第34話 リリィのプレゼント
「もうすぐだね、ミリアの誕生日……!」
窓辺に腰かけたリリィは、お気に入りのクッションをぎゅっと抱きしめた。
胸の奥で高鳴る鼓動を隠せず、つい声が漏れてしまう。
カーテンの隙間から射す陽の光が頬をあたたかく照らし、外からは子どもたちの笑い声が届く。
冷たい風が窓を揺らすのに、心の中はぽかぽかとあたたかかった。
「でも……今度は何を贈ろう?」
考えるたびにわくわくして、けれど答えはなかなか見つからない。
お花は何度も贈ったし、お手紙もたくさん書いた。
去年は手作りの栞を渡したはず――と、手帳をめくりながら小さく唸る。
「今年は、もっと特別なのにしたいな……」
膝を抱えて小さく呟いたその瞬間、ふっとひとりの顔が浮かんだ。
「そうだ……シェラに聞いてみよっ!」
ぱっと花が咲くように、リリィの表情が明るくなる。
シェラは少し不器用で、失敗するとすぐ顔を真っ赤にしてしまう。
けれど、お仕事では団長のミリアを支える、真面目で頼れるお姉さん。
そして何より――誰よりも、ミリアのことを知っている人。
さっそく机の端末を立ち上げ、リリィはメッセージを打った。
《シェラ、次のお休みっていつ? ちょっと相談したいことがあるの》
送信して数分も経たないうちに、端末が軽く震えた。
《明日が休み。行くよ。……相談って、団長のこと?》
端末を閉じたリリィは、くるりと身を翻す。
決まってしまえば、もう胸のわくわくが止まらない。
中身はまだ何も決まっていないけれど、一緒に考えてくれる人がいるだけで――
きっと素敵なものにできる。そんな予感が胸いっぱいに広がっていった。
「ふふっ、さすがシェラだね」
その日の夕方、リリィはシスターに報告した。
「シェラが明日来てくれるの! 一緒にプレゼント、考えるんだ」
シスターはやわらかく笑い、うなずいた。
「リリィのことだから、きっと心のこもった素敵な贈り物になるわ。お姉さんに相談するのも、立派な“準備”のひとつよ」
「うんっ、私、がんばる!」
胸を張ってそう言いながら、リリィは部屋に戻り、白紙のスケッチブックを開いた。
まだ何も描かれていないページに、明日にはきっと――
“ミリアのためのプレゼント”が形になる。
そう思いながら、リリィは満足げにベッドへごろんと転がった。
◇ ◇ ◇
翌日。
柔らかな陽光の中、孤児院の門が小さく軋む音を立てる。
リリィがぱっと顔を上げると、そこには少しだけよそ行きの服を着たシェラの姿があった。
「……来たよ」
「遅いよ、シェラ! もうすぐおやつの時間になっちゃうとこだったんだから!」
両手を腰に当ててぷんっと膨れるリリィに、シェラは目を逸らしながら肩をすくめた。
「ごめん……途中で花屋に寄ってて。リリィに会うの、ちょっと久しぶりだったから……つい、買っちゃった」
そう言って差し出したのは、小さな花束。
淡い色のラッピングに包まれたそれを受け取った瞬間、リリィの顔にぱっと笑みが咲く。
「えへへ……ありがとう、シェラ! 大好き!」
香りを胸いっぱいに吸い込んで、ひとしきり笑顔を見せたあと――
リリィはきゅっと表情を引き締めた。
「でもね、ミリアに贈るのは……もっと、もっと特別じゃなきゃダメなんだ!」
力強く言い切るその姿に、シェラは苦笑しつつも頷く。
「そうだね。だからこそ、今日こうして来たんだし」
二人は中庭のベンチに並んで腰を下ろし、リリィが手帳を広げる。
ページには色とりどりのペンで書かれた候補が並んでいるが、どれも大きな「?」で囲まれていた。
「どれもしっくりこなくてさ。だから、シェラと一緒に考えたいなって」
「……うん。私も、団長には喜んでもらいたいし」
シェラはリリィのスケッチブックを覗き込みながら、ひとつずつミリアが喜びそうなものを思案していく。
「ミリアってさ、最近ちょっと疲れてるでしょ? お仕事の話、この前シェラ言ってたよね?」
「うん……団長は平気そうにしてるけど、最近いろいろあったからね。正直、疲れてると思う」
「じゃあさ、手作りで癒されるものがいいと思うの!」
「たとえば?」
リリィは真剣な顔でしばらく考え、やがてぽんっと手を叩いた。
