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弱り目、祟り目、鳥の目

 ラウレイに諭されたあと、優奈は家を出て街を歩いていた。


 言われたことが理解できなかったわけではない。学歴があったほうが就職に有利なことは間違いないと思う。


 だが、望みもしないのに呼び出されたこの世界で、暗に「お前は常識がない」と言われたら腹も立つし、これまでの常識に逆らうような世界の仕組みや歴史を延々と暗記することはやはり苦痛だった。


 勉強そのものが好きでないことは認める。大学で何を学びたいというのはなくて、それがキャンパスライフ、ひいては将来の恋愛につながると思ったから大学に行きたかっただけ。イケメンどころか人間がいない世界で、将来のためにと言われても、嫌いなものは嫌いだ。


(異界トリップなんだからさ、まだなんかあってほしいよ…)


 イマドキ、間違いトリップや理不尽トリップも多いが、大体そういう話はあとからすごい才能が出てきて、主人公が活躍するものではないか。


 そう心の中で愚痴りながら身を縮める。


 外は寒かった。

 氷点下の気温だろう。


 だが、町の中央にある大きな湖は少し明るくて、温かかった。


 どうやらこの世界では明るさと温かさが比例するらしい。そして光を反射する場所は明るい。

 そんなわけでフラフラと優奈は町の中央部まで来てしまい、ぼんやりと湖を眺めていた。


 太陽のない世界では眼下の湖の方が、逆に空を照らしているようにも見える。空には雲はないが、鳥人間が飛んでい――


(って、飛んでる!?)


 優奈は思わず、空を飛ぶ人影を食い入るように見つめた。


 円を描くように湖の上で、高度を落としていく人影は、広げた両腕に翼がある。

 やはりここは異世界である。


(ってか、人って飛べるんだ)


 優奈の中の常識で言うと、鳥人間コンテストとは、けったいなひとが琵琶湖に飛び込むアレである。


 しかし目の前の鳥人間は優雅に螺旋を描いて地面に降り立った。


 女の人かなと思ったのは、服装が短いドレスだったからだ。顔は細い嘴を持つ鳥そのもの。目はアイラインを書いたようにくっきりと黒く縁どられ、白いシャドウが周りに広く塗られているようにも見える。大きく開いた胸元から、のど元に広がる赤い羽毛が覗いていた。体に張り付くようなドレスはひざ元までしかなく、羽毛に覆われた足はサンダル履きだ。


「あらぁ、こんなところにおサルさん?」


 嘴から漏れ出る声は、色っぽい大人の女のものだった。


 上から下まで、優奈を一通り見聞した女鳥人間は、ふわりと飛び上がると、優奈の隣に降り立った。


 優奈よりはかなり背が高い。


「珍しい子ねぇ。小さなおサルさんはあんまりここには近づかないって思ってたけど」

「え、そうなんですか?」


 優奈の返答は、よほどおかしかったらしい。


「アハハ…! ここにはよく来るの? あら、そう初めてなの。箱入りってやつかしら? ここは発着場でしょう? 近づかないように言われなかった?」


 優奈が話を理解していないことは、表情で伝わったらしい。


「一人で来たの?」

「はい」

「そう、じゃあ――そうねぇ、どこかに入りましょうか。そんなに寒そうにしてて、可哀そうだわ」


 そう言うと、女は優奈の返事も聞かず、優奈の手を取って歩き始めた。引っ張られるように優奈は後をついていく。


「あのぅ…」

「アイリスよ。タマシギの末裔。お嬢ちゃん、お名前は?」

「優奈です」

「優奈ちゃんね。可愛いお名前」


 女が選んだのは、湖の近くにあるカフェだった。

 室温にほっと息をついた優奈に、


「紅茶でいいわよね?」


 とアイリスは声をかけ、断る間もなくメニューを注文してしまう。

 優奈は慌てた。


「あの、持ち合わせが…」

「なんで優奈ちゃんが払うのよ。大人には奢られるものよ? あ、それとも結構年上だったりするのかしら? おいくつ?」


「17です…」

「見た目通りに子供じゃない。遠慮するところではなくてよ」


 優奈がマフラーを外し、コートを脱ぐ様子をアイリスはじっとりとみている。


 ――否、じっとりという表現は正しくないだろう。鳥に限らずなのだが、獣人の目に白目はない。つまり、ぶっちゃけどこをみているのか、優奈にはさっぱりわからない。ただ、顔が優奈の方を向いているというだけである。


