表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

第2話 剣に誓う記憶

 アストラニア王国――王族を頂点に据えた王政国家。


 表向きは貴族による合議と分権制度が整えられているが、実際の運営は王族の意志に大きく左右され、国王の権限はほぼ絶対に近い。


 その中枢に位置するのが、王都セイクリア。

 四方を高い城壁に囲まれた街は、外周の商業区と職人街、その内側に広がる貴族街と行政区、さらに中心部の王城へと至る層状の構造を持つ。

 街路を照らす魔力灯、空を行き交う小型輸送艇――魔法技術を礎に築かれた高度な文明は、王国の繁栄そのものを象徴していた。


 だがその華やぎの陰では、数世紀にわたる魔族との対立が燻り続け、ついに全面戦争へと拡大していった。


 その戦火は、黒焔の血(こくえんのち)を受け継ぐ名家にも及んだ。

 ミリア・カヴェルの一族は魔族の急襲によって命を落とし、訃報が届いたのは、彼女が騎士団の任務で王都を離れていた時だった。

 胸の奥に刻まれた憎しみは、今も消えることはない。


 ◇ ◇ ◇


 黄昏の風が、城壁の上をさらりと抜けていく。


 高台から見下ろすセイクリアの街並みは、夕陽に染まり、瓦屋根や石畳が柔らかな金色を帯びていた。

 遠くの通りでは、パン屋の軒先から香ばしい匂いが漂い、魔力灯の下では果物を並べる老夫婦が笑い声を交わしている。荷馬車の車輪が石畳を軋ませ、どこかの家からは子どもの笑い声が風に運ばれてきた。


 ミリアは、その光景を無言のまま見下ろしていた。

 今は《夜禍の牙》所属の騎士として、外壁の警備任務に就いている。背には黒外套、腰には一本の剣――かつての戦友、ユリウスが遺したものだ。


 指先が柄に触れた瞬間、わずかに震える。

「……ここに立つと、思い出すわね」

 その小さな呟きは、誰に向けたものでもなかった。


「ミリア?」


 背後から名を呼ばれ、ゆっくりと振り返る。

 白銀の鎧をまとった青年が、壁沿いを歩いてくる。アーク・レネフィア――《白陽の騎士団》団長にして、王国軍の象徴と呼ばれる男。“黎明の血”を継ぐ名門の出だ。


「こんな時間は珍しいな。夜明け前が君の時間だと思っていた」


「今日は、たまたま。……あなたこそ、何をしてるの?」


「壁を回っていたら、君が見えた。……声ぐらいはかけるさ」


 アークは彼女の隣に立ち、共に街の灯を眺める。

「……綺麗だな。これを守るために、俺たちは剣を取っているんだ」


 その横顔は、灯りの中で穏やかに見えた。

 ミリアは短く息を吐き、視線を街から外さずに答える。

「戦っても、何も戻ってこないのに」


「だからこそ、これ以上は失わないようにしたい――そうだろ?」

 迷いのない声色だった。


 ミリアはゆるく頷き、視線を空へと移す。


 ◇ ◇ ◇


 まだ騎士養成所に通っていた頃。


 幼いミリアは、誰よりも強くなりたくて、がむしゃらに剣を振っていた。訓練場の砂煙の中、何度も転び、膝を擦りむきながら立ち上がり、木剣を握り直す。


『お前は、みんなを守る剣になれ』


 笑いながらそう言ったのが、ユリウスだった。

 貴族の娘であるミリアに、平民出の彼は飾らず接してくれた。肩書きも家柄も気にせず、ただ同じ高さから言葉をくれた人。

 背中合わせで模擬戦に挑んだ日、夕焼けに照らされながら共に食べた固いパン――そんな些細な記憶まで、今も胸に残っている。


 ――守る剣であること。

 それこそが、ミリアが剣を取る理由になった。


 しかし、その剣は今や遺品となっている。

 魔族との戦いで、ユリウスは仲間を逃がすため囮となり、命を落とした。

 最後に彼が託したのは、妹リリィのこと、そしてこの剣だった。


 ◇ ◇ ◇


「……少し、感傷に浸ってたみたい」


 ミリアが苦笑まじりに言うと、アークも口元だけで笑う。


「俺にもあるさ。きっと誰にでもな」


 遠くで、教会の鐘がひとつ鳴る。

 しばし、風の音だけが二人の間を抜けていった。


「そろそろ戻らないと。副官に小言を言われる」


 ミリアは片眉を上げる。

「……レオナね。健闘を祈るわ」


 アークは軽く会釈をし、足音を残して去っていく。


 残されたミリアは再び街へと視線を落とした。

 夕陽に染まり、屋根や石畳が柔らかな金色を帯びていた。

 その向こうに灯る小さな明かりを、ひとつひとつ数えるように目を細めた。

 その光がある限り、自分は剣を手放せない――そう静かに胸の奥で確かめながら、再び警備へと意識を戻した。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をもらえると励みになります。

一言でもいただけると、とても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