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第14話 失われた足跡

 王国軍本陣は、ただならぬ慌ただしさに包まれていた。

 《夜禍の牙》は壊滅的な被害を受け、指揮系統は崩壊寸前。

 そして何より衝撃だったのは――彼らを率いていたミリア・カヴェルが、戦線から戻らなかったという報せだった。


「ミリア・カヴェル、戦線より未帰還――」


 短く告げられた報せは、重い鎖のように指揮官たちの胸にのしかかった。

 彼女はただの部隊長ではない。兵士からの信頼も厚く、象徴のような存在だった。

 だからこそ、その不在は軍全体を揺るがすほどの混乱を呼んだ。


 すぐさま捜索隊が編成され、各部隊に出動命令が下る。

 しかし、ミリアの行方について寄せられる情報はどれも食い違いばかりだった。


 最後まで共に行動していた者の証言ですら、「森を抜ける姿を見た」という者もいれば、「奇襲のあとに姿を隠した」と語る者もいる。

 まるで同じ場にいたとは思えないほど証言は食い違い――それこそが戦場の混乱を物語っていた。


 一方、孤児院では――


 シェラが今にも泣き出しそうな顔で、シスター・アビゲイルと向き合っていた。


 ミリアの行方不明を知らされたのは、軍部医療センターで療養していた時のこと。

 ひと月前に斥候任務で負った傷の回復を待つ日々の中、不意に訪れたユーグが教えてくれたのだった。


 ――ミリア・カヴェル、未帰還。

 ――現在、捜索が開始されている。


 詳細は伏せられ、確かな情報はほとんどない。

 それでも噂が広がる前にと、ユーグはわざわざ知らせに来てくれた。


 ただ一つ確かなのは、ミリアが戦場から戻っていないという事実。

 その現実が、シェラの胸を重く締めつけていた。


 本当は今すぐにでも捜索に加わりたかった。

 けれど、まだ癒えきらない身体では、それすら叶わない。


 何もできない自分が、ただ悔しく、情けなくて。

 押しつぶされそうな不安を抱えたまま、気づけば、かつて自分を育ててくれた孤児院へ向かっていた。


「シスター……あたし、どうしたら……」


 震える声で絞り出し、涙をこらえきれずにシスター・アビゲイルの前に座り込む。

 胸の奥に渦巻いていた不安や恐れが、抑えきれずにあふれ出していった。


 アビゲイルは静かにシェラの手を取り、その温もりで包み込む。


「シェラ、辛い気持ちはよくわかるわ。でも、一人で抱え込まなくていいの。話したいことがあれば、いつでも聞かせてね」


 優しい言葉に、シェラは顔を上げる。

 涙を拭ったものの、こみ上げる想いは止まらない。


「……私、何もできない。怪我も治ってないし、ミリアお姉ちゃんのために、何かしたいのに……」


 無力感に胸が詰まり、言葉は続かない。

 アビゲイルは穏やかに首を振り、言葉を返した。


「シェラ、できることがないなんてことはありません。誰かに託すことも、立派な“できること”なんですよ」


「……託すこと……?」


「ええ。あなたが全部を背負う必要はないの。

 今はミリアさんを探している人たちがいる。ミリアさんのことはその人たちに託して、あなたは無事に帰ってくると信じてあげて」


「でも……」


 シェラは言葉を詰まらせたまま、アビゲイルの手をぎゅっと握り返す。

 アビゲイルは穏やかに微笑んだ。


「信じることは、すぐに形にはなりません。でもね、あなたのその想いは、きっとあの子の力になりますよ」


 その言葉に、シェラは小さくうなずいた。

 張りつめていた心の糸が、ほんの少しだけ緩んでいくのを感じる。


「……ありがとう、シスター。少し、楽になった気がする」


 そう言った矢先だった。


 ぱたぱたと軽い足音が近づき、扉の隙間から小さな顔がのぞく。


「シェラ……? どうしたの?」


 聞き慣れた声に顔を上げると、そこに立っていたのはリリィだった。

 心配そうに首を傾げる姿に、シェラは慌てて袖で涙を拭い、無理に笑顔を作る。


「なんでもないよ。……ちょっと仕事で近くまで来たから寄っただけ」


 そのぎこちない笑顔に、リリィはそれ以上は尋ねなかった。

 ただ、どこか寂しげな瞳でシェラを見つめている。


 短い沈黙のあと、リリィがぽつりと口を開いた。


「ねえ、今日……ミリアはいないの?」


 一瞬、シェラの心臓が大きく跳ねる。

 ほんのわずかに迷った末、口をついて出たのは真実ではない言葉だった。


「団長は……王都の外に遠征に行ってて、しばらくは帰ってこれないんだって」


「そうなんだ……」


 リリィは小さくつぶやき、視線を落とす。

 静かな時間が流れ、やがてふと顔を上げて言った。


「ねえ、シェラ。……ミリアの誕生日、覚えてる?」


「もちろん、覚えてるよ」


 即答した声は、ほんの少しだけ明るさを帯びていた。

 リリィはふわりと微笑み、うれしそうに頷く。


「もうちょっと先だけど……楽しみだね」


 その無邪気な笑顔に、シェラの胸はぎゅっと締めつけられる。

 思わず唇を噛みしめ、心の奥でただ祈った。


 ――団長、どうか無事で帰ってきてください。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです。泣いて喜びます。


もちろん「面白くなかった」などのご意見も大歓迎です!

しっかり次につなげるべく、泣きながら執筆します。


皆さまの感想が、何よりのモチベーションです。

それでは、次回もぜひよろしくお願いします!

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