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喪失の歌劇場2

 収集部から寄越された人員は、男性2人と女性1人だ。緊張した面持ちで静かに輸送車の座席に腰かけている。怜は彼らに話しかけた。


「到着前にお互い名乗っておきませんか。俺は怜です」

30代くらいの男が、伏せていた目を上げて口を開く。

「私は伊藤だ。君とは以前に一度、一緒に仕事をしたことがあるんだが覚えているか?」

「え?あー……すみません」

 全く記憶にない。多分、今の部署に配属される前のことだろうと思うが。伊藤はいや構わないと生真面目な表情のまま首を振った。

「かなり前のことだから、忘れていて当然だ。危険な任務になるが、よろしく頼む」

「はい。よろしくお願いします」

 他二人は、男性の方は大山、女性は江川と名乗った。どちらも20代くらいで、肩に力が入っている。


「ちょっとお尋ねしたいんですが、先に任務にあたったチームはどんな様子でしたか」

 尋ねると江川は顔をこわばらせた。

「重傷を負った一人が、私の教育係だった人で……先輩のあんなに怯えた様子、見たことありませんでした」

 病院内で帰って来た職員から聞き取られた内容は、ほとんど錯乱状態のようだった。


『男がいました。辺りは血の海で、火の手があがっていて……それと笑い声!みんなが私を笑っているんです!頭にこびりついて取れないんです!』

 資料によると以前にも任務にあたったチームがいるのだが、そのときも結果は失敗だったという。少ない証言から分かっているのは、戦いは避けられないということ。そして異常生物が多数現れるということ。


 車が停まり、輸送車の後方部が開いて行く。各々武器を手に降りていく。5と書かれたドームの扉を抜け、広い空間に入る。そこにあったのは光を吸い込む黒い球だ。部屋の中央に不気味に浮かんでいる。6人は互いの顔を見て頷き合い、ためらいなくその球体に触れた。


****


「ねえ!さっさと起きて!」

 脛を蹴り上げられ、まどろんでいた怜は目を開けた。

「痛った……」

「よく呑気に寝てられるね。緊張感ゼロ?」


 隣に座っているエミリは呆れと苛立ちが混ざった声で言う。首を動かして周囲を確認すると、歌劇場の客席に座っていると分かった。まさに開演直前といった様子で、周りにはたくさんの人が自分たちと同じように席についていた。興奮した様子の会話があちこちから聞こえてくる。一瞬、普通に公演を見に来たような感覚になるが、よく見れば客たちは皆クラシカルな服装をしている。間違いなくここは記憶世界の中だ。席から立ち上がろうとして異変に気付く。


 立てない。座ったまま足を浮かせることはできるのに、立ちあがろうとすると途端に体の制御がきかなくなるのだ。

「こういうときどうすればいいの」

「さあ?」

 怜の返答に一瞬あっけにとられて、次にエミリは肘置きに拳を叩きつけた。


「動けないんだよ!ヤバいでしょ!」

「キレるなよ。ほら客に変な目で見られてるぞ」

「別にいいしこんな偽物!」


 騒いだって動けるようになるわけじゃない。体力を温存すべきだ。そう言うと渋々納得し、エミリは静かになった。だがそわそわとして警戒し続けている。怜は腕に付けたデジタル時計を操作した。


「もしもし。今エミリと一緒にいます。座席に固定されてて動けそうにないです。そっちはどういう状況ですか」

『同じく動けません。私は江川さんと一緒にテラス席にいます。伊藤さんは大山さんと一緒に後方にいるそうです』


 体をひねって確認しようとするが、人に遮られて見えない。ばしっとエミリに肩をはたかれた。支給品のデジタル時計で連絡を取り合えることを知らなかったらしい。


「通話できるなら教えてよ!」

「貰ったとき説明受けただろ」

「知らない。バイタルチェックと身元確認ができるとしか聞いてない」

 多分渡したのはイルミナだ。あの人わりと適当な所あるからなぁ。

「じゃあイルミナさんが悪いか」

「イルミナさんを悪く言わないで!」

「お前あの人に弱みでも握られてんの?」


 自分と同じように何か握られていて悪く言えないのかと思ったが、そんなわけないでしょと否定される。そのとき上演時間になったことを知らせるブザーが鳴った。ひそひそ話していた人々は口を閉じて、ステージに目を向ける。幕がするすると上がっていった。


****


 美しい歌声と演奏を聞きながら、ふわーぁと欠伸する。未だ危険な状況にはなっていない。普通のオペラだ。遠くてよく見えないが、ステージの上にいるフルートとピッコロ奏者が吹いているのがおそらく回収目標だろう。リラックスしている怜にエミリが小声で怒鳴る。


「なに普通に楽しんでるの!?」

「ポップコーンあったらもっと楽しめる気がする」

「映画館か!全然動ける気配無いんだけど!まさか公演が終わるまでこのまま拘束されるの?」

「かもな」

 だとしたら危険度が7になる理由が分からないが。


薄暗い中で客席後方からステージへ向かって歩く人影があった。気づいた通路側の客がちらちらと目を向ける。不審そうにしているが、席を立って声をかけようとする人はいない。

怜とエミリのいる列を通り過ぎ、二人もその存在に気づいた。薄暗くて見づらいが、人影は痩せた男のようだった。彼は手に何かを持っており、歩を進める度にそれが揺れる。一曲が終わったとき、男はステージのすぐ前まで来ていた。怜は素早くスマホの画面を向ける。通話には使えないが、カメラのズーム機能は使えるのだ。


