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火の海の成れの果てを見る

 社会科見学の効果があったことは明白で、少なくとも机に向かうことに優奈が前向きになったことを、ラウレイもレオも喜んだ。


 春の市から、二日が経ち、


「休校になった」


 とレオがやってきた。


「社会科見学行くぞー」

「え、寒くない?」


 二日前より少し寒さが増しており、ちょっとだけ優奈はしり込みした。


「なんかさ、ライオネル博士が研究所に入れてくれるって言うからさー、行こうぜ」

「うーん、分かった。ちょっと着替えてくるから待ってて!」


 新しいズボンとセーターを身に着け、ラウレイの用意した湯たんぽをしっかりお腹に抱え、召喚されたときに来ていたコートとマフラー、それにラウレイの娘の帽子まで借りて完全防寒である。


「これでもちょっと寒い気がする」


 何しろ、今日の社会科見学は、中央と反対側、町の外に向かう方向なのだ。町の中央から縁まで、歩ける距離であるというのに、温度差は確実にある。


「寒がりだよなぁ」

「私はそういう生き物なの! レオは毛皮があるじゃん」


 言いながら緩やかな坂道を上る。


 町はすり鉢状になっており、一番外側には白い壁が町を守るようにそそり立っている。


「そういえば不思議なんだけど…この壁って意味ある? 鳥の人たちって普通にどこにでも降りられるじゃない? 普通壁って、侵入を防ぐためにあるんじゃないの?」


 そもそも鳥人間しか移動できない、火に分断された世界で、何から身を守ろうというのだろう。


「それさー、俺も小学生ん時聞いた。ここ、小学校の遠足ルートなんだ」


 小学生と発想が一緒と言われたようで、優奈は口を尖らせた。


「拗ねるなよ。この世界に生まれついても、誰でも不思議に思うことなんだって」


 ゆっくりと歩いて辿り着いた壁は、優に人の背の3倍はあるだろう。

 白い光沢がぬるりとしている。


「触るなよ。乾いてないことがあるから」

「え、塗りたて!?」


 壁は木の板を継ぎはぎ、白い塗料で塗り固めたものだった。


 白い塗料は、反射板の役目をする。これで熱と光をはじき、火の海の熱から町を守っているのである。万が一の火災を防ぐため、頻繁に湿気を含んだ塗料がかけられる。


 そして、町は海面より低い位置にある。火の海から立ち上る熱から逃れるためである。


「めっちゃ工夫されてる…」


 とは優奈の感想である。


「もしかしてコレも意味ある?」


 白い壁の際には、子供の頭ほどの大きさの石が整然と並んでいた。

 自警団の所有物と表す札がある。


「高いところから落とすためだろうな」


 何を壊すのだろうと思ったが、優奈の視線は、壁についた突起に吸いよせられた。

 何だろう。凄く開けたい。


 流石に外の火の海の熱と光を防ぐための物を勝手に開けるのはマズイとわかるが。


「ああ、あれ? 開けるか」

「え、いいの?」

「冬は大丈夫だってさ。春になると自警団が鍵かけるし――ほら、鍵がかかってない時はいいんだ」


 キィィとあまり耳に良くない軋みを上げて、扉は外側へと開いた。


 窓から見る光景は、猿博士に見せられた光景そのものだった。あの絵はこの窓を切り取ったのだと今ならわかる。


 黒々とした溶岩が固まり切って、熱を全く感じさせない。まさに死んだ海だった。


「これ、火をいれたら何とかなるものなの…?」


 冷えて固まった溶岩はただの岩なのではないか、と優奈は思う。


「結構昔さ、同じことがあったんだってさ。その時は、召喚された人が火を入れて”ウヒ”が復活したっていう話がある。伝説じゃなくてさ、ちゃんと歴史に残ってる話で。ひいひいひいひいひいじいちゃんの代だってさ」


 そういわれても優奈の不安は消えない。


「先に来ておったか」


 と言われて、優奈たちは猿博士に気づいた。


「レオが上手く説明してくれたようじゃの。感心感心」


 そういいながら近づいてくる猿博士の手には、木の板が握られていた。


「今日はの、ひとつ、お前さんに聞きたいことがあったんじゃ」


 言いながらその板に描かれた絵を優奈に見せる。

 それは、白い壁の窓から細長いものを突き出す、人間の男の姿だった。


 兵士が銃を構えているのだと、見ればわかる。


「これは、以前この町に召喚された”火を恐がらない人”を描いたものじゃ。これが何か、わかることはないかの」


「兵士さんが銃を構えて外を撃とうとしてます」


 撃ったとして、銃弾が熱ければ、火が点くのだろうか? とぼんやりと優奈は思った。


「この、銃というのは、手に入るものかのう?」

「無理です。武器なので。実際に見たことないですし使い方も分かりません」


 昔の銃が出てきたところで手に余るので、優奈は首を振った。


「こちらで作れるものかのう」

「…無理な気がします」


 火が怖いのに火薬がこの世界にある思えなかったし、そもそも金属を使わないで銃が作れる気がしない。


「そうか…やっぱりそうすると、ジークに頑張ってもらうしかないの」


 と、猿博士は肩を落とした。


 頑張るというが、優奈がこの世界にきてもう20日ぐらいが経っている。


 窓の外に人影が見えた。

 黒い溶岩の海の上を旋回している。


 旋回しているだけのように見えた。


 火は落とさないのだろうか?


