急募:時間の止め方
「あれ?今日、メガネ付けてない」
「うん、昨日踏んで壊しちゃって」
少し気まずそうな顔をしながら彼は言う。
いつも付けてる黒縁のメガネが無い彼の顔は、ほかの人からしたらどうやら別人のように見えるらしい。
「えっ、平塚結構カッコよくない?」
「思った!あのダサメガネの下にあんな美形隠れてたんだ」
コソコソと聞こえる話し声がどうしても耳に入ってしまう。
「……なんでメガネないの」
「え?だから昨日踏んじゃったんだって」
小声で呟いた声は彼に届いたようで、なぜ同じ質問をされたのかと不思議そうにしている。
「……ふんっ」
タイミング良く朝のチャイムが鳴り、そのまま私は自分の席へ戻った。
(なにさなにさ!)
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(……こうなると思った!)
放課後になった現在、私は廊下側の席から窓側の方に女子の群がりができているのを見ていた。
その群れの中心にいるのは、はい、もちろん彼です。
「ねえねえいっつもメガネ外してきなよ〜」
「それかコンタクトにしてさあ」
「今どのくらい見えないの?これ何本だ〜!」
普段なら彼と関わることのない女子達がこぞって話しかけている。
「視力は裸眼で0.1かな」とか「さすがに2本って分かるよ」とか、彼は普通に答えている。微笑んでいる。
その光景を見るだけで胸のうちにどろりとしたものが湧き出てきた。
(っ、……えっ!?)
どうにもこうにもならない気持ちに顔を背けた。
しかし、やっぱり気になって振り向くと、そこにはある一人の女子と彼の距離があまりにも近すぎる場面が目に飛び込んできた。
(え、ちょ、かっ確実にロックオンされとる!!)
やだ!!
思わず体があの猛獣たちの群れに飛び込もうとした、その時――
「――あれ?成田さんもう1つの髪ゴムどうしたの?」
周りにいる女子たちは彼が話しかけたであろう私の方を一斉に振り向いた。
「え、なに、髪ゴム?」
「てか、なんで突然成田さん?」
なぜ急に彼が私に声をかけたのか分からず疑問の声が上がる。
私は私で、動き出した体をギュッと急停止したため、変に中腰の体勢でその場で固まってしまっていた。
突然の注目に内心少し怖気付いたが、今言われたことをハッと思い出す。
「あれ?そーいえば、ない」
普段は下に2つ結びにしているが、今日は体育の時にジャマで1つのお団子結びに変えていた。
その時、外した髪ゴムを腕に付けたはずだったのに。
「いつも2つに結んでるから髪ゴムないと困るよね、体育のときに失くしたのかな?あ、今日の移動教室の時かな?一緒に教室寄って探してみようよ」
「え?別になくてもだいじょ」
「だよね!無いと困るよね!よしじゃあ探そう今すぐ一緒に探しに行こう!」
瞬く間に彼は自分のカバンを肩にかけた後、右手に私の腕、左手に机に掛かっていた私のカバンを取り、そのまま教室を出たのだった。
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「ね、ねぇ本当に髪ゴムくらい失くしても大丈夫なんだけど」
返事もせずに彼は私の腕を掴んだまま突き進んでいく。腕の力も強いし!
失くしたのは何の変哲もないないただの茶色い髪ゴムだ。あれで今までどうにかなってきたんだ!みたいな思い入れもないのに。
そんなに急いで探しに行かなくても、家にまだ髪ゴムあるから大丈夫だよ!と言っても聞かずに歩き続ける。
「ねえってば……あれ?なんか道ちがくない?」
確か今日の移動教室の場所へ向かうのではなかったか。いつの間にか空き教室の方へ向かっていた。
普段使われてないから、ドアの立て付けはまあまあ悪いはずだが、結構な勢いで彼が引き戸を開けた途端、突然視界が遮られた。
「――ヘァフッ!?」
「はぁぁぁ、やっと2人になれたぁ」
教室に入った瞬間強めのハグをされていた。思わず変な声が出てしまった。
「ちょ、く、苦しいよ」
「あっ!ごめんね!」
抗議の声を上げるとすぐに力を緩めてくれたが、背中に回った腕が完全に解かれることはない。
「もう今日一日ずぅぅぅっと辛かった……。しーちゃんとぜんっぜん話せないし、あんまり関わったことない人達からなんかいっぱい話しかけられるからしーちゃんの方に会いに行くこともできなかったし。今日はしーちゃん委員会あったからお昼も一緒に食べれなかったし!!」
……今、彼の声を聞いて、先程まで女子たちと軽やかに会話をしていた爽やか好青年と、目の前にいるやっと散歩に行けると喜ぶワンコのような人を同一人物だとすぐに分かる人はもしかしたらいないかもしれない。
