく直し、短く構えを取って動作を示す。

「どう使うかは、自分の体と相談して決めるもの。道具も力も、結局は使い方しだいだ。すぐ慣れる」


 兵士ははっとしたように背筋を伸ばし、「……はいっ! ありがとうございます!」と深く頭を下げた。


 少し離れた場所で、そのやり取りを見ていたのは、フードをかぶった狙撃手――シェラ・ノクト。

 生まれつき特殊な視覚スキルを持つ“視認補助系能力者”で、訓練中も必要以上の言葉は発さない。


 彼女は若い隊員のD.E.Aを無言で手に取り、手際よく点検していく。

 余計な口を挟むことなく、必要な調整だけを淡々とこなす姿は、見慣れていてもどこか頼もしい。


「……甘いんじゃないですか。教えすぎれば、現場じゃ頼れませんよ」


 低い声が背後から届いた。振り返ると、そこにいたのは潜入任務を担う男――ユーグ・カラン。

 相手に気づかれる前に自分の存在を五感から消し去る稀少なスキルを持ち、《夜禍の牙》でも異質な存在だ。


「そうかな。自分の力を信じられるようになれば、そう簡単には諦めなくなると思うけど」


 ミリアの返しに、ユーグは肩をすくめ、口元だけで笑った。

「そんなもんですかね。……まあ、やる気が出るなら、それで」


 その直後、別の隊員が声を上げ、模擬戦の開始を告げる。

 ミリアはそちらに歩み寄り、二人の間に入り、構えや間合いを細かく指示する。

 木剣が交差し、土が跳ね、息が荒くなる――一日の中でも最も訓練場が熱を帯びる時間だった。


 やがて喧騒が収まり、静けさが戻る。

 整備を終えたシェラが棚へ装置を戻し、ふいにミリアのもとへ歩み寄った。


「どうかした?」


 問いかけても、シェラはしばし視線を向けたまま、首をわずかに傾ける。

「教え方、上手いですね。……ああいうの、好きです」


 それだけ告げ、また何事もなかったように背を向けた。


 ミリアはふっと笑みをこぼし、その背中に軽く手を振る。言葉が少なくても、信頼は十分に伝わっていた。


 ◇ ◇ ◇


 夕刻。人気の消えた訓練場に、一人の影が残っていた。


 ミリアは腰の剣に手を添え、ふと過去の情景を思い出す。

 片付けの時間になると、必ず道具を運んでいた少年――ユリウス。

 文句も言わず、他の者の分まで淡々とこなしていた友は、もうこの世にはいない。


 託された剣は、今も彼女の腰にある。


 ――守る剣であること。

 それが、彼と交わした約束だった。


「……ちゃんと、守れてるかな」


 小さな呟きは夕風にさらわれ、茜色の空に溶けていった。


 スキルを持つ者と持たぬ者。

 生まれた時から横たわる壁は、寄り添おうとしても消えはしない。


 ――それでも。


 立場が違っても、同じ場所を目指すことはできる。


 沈みゆく夕陽の中、長く伸びる影の中で、ミリアは目を閉じた。

 生まれや力に流されず、どう生き、どう歩むかを選び続けること。

 それこそが、彼女にとっての“強さ”だった。

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