第29話 取り残された約束
報せが届いた夜。
集落が静まり返ったあと、焚き火の残り火の前にひとり座り込んだ。
――エレナ。
目を閉じれば、胸の奥から思い出が次々にあふれてくる。
私たちは同じ年に生まれた。
この森では、まれに特別な力を持つ子が生まれるという。ひとりでも珍しいのに、わたしも、エレナもその力を持っていた。
同じ年、同じ境遇――仲良くなるのに時間なんていらなかった。
何をするにも一緒で、幼いころは互いの家を行き来し、ほとんど毎日同じ寝床で眠った。
朝になれば一緒に目覚め、森を駆け回ってかくれんぼをした。
わたしが転んで泣きそうになったとき、「ほら、大丈夫?」と差し伸べられた小さな手の温かさ。あの声とぬくもりは今でも鮮明に残っている。
森の奥にある大樹の根元。
ふたりだけの隠れ家を見つけて「私たちだけの場所」と名づけ、木の実を隠したり、宝物を埋めたりして遊んだ。
「ねえ、大人になってもこんな風に一緒に過ごせるかな?」
「もちろん!」
「じゃあ、約束だよ」
森を流れる小川。
夏には一緒に水浴びをして、びしょ濡れのまま並んで叱られた。
でも、エレナと一緒なら、そんなことどうでもよかった。
広場に寝転がって夜空を見上げた夜もある。
「いつか、あの星の下の街を見てみたいな。きっとすごくきれいなんだろうな」
そう言って笑ったエレナに、私は必死に返した。
「絶対きれいだよ。……でも、森の外は危ないから……ね?」
――けれど、あの日。
森の外から来た人間が、すべてを変えてしまった。
エレナが好奇心旺盛で、外の世界に憧れていることは知っていた。
だからこそ、あの人間に惹かれるのは当然だったのかもしれない。
森の外――知らないことを次々に教えてくれる人間。
気づけば、わたしと過ごす時間よりも、そいつといる時間の方が長くなっていた。
「ねえ、エレナ。今日、一緒に森の西へ薬草を摘みに行かない?」
「ごめん。今日はミリアに人間の街のことを教えてもらうんだ」
「エレナ、今日は一緒に小川へ洗濯に行けるかな?」
「ごめん。ミリアに海のことを教えてもらうんだ。また明日でもいい?」
考えたくなかった。
(あいつさえ、いなければ……)
やがて、その人間は森を出ていった。
元の生活に戻れると思った。――また、エレナと二人で、何でもない日々を過ごせると。
けれど、そうはならなかった。
「わたしね。外の世界に行ってみたいな」
その笑顔を前にすれば、否定なんてできなかった。
エレナの選択は、応援したい。
けれど、その先に待つのは――エレナの幸せでなければならない。
「……どうして、置いていっちゃったの」
震える声が漏れた瞬間、涙が頬を伝った。
胸が苦しくて、腕を抱きしめても震えは止まらなかった。
――あの子は、最後まで笑っていたという。
こんな結末を迎えても、きっと後悔なんてしなかったんだろう。
その強さが、わたしには何よりも苦しくて、悔しくて。
どうしようもなく、つらかった。
エレナの見た未来。
あの子はどんな未来を見てたんだろう。
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