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女子高生は勉強嫌い

 目が覚めて、やっぱり異世界にいると自覚する。

 優奈はため息を一つ着くと、リビングへと向かった。





「優奈ちゃん、化粧水が手に入りそうよ」


 リビングに入るなり、ラウレイが口を開いた。


「え、ホントですか?」


 と優奈の目に少し輝きが戻った。


「アビゲイル――ゾウのママ友がね、そういうの使ってるんですって。そうよね、肌が出てるなら必需品だわ!」


 ラウレイ自身はもっふもふなので、そこに考えが至らなかったのだという。


(そっか、ゾウも毛はないもんね)


 と思って納得してから、優奈はゾウ人間ってやっぱり鼻が長いんだろうか、とちょっと想像してしまった。鼻でモノを渡されたら、ちょっとシュールだ。


「ふふ、嬉しそうね。嬉しいって返事しておくわ」


 言いながらラウレイが窓際に近づく。

 窓際にある黒い筒のようなものをぐるぐる回すのをみて、優奈は


「それ、なんですか?」

 と尋ねた。


 勝手に、伝書鳩のようなものを想像していたのだが、どうも違うようだ。


「ああ、これ? 光通信よ」

「光通信?」


 優奈が近づくと、ラウレイが位置を代わってくれた。

 理科で昔触った顕微鏡ぐらいの大きさの機械は、窓枠にしっかり固定されているようだった。


「そこを覗いてみて?」


 言われるがままに筒に開けられた穴を覗くと、光の筋と黒い線が重なっているのが見える。


「そこで受け取ったメッセージの番号を合わせると、こっちに文字が出るの」


 機械の根本には小さな筒が付けられていて、これにも穴が開いていた。覗き込むと、『これから行く』という文字が書かれている。

 光の角度で、割り当てられたメッセージを表示しているのだ。


「こちらから送る時は、こちらの筒で言いたいことを探すのよ」


 筒を覗き込みながら、メッセージを探す。


『そこにいて』『帰ってきて』『待ち合わせ』等次から次へと出てくる。かなりの数だ。


「360あるから、初めてだとちょっと探しにくいわよねえ」


 ラウレイは大体の順序を覚えているらしく、大きな手で器用に小さな筒をつまむとほんの2、3回の動きで『嬉しい』の文字を出してしまった。


「はい、これでアビゲイルにも伝わるわ」


 全く想像もしてなかったアナログなのか、ハイテクなのか何とも言い難い通信方法に優奈はただ頷いた。

 光の行き先はよくわからないのだが、相当遠くにあっても正確に相手に届くのだというそれに驚く。


 やがて

「こんにちはー来たよー!」


 という声がして、首にぐるぐるにマフラーを巻いたゾウ人間がやってきた。


「アビィ、いらっしゃーい」

 というラウレイの声に、勝手に扉が開いて、アビゲイルが家へと入ってくる。


「よく家から出れたわねぇ。アビィ、寒いの苦手じゃない」

「ホントよ、もう春が早く来ないと私、倒れるわよ。私、冬眠できないのよ!」


 言いながら、部屋の中でマフラーをとったアビゲイルは、


「あら、可愛いお嬢さんね」


 といって、鼻先を優奈に差し出した。

 ラウレイに、ゾウ人間は手よりも鼻先での握手を好むと促され、優奈はそっと手を伸ばした。


「よろしくね。あら手が冷たい。あなたも寒いの苦手?」

「苦手ですね…」

「一緒ねー、よろしくねー」


 気のいい人である。




* * *




「ラウレイ、ライオネルだが優奈はいるかね」


 アビゲイルにたっぷり化粧水をもらい、肌ケア談議に勤しんでいた優奈の耳にも猿博士の声は届いた。


「あらあら、今日はお客さんが多いわねえ」


 というラウレイが、猿博士を迎えに行く。


「おお、アビゲイル。よく家から出られたのう。この寒さで」

「そろそろ本当に出られなくなるから、早く火を入れてほしいわ」


 と、アビゲイルは肩を竦めた。


「ジークは今日も出ておるよ。量を重ねれば、火が点く可能性もある――もう少しの辛抱じゃな」


 会話に居心地の悪さを覚えて、優奈は視線を落とした。


「優奈が気にすることじゃない。ジークの石頭はみな知っとるわ。火を扱う怖さもな」


 言いながら、猿博士は優奈の正面に腰を下ろした。


「今回の火入れのことは、ジークやわしの責任じゃ。今日話しに来たのは、優奈、これからのことじゃ…前から言っとる通り、今すぐに帰ると言われてもわしらにはどうにもできん。勝手に召喚しておいて…と思っとるじゃろ。わしの召喚は無理やり引きずり込むような力はない。落ちてきた者を単に受け止めるそのための網のようなもんじゃ。わしが何もしとらんどもお前さんは――って信じてとらんな。とにかく、すぐに帰れない以上、こちらでの優奈の身の振り方を考えておいた方がいいと思うんじゃ。ジークのところに行くかはさておき、大学に行くなり仕事を見つけるなり、こちらでの生き方を考えんといかん。わかるな?」