 不思議に思って見ていると、猿博士に図星を指される。


「お前さんの目には、火を落としているように見えんかの」


 あれでも胸に下げた入れ物から、持ち出した火種を落としている。ほとんど灰が舞うようなものだから、人影にしか見えないような距離では見えないが。


「え、あれで?」


 松明とか落としてるわけじゃないのかとか、戸惑う。


「工夫はしておるんじゃ。燃えやすい木を運んで、あの下に組んどる」


 しかし、運べる火種の大きさだけはどうしても解決しない。


「問題はそこなんじゃよ」


 いや、松明を持っていけば…と言いかけて優奈はようやく気付いた。


 鳥人間は腕を羽ばたかせて飛んでいるのだ。手に何かを持って飛ぶことはできない。アイリスなど手ぶらだった。ぴったりした目のやり場に困るドレスも、飛びやすさに関わると言っていたはずだ。


「火種ってどうやって運ぶんですか?」

「それを、見せようと思うてな」


 そういって猿博士は、優奈たちを研究所の方へと誘った。





 研究所といっても、その敷地の大半は更地である。


 中央にぽつりとある建物は、この世界の普通の家々と異なり、2階建て…もしかしたら3階建てぐらいの高さがあるだろうか。普通、こちらの世界で家と言えば、平屋かツリーハウスであって、建物を縦に重ねて2階を作るという発想はないそうだ。


 そして、全面が白く、ぬるりとした光沢に覆われた外観。まるで、町を囲む壁を切り取ってそのまま持ってきたようだと優奈は思った。



 優奈が召喚されたのは、更地に机を置いただけの建物の表庭らしき場所だった。


 今は布を外され、これまた白い板で作られた机だけが、ぽつりと置かれている。


 建物から入ってすぐ、左右に小さな部屋があり、右は優奈が以前、試験を受けた部屋だ。机とイスだけが置いてある。天井が低いから、この上に2階があるのだとばかり優奈は思っていた。


 廊下の奥に扉があるのは知っていたが、奥は見たことがない。


「優奈は大丈夫だろうが、レオ――お前さんは無理なら外に出ていても構わんからの」

「え」

 察したのか、レオがしり込みした。


 しかし、猿博士は何の溜めもなく扉を押し開いた。


 途端、熱いと感じるほどの熱気が流れ出す。サウナの扉を開けたようにも思えた。


 優奈が意を決して一歩踏み出すと、中は天井の高い、一つの部屋になっていた。高校の教室を4つくっつけたぐらいの広さだろうか。


 部屋の床は土のままにされ、じめじめとしているのは湿気を保つために水を常に流しているからだ。


 大きな部屋に不釣り合いなほど小さく中央に穴が掘られ、水の満たされた堀の中央に火があった。


 火と言っても燃え盛る、というよりはもはや熾火のような状況だ。


 祭壇と言われるそれは、優奈には異様な光景に思えた。火を厳重に扱いすぎて、逆に事故りそうな気配すらする。


(そこまで火に近づきたくないのか…)


「これ、薪くべるとき暑くないですかね」


 と聞いてみると、そもそも部屋に入れるほど火の恐怖を克服できたものがほとんどいないので、管理者である猿博士は、貴重な難燃性の糸を使って定期的に天井から薪を吊るして降ろしているそうだ。そっちの方が百倍危なそうである。


 想像以上の”火、怖い”状態に、優奈は、確かにこれなら火種を運ぶのも一苦労とようやく得心がいった。普通に薪をくべようよ! という発想は、猿博士たちにはないに違いないし、松明を持つことも難しいだろう。


 さらに火種運びには問題があった。


 火以前に、サウナの暑さにレオが扉の前からも逃げ出し、それを追いかけるようにして建物の外へ。

 そこで博士が見せてくれたのは、握りこぶしほどの大きさの箱だった。これに火種――と言っても藁をくべて作った灰を入れて運ぶのだが、入れて数分で燃え始めてしまうという問題がある。


「しかもこの箱を、ジークたちは体にこう…括りつけるんじゃ。何かをぶら下げたまま運ぶのは難しいからの」


 さらに、胸元で根性焼き状態に近いという、無理ゲ―らしい。


 口にあらかじめ紐を咥えることで、任意の場所でモノを落とせるのだそうだが、難燃性の布を濡らして胸元につけて飛ぶといっても、いつ燃え広がるかわからないものを胸元に括りつけて飛ぶというのは恐ろしい。できる人が少ないわけである。


 いっそ、聖火ランナー方式の方が確実ではないだろうか。優奈が持っていくかは別として。


「かもしれんが、松明を町の外に出す方法がないんじゃ」


 通常、鳥人間以外は町の外に出ることはないこの世界で、町は白い反射板の壁に覆われ、かつその外側は火を防ぐため深い空の堀となっている。


 鳥には影響ないが、地上を移動して町の外に出ようと思った場合、高低差数十メートルをほぼ足場なしの状態で上り下りする必要がある。身軽な猿の一族は可能な芸当なのだが、松明を片手に掲げた状態でと言われると難しいものがある。


 確かに、大変な事態であった。

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