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女子高生、不安になる

 二回目の社会科見学から、さらに数日が経った。


 相変わらず気温は低いままで、優奈は今日も湯たんぽ持参。むしろ2つに増やしての外出である。空は相変わらず曇りのような薄暗い青空が続いている。


(結局、何にもしてないけど、大丈夫なのかなぁ…)


 鳥人間のことをよく知らない優奈が、火種を運ぶ良い方法が思いつくわけもなく、集中できないせいかここ数日の問題集もなかなか正解しない。鬱々とした気分で、また少し、


(勉強は苦手だし、就職の方がいいのかなぁ)


 という気持ちが湧いてくる。


 もちろん、気持ちだけである。


 本日、三回目の社会科見学と称して、公共職業安定所――つまり、ハローワークを覗いてきたのだ。ハローワークはもちろん、誰でも入り込める場所で、壁一面に求人票が貼ってあるという、ある意味、優奈の想像通りのハローワークである。




(あれえ)


 と優奈は首を傾げた。超、日本っぽい。


 優奈が期待していたのは、ファンタジーのギルドのようなごつい男たちがファンタジックな仕事を求めるファンタジーな世界である。


 春市を歩いていた時、たくさんの人がいて、その大きさに驚いた。虎や熊らしき人もいて、遠巻きにもごつくて、異世界なんだなぁと思った。鳥人間も色とりどりで、かなり異世界感のある光景だった。

 しかし異世界のハローワークはというと、猿やウサギやネズミだろうか。優奈に目に違和感の少ない、この世界で言うと小柄な獣人が多かった。


 求人票を見ても、戦闘職があるわけはなく、普通に営業・販売であったり、接客・調理・サービスであったり、医療・看護であったりと、非常に見覚えのある字面である。


 試しに販売を見てみる。光通信のあの顕微鏡のような機械を売り歩く職業があった。食堂で給仕のバイトをするより、1.3倍程高い給料だ。ちょとできる気がして読み進める。応募資格が専門学校もしくは大学卒業なので、すぐには無理そうである。


(というか、大学いってもそんなものなんだ…)


 と少々思ったりする。

 優奈がやりたいかは別として、工事系の方が給与はよいらしい。


(種族で条件が違う場合もあるんだ…)


 翼があるなら学歴不問ということは、空を飛ぶ必要がある仕事なのかもしれない。


 ラウレイが言っていた、猿博士が苦労しているとはこういうことなのかとぼんやり思う。工場の求人も出ていたのだが、給与が安いせいなのか、学歴の要件があわないからなのか、手に取る人はほとんどいない。


 異世界なのに、妙に現実的だなぁ。とそんなことを思う優奈であった。 





 ラウレイの家に帰ると、ラウレイは出かけていた。珍しい。


『ご飯は食堂でたべてね! 勉強頑張れ』


 というメモに、木のお札が添えられていた。


 もうそんな時間かな? と腹時計と相談するが、ちょっとまだ早い気がする。リビングにある光通信の時計を見ると、やはり食事には1時間以上早かった。


 部屋に戻る。


 もともと客間だという部屋は、ラウレイの好意で優奈の専用になっている。


 ふかふかのベッドに勉強机とイスが持ち込まれ、ちょっと大きめの砂時計が置かれていた。ひっくり返すと砂が下に落ちていき、最後に残った大きな木の実が小さな音を立てて時間を知らせてくれる仕組みである。


 服もいつの間にか増えていて、最近は朝何を着るのか迷うくらいだ。 


 教科書とノートを広げ、歴史は何年まで言ったんだっけ。地図と合わせて見るかと机の上の冊子に手を伸ばしたところで、ふと優奈は手を止めた。


(まだ、電源入るかな)


 思い出したのはスマホだった。


 習い性で、電源を落とした状態でもいつも手元に置いており、出かけるときはカバンに入れていた。


 すこしドキドキしながら指先に力を籠める。


 画面は、点いた。


 起動を表す画面の右上に、赤くなった電池マークが映る。

 もう残り時間はあまりない。


 タップしてアルバムを開く。ほとんどが角度を変えた自撮りだ。スクロールして探すと、高校の友人たちと撮った写真が画面いっぱいに表示された。


 今優奈が元の世界に帰ったとしても、1か月行方不明になっていたことになる。戻って元の生活にすんなり戻れるか自信がない。


(そもそもどういう扱いなんだろう…誘拐?)


 優奈が覚えているのは、雨の日の交差点と青信号のところまでだ。そこから霧が立ち上り、まるで自分から異世界に踏み込んでしまったようなイメージではある。外からどう見えたかわからないが、目撃者がいたとしてもふっと消えてしまったとか、通報に困る内容だったりしないだろうか? 少なくとも、『きゃー、攫われる―』みたいな事態に見えたとは思えない。


(不思議。そんなに簡単に異世界に来れるなんて)


 ”信号は青かったはずだ”


 自分の意識に残るその色を、優奈は振り払って、思い出すのを辞めた。

 代わりに別のことを考える。


 この世界に留まったとして、火入れの時が来るのか。


(そうだよ、一か月だよ)


 普通、”世界を救って”と人を召喚するぐらい困っている状況で、一か月進展なしはマズくないだろうか。気温が下がっている気がするのだ。


 春市は2か月も延期されたと屋台のおじさんが言っていた。作物も枯れてきていると。


 猿博士もラウレイも慌てているようには見えないが、長い冬が続いてしまうと、さらに困ったことになるのは、何となく優奈も感じ取っていた。ジークたち自警団で本当に何とかなるのか、よくわからない。優奈の召喚は一体何だったのだろう?


「こんにちはー、ラウレイさーん!」


 という訪いの声に優奈は顔を上げた。


「ラウレイさん、お出かけ中だよ」


 と玄関から顔をのぞかせれば、案の定レオだった。


「そうなんだ。一緒に勉強しようぜ」


 ラウレイの不在はどうでもよいらしい。


「あ、うん」


 と頷いた優奈は、レオを招き入れる。

 ラウレイから、レオが来たらいつでも家に上げて良いとは言われている。普通、年頃の子供が異性の友人を連れてきたら、というのは日本の感覚ではない。様々な種族の入り混じるこの世界では、そういうことは滅多に起こらないからのようだ。


「あれ、それ、何?」


 といわれて優奈は自分がスマホを持ったままだったことに気付いた。


「スマホ」


 と言われて、レオがわかるわけもなく、移動式の光通信の機械だということで押し通す。


「すげえ、絵が動いてる」


 スマホの画面にレオは感心しきりだ。


「電源がなくなっちゃうよ」


 と優奈は強引に電源を長押しした。


「電源?」


 この世界には電気もないのである。

 説明が難しい。しかし、とにかく使える時間制限があることは分かってくれたようだ。ただし、


「大きさの割に重いよな。レンズだってそんなにしないのに」


 と電源の切れた筐体にも興味津々。

 優奈がそっと、カバンにそれをしまうと、


「使わないのに持ち歩くのか?」


 と不思議そうにされた。


「お守りみたいなものなの」


 といえば、


「ふうん…」


 と、わかったようなわからないような。


「それより勉強しよう」


 と珍しく優奈から促す羽目になった。

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