「香りのする小物とか、布で作るぬいぐるみとか。持ってるだけで“ふふっ”ってなるような……可愛いの!」
シェラは目を瞬かせ、それから小さく笑う。
「いいかも。リリィらしいし、団長もきっと喜ぶよ」
「でしょ? じゃあ、材料を買いに行こ。街のお店、案内して!」
「えっ、今から?」
「うん。今から!」
ふたりが並んで歩く市場の通りに、あたたかな陽差しが降り注ぐ。
道行く人々の表情もどこかやわらかく、リリィは布やリボンを手に取ってはシェラに意見を求め、シェラはその勢いに押されつつも丁寧に応えていった。
雑貨屋を出たところで、リリィがふいに問いかける。
「ねえ、シェラ。ミリアのこと、どう思ってる?」
「えっ……ど、どうって……」
「シェラって、いつもミリアのことばっかり話すからさぁ。どう思ってるのかなって?」
問いかけに、シェラはしばし黙り込む。
やがて、ぽつりと声を落とした。
「……いつもは厳しいけど、ちゃんと私たちのことを考えてくれてる。背中を見てると、本当にすごいなって思う。尊敬してる」
少し間を置いて、さらに言葉を重ねる。
「それに、仕事以外でも……ミリアお姉ちゃんは、私に“優しさ”を教えてくれた人だから。私にとって、大切で……大好きな人なんだ」
照れ隠しのように目を逸らす横顔を見て、リリィはふふっと笑ってうなずいた。
「そっか。じゃあさ、もっともっと喜ばせようね。私たちで」
「……うん」
孤児院へ戻ると、リリィは机いっぱいに買ってきた材料を並べた。
パステルカラーの布、リボン、刺繍糸にガラスビーズ、そしてほんのり香るポプリ。どれもリリィが時間をかけて選んだ“特別な素材”だ。
「ねえ、これ全部どう組み合わせたら可愛くなると思う?」
シェラはしばらく机を眺め、ひとつうなずく。
「色の組み合わせなら、この布とこのリボンが合いそう。……でも、可愛いかどうかはリリィの感覚に任せるよ」
「大丈夫! 私がメインで縫うから、シェラは補助係ね!」
「了解。お姉ちゃんとして、ちゃんと支えるから」
「……だからそれ、まだ言う?」
ジト目を向けるリリィに、シェラはわざとらしく視線を逸らして小さく笑った。
「ま、いっか。今日はいっぱい付き合ってくれたから許してあげる。……シェラお姉ちゃん」
リリィはくすっと笑い、針に糸を通して布を縫いはじめる。
慣れた手つきで針を動かすリリィの隣で、シェラもビーズを糸に通しながら、慎重に、けれど確かな手で作業を続けていた。
陽が傾きかけた頃、シスターが様子を見に来る。
ドアの隙間から顔をのぞかせ、やわらかく声をかけた。
「ふたりとも、ずいぶん集中してるのね。……それ、もしかして?」
「うん! ミリアへのプレゼント作ってるの!」
リリィが胸を張って答えると、シスターはふわりと微笑んでうなずく。
「きっと喜ばれるわ。あなたたちの“気持ち”が伝わるものだから」
その言葉に、リリィは針を止めて小さく笑った。
「うん……そうだといいな」
やがて最後のひと刺しを終え、リリィはそっと手に取った。
淡いピンクとラベンダーの布で仕立てた、香り付きの小さなクッション。
中央には、リリィの刺繍で“ミリア”の名前がひと文字だけ刻まれている。
「できた……!」
「ほんとに……かわいい」
見惚れるように呟くシェラに、リリィは少し恥ずかしそうに笑った。
「ありがと、シェラ。手伝ってくれて。これ、ひとりじゃ絶対できなかった」
「ううん。私も……リリィと一緒に作れてよかった」
二人は顔を見合わせ、くすっと笑い合う。
「で、どうやって渡すの?」
シェラが尋ねると、リリィはいたずらっぽく唇に指をあてた。
「それはもう考えてあるの。とっておきのサプライズ!」
「サプライズ?」
「うん。リリィと“お兄ちゃん”とミリアの思い出の場所で……ふふふっ。それ以上はシェラにもひみつ!」
「えっ、ずるい!」
抗議するシェラを横目に、リリィはクッションを胸に抱きしめた。
ラベンダーの香りがふわりと広がり、夕暮れの光の中で笑みが零れる。
「ミリア……喜んでくれるかな」
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