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KRG

 最初に記憶世界が現れたのは、50年ほど前だったと聞く。世界各国に突如として発生したそれらは、調査が進むにつれていくつかのことが判明した。まず、過去に実際にあった出来事を再現した世界であること。誰かの記憶が核になっており、それを破壊すると消えること。そして記憶世界の物質は持ち帰れること。


 未だ不明なことも多いが、当時の人々はこの不思議異空間を利用することに決めたらしい。というのも、記憶世界から持ち帰ったものが技術革新に貢献したからだ。そして過去の人類の遺産を今に生かすという名目で日本につくられたのがKRG。記憶世界の遺物を収集、保存し現代で活用することを職務として日夜活動している。


****


 出勤してきたエミリにおはようと挨拶すると、不服そうに返してきた。

「おはよーございまーす。今日はどんなご指導してくれるんですかー?」

「本部を案内する。特に開発部は皆が世話になるからな。ちゃんと顔を覚えてもらった方がいい」

 口ではそう言いつつも、行きたくないなぁと内心思う。開発部は案内の最後にしようと決めて廊下へ出る。特殊収集部で働くうえで、場所を覚えておいた方がいいのは次の3つのみだ。開発部、保存部、収集部。


「ちょっと待って。収集部ってうちでしょ?」

「違う。うちは特殊ってついてるだろ?収集部ってのは元々あった部署で、そこから新しく作られたのがうち」

 あちこちの部署から能力を認められて引き抜かれてきたのが、特殊収集部の職員だ。だから中には専門技能を持つ人も混じっており、機械の不具合が起きたときにすぐ見てもらえてありがたいこともある。

「あんたは元々どこの部署にいたの?」

「どこにも。ふらふらしてたらイルミナさんにスカウトされて、KRGに入った」

 しばらくはイルミナ直属の部下としてこき使われていたが、新しく部署がつくられて正式に職場を得た。エミリは嫉妬に狂う般若のような顔をした。何故。


 収集部の前まで来ると、ちょうど武装したスーツ姿の者たちが数名出て来る。エミリと初めて会ったとき、彼女が引きつれていたのは彼らだろう。多分イルミナの指示で同行していたのだ。エミリに気づいた若い職員がはっとして頭を下げていく。

「え、お前なんか凄い奴なの?」

「別に~。普通なら、あんたが組めるような実力じゃないことは確かだけど」

 なんか腹立つな。次行くぞーとさっさと歩きだす。次に来たのは保存部だ。ここは扉を開けてすぐ小さな部屋になっており、全身を除菌される。虫が付いていないかも入念にチェックされ、許可が出ると靴にカバーをつけて扉の先に進むことができる。エミリはこういった場所が初めてのようで困惑した様子だ。


「な、なにこれ。ちょっと神経質すぎない?」

「あぁ、アメリカ支部だと博物館か何かに委託してるのか。気をつけろよ。少しでも汚したら一か月は無視される」


 保存部は全部署の中で最も清潔と言われている。職員も当然綺麗好きが多く、中には行き過ぎた潔癖症のような人もいる。普段付き合うには難があるが、仕事の面では非常に信頼できる人だ。考えていると本人が姿を現した。


「あら、怜君じゃない。久しぶりね。休暇を取っていたって聞いたわよ。体調を崩したの?当たり前よね、あんな酷い職場に居たら辛くなっちゃうわ。やっぱり保存部に移って――」

 次々と紡がれる言葉を、待ったと手で制止する。目の前の女性はきょとんとした顔をした。淡い色の髪をゆるく三つ編みにして、口には白いマスク、ブラウスとパンツ、上に白衣を羽織った彼女は保存部の部長だ。


「三梅さん、今日はうちの新人を紹介に来たんです」

「エミリ=シュタインです。よろしくお願いします」

 エミリも年上と分かる相手には敬語を使うらしい。というか彼女の名字を初めて知った。三梅は差し出された手を手袋をつけたままぎこちなく握る。


「せっかくだから見て回る?収集部にいるとあまり来ることが無いと思うし」

「じゃあ、ちょっとお邪魔させてもらいます」

 エミリの返答に目を細め、三梅は先に立って案内する。保存部はとても広く、金属の棚にプラスチック製の箱がずらりと並んでいる。箱には中に収められたものを書いたタグが一つ一つ付けられているのだ。ふと怜は足を止める。昨日収集した純白の花があったのだ。環境を完璧に調整されたガラスケースに入れられている。


「こういう風に、遺物に合った方法で保存するのが私達の仕事なのよ。劣化しないように処理を施すこともあるわ」

「へえ~。なんか専門家って感じですね」

 和やかな空気だったが、しばらく歩いたときエミリに異変が起きる。大きく息を吸い込んだ彼女の口に、怜はとっさに袖を押し当てる。

「くしゅん!」

 周囲の音が、無になった。


 怜は冷や汗をかきながら、どうこの場を切り抜けようかと頭を回転させる。エミリが腕を押しのけようと暴れる。

「むー!ぶはっ息できないんだけど!なに急、に……」

 彼女の視線の先には、能面のような表情の三梅がいた。三梅は無表情のまま顔を横に向けて、助川と呼んだ。

「はい」


 す、と音もなく現れたのはここの職員の男だ。三梅と同じくマスクと白衣姿で、除菌ケースから出した手袋を彼女の前に差し出す。三梅は手袋をつけ換えると平坦な声で指示を出した。

「彼女をシャワー室に。怜君も汚れちゃったから綺麗にしたほうがいいわね」

 忠実な部下は何の疑問も返さず、言われた通りエミリと怜を連れて行く。通り過ぎた職員たちは、みな一様に憐れむような表情だった。


****


 シャワーを浴びた上に真新しい服に着替えさせられた状態で、怜は保存部を後にした。また来てねと三梅は笑顔で手を振っていたが、しばらくは行こうと思わない。3分ごとにシャワー室に連れて行かれそうだ。エミリは歩きながら感情をあらわにする。

「なんなのあの人!マジ信じらんない。手袋換えてたの見た?私が汚いってこと!?」

「いや、あれは三梅さんの癖。他人と触れると手袋越しでも気持ち悪いんだと」

「はあ!?やばすぎじゃん!なんであんなのが部長やれてんの」

 あんなのとか言うな。一応イルミナと同じ立場なんだから。首とぶぞ。


「あの人なりに頑張ってはいると思うけどな。前は他人に一切触れなかったんだ。苦手なおっさんと話すときなんて防護服着てたし」

「えぇ……」

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