表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/68

第35話 謹慎

 鉄扉が閉まる鈍い音が、耳の奥にいつまでも残っていた。

 窓のない謹慎室――軍本部の地下に設けられたその部屋は、昼夜の区別すらつかない。

 冷たい石壁と、最低限の家具だけが並ぶ無機質な空間。天井の魔導灯が淡い光を落とし、時間の感覚をじわじわと狂わせていく。


 ミリア・カヴェルは、エレナの処刑を止めようとした行為が越権と見なされ、謹慎処分を言い渡された。

 だが、その実態は処分というよりも、ほとんど投獄に近いものだった。


 部屋の隅には小さな机。積まれた報告書を黙々とめくり、仕分け、記録する。

 軍内で処理しきれずに回された雑務が、彼女に与えられた唯一の仕事だった。


 毎日は同じ繰り返し。誰とも顔を合わせず、決まった時間に小窓から食事が差し入れられる。

 耳に届くのは、紙をめくる音と、魔導灯の低い唸りだけ。


 その静けさは安らぎではなく、胸を締めつける鎖のように彼女を絡め取っていた。


 どれだけ紙をめくっても、心は少しも軽くならない。

 やがてふと手が止まり、背もたれに身を預けて、長く息を吐いた。


 最近は、叱られてばかりだ――そんな思いが胸の奥をひりつかせる。


「……もう、何をしてるんだろう、私」


 誰に向けるでもなく、かすれた声がこぼれてしまう。

 返ってくるのは、石壁に反射した自分の声だけ。


(ユーグは、今、何を思っているだろう)

(シェラは、こんな私をどう見ているだろう)


 エレナを助けようとした自分の行動が、どれほど軍規を逸脱していたかは理解している。


(みんなにも迷惑ばかりかけてる……)

(これじゃ、団長失格だ)


 机に視線を戻しても、文字は頭に入ってこない。

 必死で守ってきた部隊。仲間と築いた信頼。積み上げてきたものが、あの日の行動ひとつで崩れてしまった気がした。


 何より苦しいのは、それが「正しかったのかどうか」、今でも答えが出せないことだった。


 (いや、命を助けたい想いに間違いなどあるはずがない……)

 そう自分に言い聞かせてはみる。けれど、正しかったと信じたい気持ちと、軍規を破った事実への自責がせめぎ合い、答えのない渦となっていく。


「……私は、いったい、どうすればよかったんだ」


 仮に謹慎が解けたとして、自分は本当に部隊に戻れるのだろうか――

 その疑念が、ずっと胸の奥に影を落としていた。


 誰とも言葉を交わさぬまま、ただ時間だけが静かに過ぎていく。

 この部屋には、慰めも赦しも、何ひとつ存在しなかった。


(謹慎が解けたら、軍をやめて……リリィと一緒に静かに暮らすのも、いいかもしれないな)


 その考えは、思いのほか自然に胸へと落ちてきた。


 ――そんなある朝。


 謹慎室の外の空気は、いつもと違っていた。


 普段なら、廊下を通り過ぎる兵士の足音と、ぼそぼそとした会話が響くだけ。

 だが今日は、誰かが駆け足で行き交い、怒号まじりの声が交錯している。

 まるで大きな異変が起きたかのようなざわつきが、扉越しに伝わってきた。


 ミリアは手元の資料から顔を上げる。

 外から飛び込んできたのは――「魔族拠点の制圧」「フィネルの森」という断片的な言葉だけ。

 それでも、その瞬間、胸の奥が凍りつくような感覚に襲われた。


「……ヴェイル」


 呟いた名とともに、ミリアはゆっくり立ち上がり、扉へと歩み寄って耳を澄ませた。

 だが、分厚い鉄の壁の向こうから届くのは、曖昧なざわめきだけ。

 不確かな情報が、ぼんやりと耳を撫でるように流れていくだけだった。


(まさか……軍がヴェイルの集落に攻め入った?)


 いや、あそこには武装した兵など存在しない。ただ、静かに暮らしていた人々がいるだけだ。


 だが――それが通るなら、エレナは処刑されるはずがなかった。


 思考が止まり、次に浮かんだのは、あの森に暮らしていた人々の顔だった。


 自分を介抱してくれた女性。

 静かに食事を運んでくれた青年。

 ミリアと共に崖を飛び降りた兵を、一緒に探してくれた村人たち。


 多くを語らずとも、彼らは確かに、ミリアを“仲間”として迎えてくれていた。


(……みんな、無事なのか?)


 問いは誰にも届かず、答えも返ってこない。

 不安だけが、容赦なく胸の奥を押し広げていく。


 訊く術も、確かめる方法もない。

 たとえ確かめられたとしても、今の自分には何もできない。


 ミリアはぎゅっと拳を握りしめた。

 焦燥、悔恨、そして恐怖――それらが重く絡み合い、鈍く胸を塞いでいく。


(……どうか、間違いであってくれ)


 祈るように目を閉じる。

 だが、まぶたの裏に浮かぶのは焼け落ちた森の幻影。

 煙の中で、あの笑顔が静かに消えていく情景だけだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