 優奈は口を尖らせた。わかるわけない。


 ”世界を救うために”召喚しておいて、今度は期待していないとか、勝手すぎると内心思う。


「そういうことじゃから、考えておいてくれ」


 研究所に行くと、猿博士は席を立った。




* * *




「博士」


 とラウレイに唸るように言われて、ライオネルは玄関を開いた状況で止めた。


「あの子、”火を怖がらない人”ではなかったということなのかしら」

「条件付けはあっているはずじゃが…先代が特殊だったのかもしれんな」


 この世界にやってくる地球の住人は優奈が初めてではない。


 記録に残る先代は、特に活躍した”火を怖がらない人”だが、召喚時に成人した男性であり、軍人だったというから、彼の活躍は”火を怖がらない人”だからではなく、先代固有の条件によるものだったのかもしれない。とライオネルは答えた。できる限り、先代に近い条件を召喚に組み込んだというのに、全くどうしてこうなった。期待外れも良いところである。


「下手にやる気を出されるよりはよかったかもしれんがのう」


 無能にやる気を出され、かえって引っ掻き回されるほうが痛手だ。特に今は時間が迫っている。


「帰さないの?」

「帰せるなら帰しとるわ」


 先ほど優奈に告げた通り、呼んだというよりは条件の合うものをタイミングを合わせて拾ったようなものだ。落ちてきたものを受け止めるのと、落ちてきたものをもといた場所に安全に投げ返すでは難易度が異なる。


「しかし、期待外れじゃからと言って、急に放り出すわけにもいかんじゃろう」

「そういうことなのね…まあ、わかったわ。もうしばらくこっちで預かるけど…」


 ラウレイに礼を言って、ライオネルは扉を閉めた。

 



* * *




 猿博士の態度に不満はあったものの、いつ帰れるかわからないということの不安定さは流石に優奈も理解していた。


 「こちらでの生き方」、とやらをグレートマザーであるラウレイに聞いてみると、高卒で働く人もいれば、進学する人もいる。働くのであれば、いつも行っている食堂の給仕ならできるのではないか、という話だった。確かにカフェでバイトしていた優奈にもできそうだ。


 この時になって、優奈は初めてこの世界のお金を意識したわけだが、なんと木の実や木を削りだしたものだった。この世界にはつくづく、金属でできたものがないらしい。本があるから紙はあるが、印刷技術は版画レベルのようだ。


 木の実は日本の硬貨、木を薄く削りだしたものは紙幣と考えればわかりやすかった。

 食堂で一日働けば、8枚程、一番安い紙幣が手に入る。


(なんだか1000円札みたいだな)


 と思う。


「これが一枚で、優奈ちゃんのごはん一回分かしら」


 というから、一日働けば、何日分か食べられそうだ。


「…この辺りでは借りられる家がないのよね。優奈ちゃんには少し大きいだろうし。ちょっと遠くなるけど、身体の小さい人の多い地域だからちょうどいい部屋があるかも」


 そうだ、家賃を忘れていた。


 月、という言葉がない世界のなので、これも日わりになるが、小さな部屋を1日借りるのに一番安い紙幣が3枚はかかるらしい。


(働いて8枚、ご飯に3枚、家賃で3枚。のこり2枚…)


 休みなしで働くならともかく、週休2日にしたい時点で破綻している気がする。


「高校生がアルバイトで生計を立てて一人暮らしするようなものだから、ちょっと難しいかしらね…」


 と、はラウレイ談。

 これには優奈も頷くしかない。


「何か得意なことはないのかしら?」


 平凡な女子高生に、世界の常識を超えて役立つスキルを期待しないでほしい。


「やっぱり、進学かしらねぇ…」

「他の仕事をするのってやっぱり難しいですか? 私の世界だと高卒でも、営業をやったり工場で働いたり、普通に生活できてました」


「優奈ちゃんがこの世界で生まれ育ったなら、たぶんそれで問題なかったと思うわ。でも、優奈ちゃん、逆に考えてみてほしいの。他の世界でちゃんと高校まで言ってたとしても、ここのお金の種類も、支払い方もおぼつかない人に販売ができるかしら? 何を売るかによるけど…社会の仕組みが全然違うところに来てしまって、自分の売るものがどんなものか理解できるかしら? 工場は…こちらだと体が小さい人は難しいことがあるの。そういう不利なことを全部ひっくるめて、優奈ちゃんがこの世界を知る時間が必要だって、博士は考えてるんだと思うわよ。あの人も苦労されてるし」


「苦労?」


「博士、優奈ちゃんより小さいでしょう」


 それが、この世界に置いてどれほど不利なことか。その不利な条件の中で、町の誰よりも尊敬を勝ち取った博士がどれほど苦労してきたか。


「そういうのを知っておかないと、人と一緒に仕事をするのはとても難しいわ」


 世界の常識を超えて役立つスキルがあれば、そのスキルを学びたい、利用したいと、どれほど滅茶苦茶なことを言っても、歩み寄る人が多いだろう。それが幸せなことかはわからない。


「優奈ちゃんは勉強が嫌いねえ…」


 アビゲイルと化粧水の話をしていた時は生き生きしていたというのに、とラウレイは苦笑した。

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