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第27話 エレナの見た未来

 処刑当日、セイクリア中心広場。


 夜明けを待たず、広場はすでに人で埋め尽くされていた。

 押し殺した息遣いと熱気が重なり合い、ざわめきが波のように広がっていく。


 中央噴水の脇に据えられた仮設の処刑台。

 木製の柵を幾重もの魔力封鎖の障壁が覆い、その周囲を兵士たちが隙なく固めていた。

 鎧はいずれも対魔戦仕様――そこに囚われているのが人ではなく、猛獣か何かと錯覚させるほどの厳重さだ。


 その群衆の最後列に、ひとり立ち尽くす影があった。

 ミリア・カヴェル。


 彼女の視線の先、兵士たちの肩越しにわずかに見える処刑台。

 無機質な台の中央で、ひとりうつむく影が立っていた。


 その姿を認めた瞬間、ミリアの胸が強く締めつけられる。


 ――エレナ。


 遠すぎて表情までは見えない。

 けれど、あまりにも静かなその立ち姿は、まるでもう全てを受け入れたかのようにすら見えた。


 今朝、ミリアは最後の望みにすがった。

 処刑場への立ち入りを求め、正式な書式を整え、責任は自分ひとりで負うとまで記した。


 だが返ってきた答えは、ただ一枚の紙片。


「軍の判断に従え」

「秩序の維持が最優先である」


 それだけだった。


 止められなかった。届かなかった。

 ただ、一人の命を守りたかっただけなのに。


 身を潜めての接触も考えた。

 だが処刑台を取り囲むのは、平時の三倍に及ぶ兵。

 光を帯びた魔法障壁は幾重にも重なり、視線の隙間さえ許さない。

 周囲には封鎖線が敷かれ、鋭い監視の眼が絶え間なく巡る。


 そこに築かれていたのは――“誰ひとり近づけさせない”という強固な意志の檻だった。


 その外側で、群衆のざわめきは絶えることなく渦を巻く。


「これが魔族か、初めて見るな」

「見た目は人間と変わらんじゃないか」

「いや……やっぱり怖ぇよ。得体が知れねえ」

「ほら見ろ、あんなのがいるから国が乱れるんだ」


 囁き、呟き、時折混じる乾いた笑い声。

 その一つ一つが、ミリアの胸に棘のように突き刺さっていく。


 あの子は、誰一人、傷つけてなどいない。

 ただ人と話がしたい、それだけの理由でこの地に来て――

 それが、どうして「処刑」なのか。


(誰も……見ようとしない)


 奥歯を噛み締めた瞬間、唇の内側が裂け、鉄の味がじわりと広がる。

 悔しさも、無力さも、怒りも――黒い澱のように胸の底で膨れあがり続けていた。


 そのとき、人の波がわずかに割れる。

 視界の隙間に、見慣れた背が現れた。


 アーク・レネフィア。

 軍装に身を包み、処刑台の外縁を巡回する姿は、いつもと変わらぬ冷静さをまとっていた。

 歩みに迷いはなく、表情に揺らぎもない。


 ミリアは、その背をただ見つめる。

 声にならない問いが、喉の奥で渦を巻いた。


(本当に……それでいいの?)


 けれど声は出ない。

 叫ぶ資格が、自分にあるのかすら分からなかった。


 処刑台と自分とのあいだに、幾重もの見えない壁がそびえ立つ。

 その圧迫感に、足は地に縫いつけられたように動かなかった。


 ただ――祈るように、目を凝らし続けるしかなかった。


 やがて朝日が広場を満たしていく。

 柵は冷たい光を跳ね返し、処刑台の上の影を鮮烈に浮かび上がらせる。


 群衆のざわめきが、しだいに鎮まっていく。

 視線を逸らす者、じっと見据える者、無表情のまま立ち尽くす者。

 その視線を一身に受けながら、少女は――微笑んでいた。


 淡く、けれど優しく。


 ミリアは、それを遠くから見つめていた。


 踏み出したい。けれど兵の壁が道を塞ぐ。

 声を届けたい。けれど叫びは胸の奥で押し潰される。


 足は動かない。ただ、心だけが叫んでいた。

 ――あの子は、誰よりも優しく、穏やかだった。

 争いを望まなかった。ただ人と心を重ねたかっただけなのに。


(あれほど穏やかな姿が……どうして“脅威”と呼ばれるの……?)


 処刑執行官がゆるやかに手を上げる。

 それが、終わりの合図だった。


 兵が構え、結界の術式が点り、淡い光が処刑台を覆う。

 そして――風が吹いた。


 それはただの突風だったかもしれない。

 けれどミリアには、それが誰かの声のように響いた。


 ――どうか、忘れないで。


「やめて――!」


 声にならない悲鳴が喉で砕ける。

 動こうとした足は、その場に縫いつけられていた。


 次の瞬間、白光が空を裂く。


 処刑は、執行された。


 柵の向こうで、ひとつの命が消える。

 それを見た誰かが、拍手をした。誰かが、安堵の息を漏らした。


 処刑に疑問を抱く者は誰ひとりいない。


 ただひとり、ミリアはその場に崩れ落ちていた。


 命が奪われる光景を前に、ただ見届けるしかできなかった。


 膝をつき、両手を冷たい石畳に押しつける。

 視線は、雲ひとつない空へと向かう。


 そこに重なったのは――あの日の森の記憶。

 木々を揺らすさざめき。小鳥のさえずり。頬を撫でるやわらかな風。

 そして、ひとりの少女の笑顔。


 すべて、二度と戻らない。


(……エレナ)


 心の中で名を呼んでも、答えは返ってこない。


 広場はざわめきを取り戻し、人々は何事もなかったかのように日常へ帰っていく。

 笑い声さえ混じり始めていた。


 けれど――ミリアだけは動けなかった。

 冷たい石畳に膝をついたまま、深く、静かに目を閉じる。


 心の奥に、小さな火が灯っていた。

 怒りでもない。憎しみでもない。


 ただ――悲しみに似た、ゆるぎない想いだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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