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受験勉強包囲網、狭まる

 優奈が召喚された町は、バトロフ島という名前がついた場所だ。


 少なくとも地図には、8つの島が描かれていた。島と島の距離は、一番近いリリスク島まで渡り鳥の標準飛行時間が1日弱とある。鳥によって飛行速度は異なるそうだが、仮に時速120kmで24時間飛び続けた2880kmだそうで、常に最高速度と言うわけでないが、標準飛行時間が1日弱なら2000kmぐらいの距離ということらしい。ちなみに2000kmと言うと東京から台湾の台北程の距離である。


(結構遠いんだな)


 と優奈は思った。少なくとも歩いて行ける気はしない。


(いや、そもそも火の海を歩けないよね。船?)


 大航海時代以上に命がけっぽい世界しか想像できなかった。


「優奈ちゃーん」

「はーい、今行きまーす!」


 勉強用にと渡された中学生向け地図を見ていた優奈は、唐突にリビングの方からかけられたラウレイの声に答えた。


(なんだろう?)


 拗ねて街をふら付き、アイリスと会って別れた後は、大人しくラウレイの家に戻った優奈だ。

 バイトで自活することも難しいと理解しているから、頭に入っているかはさておき、大人しく机には向かっているのである。


(また何か言われるかな?)

 と優奈は首を傾げた。




 リビングに行くと、見覚えのある青いシャツのゴールデン・レトリバーがいた。


「あ、署長さん。こんにちは」


 ちなみに、この世界、一日には昼も夜もなく常に明るさ一定のため挨拶は常にこんにちは、一択である。何時に起きて何時に寝るかも、仕事の都合や家庭次第。ある意味、夜勤という概念がないのは体に良い野かもしれない。なお、「今何時?」という時間は、町で共有されている。巨大な木製の機械式時計が湖の近くにあり、その時間が光通信を通じて各家庭に送られる、アナログなんだかハイテクなんだかよくわからない仕組みであった。


「こんにちは、優奈ちゃん。元気かね」


 温厚な署長さんに少し癒される。


「はい、元気です」 


 優奈は笑顔で答えてから、署長の隣に立つ、一回り小さいゴールデン・レトリバーを見た。ブレザー姿でドラム型のカバン。これは、高校生だろうか。


「息子のレオだ。今、高校三年生でね。優奈ちゃんと同じ受験生なんだ」


「はじめまして、優奈です」

「はじめまして。あーっと、よろしく…?」


 レオの声はいかにも少年、という感じだった。好感が持てる。


「年が近いと喋りやすいこともあるかと思ってね。連れてきてみたんだ」


(それは受験勉強の妨げでは…)


「一緒に勉強するのも良いかと思ってね」


「えーっとそれは、レオ君…? が逆に集中できないのでは…」


 なんだこの、小さな子供同士で遊ばせてみたらどうだろう感。


「いつも兄弟通しじゃれあってるからな。こちらの方が静かで集中できると思うぞ」


(雑!)


 内心ではツッコむものの、力強く署長に言われ、逃げるすべがない。

 結局、一緒に勉強するということで、ラウレイのリビングにノートと教科書を広げることになる優奈とレオだった。




 ――1時間後




「おーい、大丈夫か? もう寝る時間?」


 面白くもない教科書との格闘に、優奈の集中力が勝てるはずはなかった。

 居眠りをしっかり妨害され、署長の狙いはこれか…と内心呻く。


「いや、まだ寝る時間じゃないんだけど…つい、ね」


 目をこすって優奈はノートに目を落とした。滅茶苦茶に線がのたくっている。


「あー、わかる。眠くなるよな、行政のところって」


 レオの言葉に優奈は少し調子づいた。


「もともと苦手なうえにさ、頭に入ってこないんだよ。全然用語違うし、そもそも仕組み違うし。でもって、こっちは下手に近いからめっちゃ混乱する…鳥評議会と獣民会って何!? 衆議院と参議院じゃないの? みたいな…」


 こんなに制度の違う世界では、就職が無謀だと思えてくる。正直、この世界の職業すらわからないのだ。


 例えば、怪我をしたときに行くべき病院はあるから医者や看護師という職業はある。だが、人間と異なり髪の毛が伸びない獣人たちには美容師という概念がない。メイクやネイル、エステもおそらくないだろう。子育てが種族によって異なるため、保育士のような仕事もない。食べ物や衣服も種族によって需要が異なる性が、大型スーパーのようなものもない。一方で、地球では想像できないが、光通信の通信員のような仕事はあるらしい。


 何もかもが違いすぎて混乱してくる。


「てかさー、一般常識がない状態で大学受験って無謀じゃない…?」


 いっそこれは小学校からやり直しとかの方が良い気がする。そしてその間は召喚特典みたいな形で、手厚く保護してほしい。


 レオが頭を掻いた。


「あー、そういうことか」


「何?」


「父さんがさ、とにかく覚えろ詰め込めっていうのは流石に無謀だっつててさー。父さん、あれで超現場主義だから、また出たいつものやつって思ったんだけど、うん、今回は父さんが正しかったなと」


