第17話 交わらぬ視線
崖下で見つかった兵士は、三名。
深い傷を負い、すでに息絶えていたが、その手にはなお剣が握られていた。
最期の瞬間まで戦い抜いた証。命を懸けた者の姿だった。
ミリアはエレナたちと共に、彼らを丁重に弔う。
胸に剣を抱かせ、野の花を添え、祈りを捧げ――静かな土へと眠らせた。
それは、戦場ではほとんど許されることのない、ほんのひとときの弔いだった。
◇ ◇ ◇
少しずつ日常を取り戻していく中で、ミリアはこの森に漂う“異質さ”にようやく気づく。
エレナが語っていた「静域」という言葉。その意味を、肌で感じはじめていた。
この森では、魔素の気配がほとんど感じられない。
試しにスキルを発動しても、力はまるで反応しなかった。
けれど――
集落の人々は当たり前のように明かりを灯し、炊事をこなし、生活のあちこちで魔法を使っている。
魔素が薄いはずの場所で、なぜそんなことができるのか。
(……そうだ。エレナが言っていた。“自分で力を作れる”って)
その思いがよぎったときから、自然と視線は森の住人へと向いていく。
歩けるほどに回復した今、ミリアは薬を調合してくれる年配の女性や、食事を運んでくれる若い魔人と顔を合わせる機会も増えた。
ぽつりぽつりと声をかけてくれるようになり、エレナ以外との会話も少しずつ増えていった。
他の集落の者たちも確かに遠巻きに見てはいたが、敵意を向けてはこなかった。
最初は監視だと思っていた視線も――今思えば、戸惑いや警戒の混じった“見守り”だったのかもしれない。
とりわけ、無邪気に笑いかけてくるエレナの存在は大きい。
妹のように懐かれ、ミリアは気づけば心を許しかけている自分に気づく。
(……違う。私は……)
頭では理解している。
この人たちは“魔族”そのものではない。
それでも長く刷り込まれてきた「魔族」への恐怖と憎悪の像は、少しずつ揺らぎはじめていた。
とはいえ、空気が完全に穏やかというわけではない。
外から来た者への警戒は根強く、一部の者はミリアを“災い”と呼び、遠巻きに睨みつける。
とくにソフィアは、露骨な拒絶を隠そうともしなかった。
外の世界に強い嫌悪を抱く彼女は、エレナの振る舞いにも苛立ちを見せ、ミリアに対してはあからさまな敵意をぶつけてくる。
「どうして、あんな人間と一緒にいるの?」
苛立ちと戸惑いをにじませた問いに、エレナはしばし黙り――やがて小さく答えた。
「……外の世界のこと、もっと知りたいの。ミリアは……悪い人じゃないと思うから」
ソフィアは返事をせず、苦々しげに視線をそらす。
一方でマリスは、何も言わずに二人を遠くから見つめていた。
いつもはエレナの隣にいた彼女の瞳は、どこか不安げで、心配の色がにじんでいる。
胸の奥に渦巻く葛藤は、誰にも打ち明けられぬまま、静かに積もっていった。
◇ ◇ ◇
その日、ミリアは集落の奥にある小さな薬草園へと足を運んでいた。
何かを手伝うため、というほど大層な理由ではない。ただ、体が動くようになった今、できることを探して自然と足が向いていた。
そこで出迎えたのは、冷たい眼差しを向けるイレーネだった。
「……何の用?」
淡々とした声に、警戒の色がにじむ。
「薬草の知識はないけど、水を運ぶくらいならできる。迷惑ならやめておく」
感情を抑えて告げると、イレーネは小さくため息をついた。
「あっちの鉢に水を。葉じゃなく、根元に」
ミリアは黙って頷き、桶を手に取る。
それはほんの小さな役割にすぎなかった。けれど、“集落の一員”として初めて任された仕事だった。
その責任の重みが、本来自分のいるべき場所を思い起こさせる。
やがて陽が傾く。ミリアはふと足を止め、空を仰いだ。
鳥の声が遠くで響き、木々がやさしく風に揺れている。
気づけば、視線の先にエレナの姿があった。
「今日はミリアが会いに来てくれたんだね。えへへ、なんかうれしい」
屈託のない笑顔で駆け寄ってくる。
「いや……たまたま、通りかかっただけ」
そっけなく返しながらも、足は自然とエレナの方へ向いていた。
「うん。でも……もうしっかり歩けるってことは、そろそろ森を出ちゃうの?」
その声には、かすかな寂しさが混じっていた。
「さあ。それは医者と相談してからかな」
「ふふ……じゃあ、そのときは、私にもちゃんと相談してね」
明るく笑う。その笑みに潜む名残惜しさに、ミリアは視線を落とす。
「……まあ、一言くらいは」
「絶対だよ。勝手にいなくなったら、いやだからね!」
「……あんまり甘やかさないで」
「甘やかしなんかじゃないよ。ただ……ちゃんと見送りたいだけ」
「まだ行くとは言ってないから」
「そうだね。でも今日は“たまたま”会いに来てくれたんだもん。明日もきっとまた来るでしょ? たまたま、ね?」
ミリアは返さず、森の奥へと視線を向ける。
風が抜け、枝が揺れ、遠くで小鳥の声がしていた。
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