「ありがとうございます…」

「どういたしまして。礼儀正しい子ね。なのに発着場も知らないなんて心配だわ。教わらなかった?」


「まあ、教わってないですね」

「そう、ならよく覚えておくといいわ」


 一部例外はあるが鳥人間と、それ以外の獣人との一番の違いは空を飛ぶか否かだ。


 鳥人間は街中を自由に飛んで移動する――わけではない。緊急時や、場所が遠い時を除いて先祖と違い鳥人間は普通歩いて街中を移動する。飛ぶのに助走や踏切が必要なことがあって、飛んで移動したい場合は、発着地でのみ飛ぶ・降りるをするのがマナーだ。特に町の内外を行き来する場合は、中央湖にある発着地を利用することが多い。単純に他の発着地の位置がわかりづらく、よそ者が利用しづらいためだが、今は慣習的に中央の発着地が町の外との出入り口となり、空の旅に必要な道具を買い揃えたり、宿泊するにも便利になっているのだ。


「アイリスさんは他の町から?」


 他にも町があるということに驚きながら、優奈が尋ねると、


「長い旅だったわぁ」

 という。


「ここはいつも春に寄ってるのよ。春がなかなか来ないから、早めに出ることにしたの。もう、吹雪が酷くてひどい目に合ったわ」


「それはお疲れ様です…」

 出された紅茶を飲むと、熱いものが胃壁を通っていく。


「私も、温かいものが飲みたかったのよ」

 とアイリスは言った。


「で、話はそれたけど…つまり中央の発着地は誰が来て、誰が飛んでいくか分からない訳よ。で、大昔に、それで人さらいやってたのがいたっていう昔話があって、小さな子供は中央の発着地に近づくなって、普通親が教えるわけよ」


「え、そんな物騒なんですか」


「実際、そんなわけないでしょ。空飛ぶのって見た目より大変なのよ? 旅の荷物だってギリギリまで削るの。赤ん坊ならともかく、幼児なんてどうやって運ぶのよ…」


 もちろん、昔話に出てくる悪い鳥人間は、5mの巨人らしく、お前それ飛べる設定なのか? とツッコまれるような設定である。


 しかし、それはそれとして、治安が悪いことがあるので、あまりどの町でも中央の発着地の近くで体の小さい幼子を遊ばせることはなく、結果的に体の小さい種族は長じてもあまり近づかない場となっている。


「貴方みたいな可愛い子が、あんな場所でぼーっとしてたら、何かありましたー!って言ってるようなものよ」


 アイリスはそこで足を組み替えた。


 表情は変わらないが、ククと小さく笑った声から、彼女が笑っていることが優奈にも伺える。


「それで、何かあったの? 可愛いおサルさん?」

「…えと、私、可愛いですかね……」


「え、まさかの悩んでたのそれ? 可愛いじゃない。ずいぶん小さいし、全体的に柔らかそうだし、そんなにうっすい爪そうそう見ないわよ? しかもそんなに綺麗に丸めて。牙だってない。念のため聞くけどそれ、まさか削って大きさ揃えたわけじゃないわよね…?」


「生まれつきです」


 アイリスに全力で容姿を褒められている感はあったが、あまりの感覚の違いに優奈は顔を引きつらせた。


 一瞬、異世界で特別な何かを見つけたか?と思ったのだが、どうやら違ったらしい。


「あら、素敵ねぇ」

「あの、ありがとうございます。悩みはそちらではないんですが…」


「まあ、そうでしょうね。それで、何を悩んでいたの?」

「これから、どうなるのかなぁ…と思いまして。そこに受験勉強がやってきて、ちょっと凹んでしまったというか」


「そっか、受験か…」

 とアイリスは呟いた。


「それこそ、結婚すれば解決じゃないかしら」


 実際、逆ハーレムが基本のタマシギは、いい男を見つけたら女から口説いて落とすのに忙しいので、女で受験勉強をするのは超少数派である。高校なんて少々トラブルはあれど、カップルだらけだ。


「いえ、憧れはしますが…その、同じ種族がいいので」


 優奈が言葉に詰まったのは、異世界から来たことを打ち明けていいのかわからなかったからである。


 少し迷ってから、同じ種族が近くにいないという話をした。たくさんの種族が入り混じって生きているこの世界では、そういうことはそう珍しくもないと猿博士が言っていたはずだ。


「それ、大学行く意味ある? 一生出会えなそうよ」


 鳥なら即座に他の島に探しに行けという案件だ。


 空を飛べないとなると、他の島に行く方法が限られるので、一生そのままのことが多いが…


「違う種族でもいいかなーというのはないの? 正直、そんなに可愛いなら別の種族でもコロっといくでしょう?」


「あまり想像がつかないですね」


「もったいないなぁ、知り合いなら紹介するわよ」


 と、アイリスは頬杖をついた。


「まあ機会があれば」


「そう思うなら早い方がいいわよ。大学行ったら同種族で出会いがあるでしょう? その前に捕まえるの。結婚が夢なら、ね?」


 優奈は曖昧に頷いた。

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