魔法技術の始まり
この物語は、人間が魔法を発明したことから始まる。
それは神の奇跡でも、古代の呪術でもなかった。
物理法則を拡張し、現実に新たな領域を切り拓く――人類が自らの手で生み出した、純然たる科学技術だった。
起点となったのは、《動的エネルギー補正装置(D.E.A)》の開発である。
物体が持つ運動エネルギーを増幅・制御し、これまで不可能とされた動作や反応を現実のものとする。
単なる推進力や加速ではなく、瞬間的な運動の変換や衝撃そのものの性質までも操ることを可能にした、革新的な装置だった。
舞台はアストラニア王国。
古来より商業国家として栄えたこの国の北東、険しい山岳地帯にひっそりと建つ研究施設。
その一角で、人類の暮らしを根底から変える実験が行われようとしていた。
鉄骨と石壁に囲まれた実験室。
中央に据えられた重厚な装置が、低い唸りを上げながらゆっくりと起動する。
次の瞬間、小石が弾丸のように弾け飛び、壁を穿った。
わずかな風が鋼鉄を裂き、熱を帯びない衝撃が空間を歪ませる。
常識では説明できない現象が、目の前に姿を現した。
開発者たちは、ただ立ち尽くす。
胸に湧いたのは達成の誇りではなく、むしろ畏れだった。
「これは……人間が扱っていい力なのか」
誰かの呟きも、やがて押し流される。
利便性、知的好奇心、そして国家の介入――それらが迷いを容赦なく消し去った。
装置の核となったのは、大気中に漂う極微粒子「魔素」の存在である。
それを集積し変換することで「魔力」と呼ばれる新たなエネルギーが生み出され、物体や現象の挙動を制御する。
これこそが、後に“魔法”と呼ばれる技術の原理だった。
魔力の応用は、国家主導のもと急速に広がった。
通信、交通、医療、軍事――あらゆる分野に浸透し、人々の暮らしを塗り替えていく。
やがて人々はこの科学魔法を神話や伝承の「魔法」と重ね合わせ、技術そのものをそう呼ぶようになった。
中央魔法都市を中心に、アストラニアは飛躍的な発展を遂げる。
高速魔導列車、街を照らす照明塔、体内魔素循環による延命医療――すべてが魔法を基盤として築かれた文明だった。
都市群の形成、魔法技術を持つ者による新たな社会階層、国家間の力関係の変動。
魔法は文明の姿を根本から変え、人々はその恩恵を疑うことなく享受した。
しかし、その繁栄の陰で、ある異変が静かに広がっていく。
――人が、ある日突然、跡形もなく消える。
最初の数件は単なる失踪事件として片づけられたが、やがて王国各地で同様の「消失」が相次ぐ。
「姿を見た者はいない」「戻ってきた者もいない」
痕跡も原因もなく、ある日突然、家族や友人が消える。
人々はその現象を、やがて「神隠し」と呼んだ。
夜道を一人で歩くと消える、特定の場所に入ると戻れない。そんな根拠のない噂が広まり、街に不安が滲む。
政府や研究機関の調査は進展せず、報道も減り、世間の関心もやがて薄れていく。事件はやがて、人々の記憶の彼方へと押しやられていった。
だが、この出来事こそが、後にアストラニア社会に深く根を下ろす「差別」と「支配構造」を生み出す、最初の歪みとなった。
そして七百年の時が流れる。
魔法技術は国家を変え、戦争を変え、人の生き方すらも変えていた。
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