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第31話 願いの矛先

 セイクリア王都――中央審議庁の一室。

 そこには、国家の未来を左右しかねない記録が山と積まれている。


 古びた書簡、血に染まった証拠品。そして――エレナの処刑記録。


「……わたしたちは、森で――」


 審問記録に記された彼女の最後の言葉。

 整理の進む報告書の中で、その一節が改めて注目を集める。


 軍参謀部は、この“森”が魔族の拠点を示すのではないかと強い関心を寄せた。

 やがて国家の情報網が総力を挙げ、言葉の真意を探る調査が始まる。


「……森、か」


 調査の手は古文書や封印記録にまで及び、やがてひとつの名が浮かび上がった。


 ――ヴェイルの森。


 かつて「静域」と呼ばれた特殊な領域。

 魔素の流れが極端に希薄で、そこでの魔力行使はほとんど不可能と記録に残る。

 おそらく魔術的探知も通じないだろう。

 人は近づかず、魔族が潜むには格好の隠れ場――そう判断されたが、その所在は数百年にわたる戦乱で失われ、地図からも完全に消えた。


 だが、エレナが残した「森」という言葉は、封じられていた歴史を再び呼び覚ましてしまった。


 しかし「森」という手がかりは、あまりにも曖昧すぎた。

 記録は膨大、資料は散逸し、地図に載らぬ土地も無数にある。

 調査は長期に及び、伝承や古文書、封印記録の断片を突き合わせ……ようやく、いくつかの候補地が浮かび上がった。


 選ばれたのはいずれも広大な森林地帯。順次偵察隊が派遣され、実地調査が進められる。


 大半の地点では生活の痕跡こそ拾えたが、決定的条件――魔素の極端な希薄さは見られなかった。

 ただ、南東のフィネルの森だけは違った。わずかな生活の跡に加え、魔素の流れが異常なまでに薄いことが判明したのだ。


 慎重な検証を重ねた軍上層部は、ひとつの結論に至る。


「南東のフィネルの森こそ、失われた静域《ヴェイルの森》である可能性が高い。そこに魔族の拠点が存在する」


 報告はただちに中央へ送られ、中央審議庁は即座に決断を下した。

 ――脅威の排除。すなわち、“討伐命令”である。


 任を受けたのは、《白陽の騎士団》団長、アーク・レネフィア率いる主力部隊。


「アーク殿。すでに出撃命令は下された。任務は“ヴェイルの森”への進軍、並びに魔族拠点の徹底掃討だ」


 命令は淡々と告げられる。

 アークは表情ひとつ動かさず、ただ深く頷いた。


「了解した。準備が整い次第、即時出発する」


 命令受領から、わずか数時間後。

 アーク率いる《白陽の騎士団》は、ヴェイルの森へと進軍を開始した。


 ◇ ◇ ◇


 フィネルの森外縁――灰色の霧がたなびく夜明け前。

 アークは馬上で手綱を握り、無言のまま進軍の先頭に立っていた。


「索敵班、南東の外縁部に沿って展開。迎撃班は五刻、接触を避けろ」


 短く鋭い指示が飛ぶ。部隊は砂利道にわずかな音を立てつつ、森の境界線をなぞるように静かに進んでいく。


 この作戦は極秘裏に進められていた。

 表向きは「周辺治安の巡回」――だが、命令書に記された真の目的は《魔族拠点の排除》。


 霧に包まれた森を前に、アークは目を細める。

 その外からでも、魔素の流れの異様さがはっきりと伝わってきた。


「……ここがヴェイルの森で間違いないな」


 その背後に、斥候が駆け寄ってくる。


「報告します。南方の沢で焚き火跡、さらに東の丘で布切れらしきものを発見しました。いずれも新しい痕跡です」


「……どれほど新しい?」


「昨夜から一日も経っていないかと。微かに煙の匂いが残っていました」


 アークは短く息を吐き、視線を森へ戻す。

 魔素の流れの異様さに加え、新しい生活の痕跡――もはや疑う余地はなかった。


「目標を確認した。全隊、展開準備。これより森への突入を開始する」


 その命令とともに、《白陽の騎士団》は闇を裂くように動き出す。


 この作戦に交渉の余地はない。確認し次第、即時制圧――必要とあらば、排除。


 アークは、「それ」が何を意味するのか、誰よりも理解していた。


(……これが、本当に正義か)


 脳裏に浮かぶのは、記録に淡々と記された証言の断片。


『ただ、人間と話がしたかっただけ』

『争うつもりなんて、なかった』

『人間を、もっと知りたかった』


(もし、それが真実で――森の者たちも、同じ想いだとしたら……)


 手綱を握る指先に、無意識に力がこもる。

 そのとき、隣から落ち着いた声が届いた。


「団長、今朝は寒いですね。……迷っていると、余計に体が冷えますよ」


 副団長レオナ・バルトネスだった。いつの間にか馬を並べ、冷えた霧の中からアークを見つめている。


「……迷ってなどいない」


 アークはそう返したが、その声音は明らかに硬くなっていた。


「なら結構です」

 レオナはわずかに笑みを浮かべると、前方を見据えたまま付け加える。


「私たちは、結果で語られる仕事です。考えるより、終わらせましょう」


 アークは小さく息を吐き、その迷いを押し込めるように呟いた。


「任務を遂行する。それだけだ」


 やがて夜明けの光が、森の端に届き始める。

 ヴェイルの森は、その奥深くで静かに息を潜め、侵入者たちを待ち構えていた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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