KRG2
だいぶ気力が削がれた様子のエミリを連れて、最後の開発部に向かう。ここはある意味、保存部以上にきつい。扉をゆっくりと押し開ける。予想に反して、警戒していた人物は不在だった。ほっと胸をなでおろして、メカニックたちにエミリを紹介する。
「おーよろしく!君はどういう武器を使うんだ?」
「銃?この中に同じやつあるか?」
ここの職員は明るい人が多い。エミリと相性が良かったようで、すぐに打ち解けた。怜は端に設置されている畳の休憩スペースに腰を下ろした。何やら盛り上がっているエミリたちを眺める。はあ、早く帰りたい。気まぐれにバイトをしていた人間に、急にフルタイム労働はきつい。自販機が目に留まって、何か飲むかと立ち上がろうとしたときだ。
「お?」
ズッと畳がずれて、狐耳の少女が顔を出した。ばっと身を引こうとするが、それより前にしがみつかれる。
「怜ー!怜じゃ!いったいどこに行っておったんじゃ心配させよって~」
腕にコアラのようにひっついて顔面をすりすりしてくる。怜はげんなりした顔で、どうもとそっけなく挨拶する。アッシュグレーの耳としっぽは、彼女の興奮を反映して激しく動いている。もちろん本当に生えているわけではない。聴覚拡張デバイスだ。あえて狐耳にしている理由は分からない。
「離れてください。開発部部長」
「なんじゃ冷たい言い方をするでない。たっぷりコミュニケーションをとろうではないか!」
「本気で無理……」
エミリが騒ぎに気づいてこちらにやってくる。
「あれ?いらっしゃってたんですか部長」
「部長!?この子供が部長!?」
エミリは口に出してしまってから、しまったと口をつぐむ。ちなみにこの子供、見かけは幼いが成人している。
「よいよい。この程度で怒らんよ。私は開発部部長、翠じゃ。お主は怜の後輩か?」
「後輩っていうか、バディ組んでて……」
「ほう!怜と組めるとは、お主なかなかの実力者じゃな?」
「え?あー、いや」
怜を馬鹿にしているエミリは言葉を濁す。その様子を見て謙虚じゃのうと笑う。
「あ、そうじゃ。怜の為に新しく武器を作っておいたんじゃ。試してみてくれんかの?」
翠が出してきたのは一見何の変哲もないボールペンだ。
「ペン型スタンガンじゃ。一押しで相手を失神させられるぞ!」
「これ何回使えます?」
「フル充電で3回じゃ」
使いようによっては便利か?コンパクトだしいいかもしれない。一つ気になることがあるとすれば、デフォルメされた翠が描かれていることくらいだ。絵についてはコメントせずに、いいですねと言う。エミリは戸惑った表情だ。
「え、スタンガンなんて奴らに効くの?弾丸打ち込んだ方が確実でしょ」
「俺は正面から戦うほうじゃないし、こういうパッと見武器に見えないもののほうが役に立つんだよ」
「そんなん言って、戦えないからこそこそ泥棒みたいに侵入してるんじゃないのー?」
昨日の仕事がかなり不満だったらしい。馬鹿にするような口調で言われ、小さくため息をつく。
「ねえ翠さん、ここって試射室とかあります?」
「あるぞ」
怪訝な顔をする怜に、エミリは自信たっぷりに言った。
「射撃で勝負しようよ」
「はあ?」
「私が買ったら昼食おごって。いいでしょ?」
面倒くさい。興味ないからと断ろうとしたが、翠がエミリの側につく。
「親睦を深めてはどうじゃ?コミュニケーションは大事じゃぞ」
「えぇー……」
押し切られて別室に移動する。ガラスの壁の向こうから準備はよいかと翠が言う。エミリの方を見ると、ガラスに仕切られた隣の部屋でハンドガンを構えていた。目線だけこちらによこしてふふんと笑った。怜は耳に付けた通信機に片手をあてて言う。
「準備オーケーです。いつでも始めてください」
「エミリもよいな?では……始め!」
灰色の壁に、ホログラムでつくられた的が出現する。怜はそれを順に撃ち抜いていく。しだいに的の出現が早くなり、前だけでなく後ろ、上、下と目だけでは追えなくなってくる。一々体の向きを変えて照準を定めていては間に合わない。怜は視覚よりもむしろ音を頼りに的の位置を把握し、最小限の動きで引き金を引いた。
撃ち抜いた的の数と正確さでポイントが集計される。表示される的は、怜とエミリのどちらも真ん中を撃ち抜いていた。そのことにエミリは目を丸くして、思わず怜の顔を見る。このぼんやりしたやる気のなさそうな男が、自分と同じレベルの射撃の腕を持つとは信じがたかったのだ。電子音が鳴って、目線を前に戻すとエミリの前には大きく“負け”の文字があった。
「はああ!?」
勝敗を分けたのは当てた的の枚数だ。怜の方が1枚だけ多かった。