 署長は結構偉い立場なのだが、いつも現場にいるらしく、実は周りを困らせるお茶目なところがあるという。


「とりあえずさ、町に行こうぜ。社会科見学」


「え? それは流石に止められるんじゃないかな…」


「なんで? とりあえず手が止まったら現場百遍だろ。あ、ラウレイさーん、俺たちこれからちょっと商店街に行ってくる。今日、市立てるって言ってたから、一通り優奈に見せてくる」


「あら、そうなの。署長さん明らかに狙ってたものねー」


 のっそりの現れたラウレイは、テーブルの上に薄く削りだされた木のお金を置いた。


「ついでに、優奈の服も買ってちょうだい。まだもう少し寒くなるみたいだから、ズボンとセーターにしてね。寒いから湯たんぽは冷えたらすぐに新しいのを買うこと。お菓子も食べてあったまりなさい。あと、優奈が好きなものがどう売られているか見てくるといいわ。将来、そういうところなら、好きで働けるかもしれないわ」




* * *




 本来は春の訪れとともに立てる春市なのだが、待てど暮らせどやってこない春にしびれを切らし、ということで開催が決められた市である。それは、長く火のつかない状況であるが、心配ないということを示すための決定でもあった。寒さが増すにつれ減っていた人通りが、今日ばかりは春先の賑わいを見せている。


 中央の湖に近い大通りの一つを小さく区切り、所狭しと売り物を並べる春市は、食料と服が飛ぶように売れる日でもあった。


「りんご飴だ」


 屋台の一つに見覚えのある赤いものを見て、思わずつぶやく。


「へぇ、同じのもあるんだなぁ。食べようぜ」


 屋台には犬や猫、猿の獣人たちが次々と立ち寄っていた。


「鳥の人たちって、こういうの食べなかったりする?」


 りんご飴に被りつきながら、レオに尋ねてみると、


「あー、そういえば、あの人たち甘いってあんまり感じないらしいな」


 という。甘いものに敏感なのは猿のグループで、甘味を作るパティシエが多いのも猿人間である。


「あれ、お好み焼き…? じゃなくて蒸しなんだ」


 横目に流した屋台では、お好み焼きのように見えるパンケーキのようなものが蒸し器から取り出されて、客に渡されていた。


 ちょっと見ていると、小麦粉を解いて野菜や肉と一緒に加熱するというところはお好み焼きと似ている。ただし、青のりもソースもないので味は謎だ。


「お好み”焼き”ってまたすごい名前だな。食う?」

「やめとく…味薄そう」

「結構濃い味派だよなー、優奈って」


 最近慣れてきたが、この世界に来て初めの方は食べ物の味が薄く、物足りなさを感じていた。


「地球はもっと味濃いよ」


 と言いながら、通り過ぎた屋台で、何か光った気がした。


「あれ、あそこ光ってるの何?」


 蒸し器の根元で光っている部分を指して、優奈はレオに尋ねた。


「蒸し器の――優奈って蒸し器使ったことある? というか湯を沸かしたことある?」

「そりゃあ――あれ、ないかも」


 お茶を入れるときですら、いつもお湯はラウレイからもらっていた。


「家に光を集めるレンズがあって、そこにいつも水を入れて熱をためておくんだ。あれは屋台用に、レンズと水を入れるところがくっ付いてる」


 性能が良いものだと、湯の温度に従って黒いものでレンズを塞ぎ、湯の温度が下がるとレンズが開くようにカラクリが付いていることもある。


「そうなんだ…」


 火が使えない不便さはあるが、ガス要らずの便利さに優奈は感心した。


「お、あっちにクレープがあるぜ」


 好物なのかレオの足取りが軽い。


 こうして道を行ったり来たり。


 屋台はたった一本の道に、10列をなして並んでいた。そうなると屋台を全部見ようと思うだけども相当な苦労がある。


 10列どうやってと思うが、道幅が広いのである。片側三車線中央分離帯付きの道路よりさらに広い。凄いのは、このような道路が放射状に何本も走っていること。中央から360度見まわすと、まるで町が12個にカットされたケーキにのようにも見える。何本か、ドーナツ状に広い道路も走っている。


 車もないのになぜこんなに広い道が必要なのかと不思議に思ったが、


「昔はどこからでも鳥の人が飛んで、着陸してたからだってさ」


 ということだ。


「最近は発着地を使う?」


「そうそう。やっぱさ、たまに飛ぶのにぶつかったりして危ないんだって。助走したいらしいし」

「そうなんだ…」


 屋台の吊るしで、桃色のニットと分厚い生地のズボンを買って家路につく。

 空の明るさが変わらないせいで、気が付くと時間が随分すぎていた。



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