ごろんとステージの上を、男が投げた何かが転がる。歌姫の足元で、止まった。彼女はゆっくりと視線を下げる。スポットライトに照らされたそれは、人の生首だった。数秒の間をおいて絹を裂くような叫び声が響き渡った。


人々は出入口に殺到する。中にはその波に飲まれて座席や床に倒れこむ者もいた。男は歌姫に何か言いながら近づいていく。彼女は顔を引きつらせ、背を向けて逃げ出した。

「やっと動けるようになった!皆と合流するよ!」

不審者の乱入が、動けるようになるきっかけだったらしい。エミリと怜は席を立って他のメンバーを探す。さっき伝えられた位置で、パニックにならずに席にいる人間を見ればいいから、見つけるのは簡単だった。テラス席にいる樹に手を振って、通信機に向かって叫ぶ。


「俺たちが二階に上がりますから、樹さんたちはその場を動かないでください!」

『分か――』

 爆発音が樹の声をかき消した。

「何!?」

 怜は舌打ちする。建物に爆発物が仕掛けられているのか。ちらりと不審者男の方をうかがうと、呆然と突っ立ってステージを見ていた彼はのろのろと動きだした。不意にその右手がぶれる。

悲鳴があがって振り返ると、出口の方に向かっていた観客の一人が通路に倒れていた。彼女の背中には、斧が刺さっている。既に絶命しているようだ。見ていなかったエミリは戸惑った声をあげる。

「え、何?なんで」


 あの男が投げたんだ。そんな芸当ができる体格には見えないが、記憶世界の敵はそういった常識を超えてくる。投げたはずの斧もいつの間にか手元に戻っていた。怜は通信機で、伊藤と大山に呼びかけた。

「ロビーの方に出ましたか?」

『ああ!だが人が邪魔で身動きがとれない!』

「なんとか二階に上がって樹さん達と合流してください。今の所確認できている敵は一人ですが、共犯者がいる可能性が高いので気をつけてださい」

『了解!』


 さて、自分たちもロビーに出たいが、数メートル先には殺人鬼がいる。逃げ遅れた人を手あたり次第に襲いながら近づいてきている。後ろを向くと、出入り口は我先に逃げようと押し寄せた人々でふさがれている。普通なら万事休すだろう。だが自分たちは不幸にも事件に巻き込まれた一般人ではない。頼りになる武器を持ってきている。怜は殺人鬼をびしっと指してエミリに言った。

「やってしまえ!」

「命令すんな!」


 十数発の弾丸が殺人鬼に撃ち込まれ、いかにも軽そうな細い体はばったりと後ろに倒れた。エミリは拍子抜けした様子だ。

「なんだ弱いじゃん」

 そう言った直後。倒れた男の体がびくんと跳ねた。肉が盛り上がり、あっという間に巨躯のマッチョが出来上がる。筋肉を得た代償に、男の頭は豚のものに置き換わっていた。


「随分と、殺人鬼らしくなったな」

「デカくなろうが関係ない!」

 弾丸が頭に命中し、首ががくんと後ろに倒れる。間髪入れず心臓を狙い、引き金を引いた。だが倒れない。ぐっと斧を持つ手に力をいれる動作を見て、怜はとっさにエミリを倒した。ドガッと椅子の振動を感じ、見上げるとちょうどエミリがいた位置に斧が刺さっていた。文句を言おうとしたエミリはそれを見て閉口する。

「お礼とか言わないからね!」

「言ってる暇もないぞ!」

 姿勢を低くして座席の間を走り抜ける。その後ろを斧が刺さる音が追いかける。背中がぞわぞわする感覚が止まらなかった。


「あの豚!投げてばっかりじゃん!」

「そうだな!マッチョなら肉弾戦挑めって思うよな!」

 互いに文句を言いながら飛んでくる斧を避け続ける。十分時間は稼いだ、入り口は空いているだろう。座席を盾にしてジグザクに通路へ走るよう指示する。

「俺が手こずっても待たずに出て、すぐ二階へ向かえ!」

「オッケー!」


 通路へ体を出すときは弾丸を打ち込んで動きを鈍らせる。そして別々に動くことで注意を逸らし、より安全に移動する。それを繰り返して座席の上へあがっていったのだが……。小さく悲鳴が聞こえて足を止める。エミリが2つ前の列の通路側に倒れていた。倒れている観客につまづいたのだ。怜は殺人鬼に2発発砲し、椅子の後ろにと叫ぶ。そしてばっと頭を引っ込める。頭の上ぎりぎりに刺さった斧は髪数本を断ち切った。

「あっぶな。危うくハゲになるところだった」

 ほっとしつつエミリに指示を飛ばす。


「先に行け!俺が引き付ける!」

 出入り口はすぐそこだ。エミリは座席の影から飛び出し、一気に突っ走る。同時に怜の撃った弾が殺人鬼の目に命中した。苦悶の声をあげて頭を振る。

「怜!」

「すぐ行く!」

 そう返して銃のマガジンを入れ替える。半身を出して様子を伺い――いない。殺人鬼の姿が消えている。見失った!焦る怜の髪を、生暖かい風が揺らした。獣の唸り声が、まさに今盾にしている席の上から聞こえる。


「目の前!!」

悲鳴のようなエミリの声と、殺人鬼の咆哮が重なった。


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