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第26話 救えない理由

 その報せが届いたのは、処刑の前日。昼下がりの司令棟だった。


「……魔族がひとり捕らえられました。明日の午前、処刑が執行されるとのことです」


 部下の報告を聞いた瞬間、ミリア・カヴェルの手から報告書が滑り落ち、机に乾いた音を響かせた。

 心臓が大きく跳ねる。まさか――衝撃が全身を駆け抜ける。


「……誰。名前は?」


「正式な記録は未開示となってますが、現場での通達によれば“エレナ”と」


 その名を聞いた途端、血の気が引いた。

 森で寄り添ってくれた、あの少女。あの瞳も、あの笑顔も――忘れられるはずがない。


「……っ!」


 椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がり、ミリアは駆け出した。

 階段を駆け上がり、資料室の奥――閲覧制限区画へ。上層部からの命令文が届いているはずだ。


 机上に広げられていたのは、機密指定の処刑命令書。


 そこに記されていたのは、淡々とした決定事項。

 拘束された魔族は今朝セイクリアに移送され、簡易審問の末、翌日午前に公開処刑。

 名も特徴も、紛れもなくエレナだった。


 そして罪状は、ただ一行。


『人類秩序に対する潜在的脅威』


「ふざけないで……!」


 低く震える声が、静かな室内に響いた。

 争う意思など、あの子にはなかった。ミリア自身が知っている。

 分け隔てなく言葉を交わし、真剣に心を通わせようとした存在を、“潜在的”の一言で断罪するなんて。

 そんなのが裁きであるはずがない――ただの処刑だ。


 ミリアは軍司令部へと足を向け、処刑命令を下した上級将官の部屋を叩いた。


「カヴェルか。何の用だ」


「今朝移送された魔族の件です。処刑命令、撤回できないのですか」


 上官の眉がわずかに動く。ミリアの声には熱がこもっていた。


「彼女は敵じゃありません。争いの意思など微塵もない。ただ人として……」


「黙れ、ミリア・カヴェル」


 低く鋭い一言。空気が凍りつく。


「魔族を庇う発言は反逆とみなされる。おまえの立場で軽々しく口にするな」


「反逆? 私はただ……命を助けたいだけです!」


 声を荒げた瞬間、上官の目がさらに細まる。


「決まったことだ。今からそれが覆ることはない」


「納得できません。処刑されるほどの罪を――」


 食い下がるミリアを、上官は冷たく遮った。


「貴様の正義は、国家の方針より重いのか。下がれ、カヴェル」


 喉が詰まり、言葉が出ない。

 ミリアは唇を噛みしめ、頭を下げて部屋を出た。


 ――正面突破は無理だ。なら、自分で動くしかない。

 でもまずは……エレナと話がしたい。


 ミリアはかつての繋がりを頼りに情報部員へ連絡をとり、接触の手段を探った。

 だが、返ってきたのは冷たい現実だった。


 収容先は中央塔付属の独房。周囲は厳戒の警備。面会は原則禁止。

 セイクリア市内の移送路も既に封鎖済みだという。


 どこもかしこも、閉ざされていた。

 最初から「誰にも邪魔させない」と決められていたかのように。

 それが国家の、そして人類の「答え」だった。


 ミリアは立ち尽くし、握った拳を机に叩きつける。


「くそっ……!」


 自分ひとりでは、何も変えられないのか。

 あれほど近くにいた命すら守れないのか。

 魔族だからという理由だけで、理不尽に奪われる命。

 焦燥と怒りが、胸を灼いた。


 唯一、残された可能性は、処刑場から独房へ続くルート。

 今回、その管理権限を握っているのは――アーク・レネフィア。


 ミリアは彼を探して司令部内を奔走した。

 廊下を駆け抜け、各部屋を覗き、兵士たちに問いただす。息が乱れ、胸は焼けつくように苦しい。


 そしてようやく、書類の束を片手に立つアークの姿を見つける。

 戦闘任務を終えたばかりの軍装姿。報告に戻ったのだろう。

 焦るミリアを見据え、「どうした?」と低く声をかけてきた。


「お願い……処刑場に入れて。まだ間に合うかもしれない。助けたいの」


 声は焦りに震えていた。だが、返ってきた視線は冷静――いや、冷淡ですらあった。


「ミリア、おまえ……本気で言ってるのか」


「本気よ。彼女は、敵じゃない」


 アークは静かに息をつき、机へ書類を置く。


「だが――魔族だ」


 その一言が胸を刺す。

 ミリアは唇を固く結び、絞るように返した。


「“魔族”だからって……それだけで命を奪っていいの?」


「人類の秩序を守るために、必要な処置だと判断された。それだけの話だ」


 今日の彼には、いつもの温度がなかった。

 かつて何度も背中を預け合った戦友の顔が、今はこんなにも遠い。


「なぜ、そこまでして魔族を庇う?」


 突然の問いに、ミリアは息を呑む。

 答えは胸の奥にある。だが、それを口にすれば――“彼女たち”との信頼は崩れ去る。

 目を伏せ、震える指先を握り拳の中に隠す。


 アークは何も言わなかった。ただ静かに、一言だけ告げる。


「処刑場への立ち入りは許可しない」


 それが、この場の――そして国の答えだった。


 ミリアは小さく頭を下げ、何も言わずに部屋を出た。


 ◇ ◇ ◇


 処刑当日。

 セイクリアの中心広場は、すでに人々で埋め尽くされていた。


 市民、兵士、貴族、商人……立場も思想も異なる者たちが、一様に舞台を見つめる。

 だがその目に宿るのは正義ではない。怒り、恐れ、好奇心――混じり合った空虚な視線だった。


 警備線の外縁に、ミリアは立っていた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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