だが、確かに先程の彼とこのワンコは同一人物なのだ。
そして今日は時間さえあればする雑談も2人でできるチャンスがなく、いつもは一緒にとる昼食も、確かに私の委員会で潰れていた。
「そ、そうだけど」
「そうだよ!しかも今日はしーちゃん、珍しくお団子にしてるから!そんなに可愛いから周りの人達もすっごいジロジロ見てるしさ!!」
そんなことはまったく無いことは置いといて、今日一番注目されてたのは絶対にアンタだよと言いたかった。
「それはアンタだよ」
思わず口から出た。
「へ?なんのこと?」
こんなにも彼自身に向けられている興味に無関心であると、安心するべきなのか、はたまた怒るべきなのか。
この瞬間、答えは一択だった。
「いつものメガネ付けてないから!!!あなたの綺麗なお顔が!!!今日!!一日!!晒されたことの自覚は、おありですか!?」
一言一言、声を張り上げて伝えた。
「っ!?え!?き、綺麗って……。しーちゃんに言われると、てっ照れるよそんな」
モジモジとなんか言い始めた。
「ううぅ、分かってない、分かってないよ君」
知っていたのは私だけだったのに。
なんだか胸がギュッと苦しくなって、再び文句を言いたいのに、喉になにか張り付いたようになって言葉が出なかった。
俯いていると、さすがに先程の受け答えが違ったのではないかと焦ったのか「し、しーちゃん?ごめんね、メガネなくてごめんね、今度からメガネ肌身離さず持っとくからね」と微妙に分かってるのかどうかな返答をされた。
しかしこのまま心配させ続けるのも申し訳なくなってきた時、ハッと気になったことを思い出した。
「そーいえば、メガネ付けてないのになんで私の髪ゴムないことに気づいたの?」
「え?ずっと見てたからだよ?」
ズバッと怖いことを言われたが、だからって理由になっていない。
「え、だ、だって、ずっと見てたっていってもメガネないから見えないでしょ?」
「しーちゃんのことなら目を瞑っててもどこにいるか何をしてるか見えるし分かるよ」
「…………そっか」
理解するのを諦めることにした。
こないだの視力検査、確か裸眼でDだったって言ってなかったっけ?
少し心を落ち着かせようと目を瞑ると、また彼がハグを再開させ、つむじに頬ずりをかましてきた。
さっきまで可愛い可愛いと言ってくれていたお団子がぐしゃぐしゃになっても止まらない求愛に、不思議と沈んでいた心がぷかぷかと浮いてくるのを感じた。
「フフフッ」
「しーちゃん?どーしたの?」
仕方ない、今日はこれで良しとしよう。
だって彼はどう見ても私のことが好きらしいから。
ギュッと私も彼に抱きつくと、彼はより一層力を強めてきた。
少し身動ぎすると、彼はまたやってしまった!と思ったのか腕の力を緩めた。
そして心配そうに私を覗きこむ彼の顔に、私は思いっきり愛をぶつけてやったのだ。
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「ねえどゆこと?なんであの2人が一緒に出てくわけ!?」
「知らない〜。あーあ、けど平塚くんは成田さん好きなのかな〜」
「えー!結構好みだったのにー!ねえ西田は知ってた?」
「逆にお前ら知らなかったの?あの2人のこと」
なにやらあの2人がいなくなってからより教室が騒がしくなった。
今日一段とクラスの女子たちが盛り上がっていたのは、どうやら成田がメガネを外してきたのがきっかけらしい。
成田とは席が前後のため話したことはあるが、今日初めてあいつの素顔を見たとき、ふんわり緩めのパーマがかかったみたいな黒髪から、いつもメガネで隠されていたらしい大きな目が覗いたとき、こいつは将来モデルかなんかになるんじゃないかと思った。
盛り上がっている女子のうちの1人に尋ねられて、そこで初めてクラスの大半があの2人の関係を知らなかったのを知った。
あの2人は、普段は今日のように注目されるタイプでも、たくさん人が寄ってくる人気者というわけでもない。
いつもお互いがお互いの席に話しかけに来るから、平塚と成田の席に近い人達は会話が聞こえてしまう。
聞こえてしまうから、それを知ってる人達はわざと空気を読んで離れるのだ。
「ありゃ相当なバカップルだ」
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「しーちゃん、大好きだよ♡」
「わたしも大好きだよ、きーくん」
彼の制服に顔をくっつけて匂いを吸っていたら、ガヤガヤと生徒の声が聞こえてきた。
でも気にしない。今はまだこのままで。
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