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エピローグ

 佐々木優奈は、およそ異種族が小柄で可愛らしい猿の一族の少女。と言った差異に思い浮かべる特徴をよく備えている。


 見た目でいうと、爪も牙もない穏やかそうな体格に、よく動く表情。特に白目の大きな瞳は、感情を露にしており、異種族であっても考えていることがほぼ筒抜けという、脅威をまるで感じさせないことに特化した姿をしていた。指は器用に良く動き、天井を伝うより物を作るのに長ける点も可愛らしい猿の一族に多い特徴で、優奈は良くそういった点が当てはまる。おしゃべりが得意で、友人とするにはとても好まれる。そう言う種族だ。


 頭は良いと言われる。だから、牙も爪もない割には、高学歴なものが多い点も特徴だ。優奈が大学生と名乗って、見た目から首を傾げる者はいないだろう。


「よほど大学に行けるのが嬉しかったのかのぅ」


 町中の前で大学生になる話をしていた優奈に、ライオネル博士はまだ笑いが止まらないようだ。


 優奈の容姿で、あの話ぶり、微笑ましいとは思うが、


「博士が添削した方が良かった」

 とジークは眉根を寄せた。


 町中が優奈のことを知ったが、あれでは印象が小柄で可愛らしい猿の一族の、善良な少女そのものだ。間違ってはいないが、”火を怖がらない人”としてそれでよいのか。


「ええんじゃよ。町中にあまり期待されては、うるさいじゃろ。大学もおちおち行っていられなくなるわ」

 笑いすぎで出てきた涙をぬぐいつつ、猿博士は答えた。


「優奈がお前さんみたいな堅物になったらつまらん」

「………………」


 期待に答えてきた自覚はあるが、それはジークの家系が代々受け継いできたことである。

 ジークの特性は特異だ。身体能力も相まって、目立つ彼らは己を厳しく律することを代々強く自分の血筋に求めてきた。その始まりは、はきとは遡れないほど昔のことである。


「ああいっておけば、余計な者も近づいてこんじゃろう」

 ジョンの言葉ではないが、世の中には悪い大人もいる。本物の奇跡は、己の利用価値をわざわざ高く見せる必要などない。


「クーチュリエ島の方にはすでに伝わっていたな」

 とジークは答えた。


 復帰した光通信で、6つの島からはそれぞれ状況の連絡が来ていた。

 いずれも冬将軍による凍結被害が大きく、混乱していた。その中でクーチュリエ島には、優奈の存在が伝わっていたのは、この島の者に通じる誰かが優奈に接触したということだ。


 優奈は鳥人間に攫われるような小ささではないが、やはり警戒は怠れない。


「ラウレイとアビゲイルが見ておるから、そうそうコトは起こらんじゃろう」

 大学もレオが一緒に通うと言っているから目は届く。


「永遠に起こらないでくれるといいのだがな」

 珍しいジークの尖った物言いに、ライオネルは肩を竦めた。


「それは難しいじゃろうな」

 バトロフ島から最も遠いジュピ島からはついに連絡がなかった。


 早い鳥なら5日あればたどり着ける距離だ。しびれを切らせ、様子を見に飛んで帰った者の報告は、生存者を見つけられず。町はすでに冬将軍から解放されていたが、動く者はなかったという。地獄絵図だったそうだ。


 バトロフ島が同じ運命を辿らなかったのは、運が良かっただけだ。とジークもライオネルも思っていた。


 間違いなく、あれは世界の危機だった。

 そして、この後、この爪痕は世界の火種になる。


 空白地帯となったジュピ島はいずれは、鳥たちが移住を開始するだろう。だが、他の種族は火の海に阻まれて渡る手段がない。虹の橋という夢がライオネルにはあるが、彼が生きている間に実現するかどうか。


「優奈に研究を継いでほしいのじゃが、洋服屋になるそうでのぉ」


 虹の橋がなければ、赤子を連れて飛ぶしかない。赤子の確保でひと悶着、連れてゆかれて育てられる先でもうひと悶着。1000年たっても埋まらぬ溝がまた増える。さらに今回のことは、人々に冬への恐怖を植え付けた。


 バトロフ島の町の中に火種があることは今、羨望の的となっている。このことがどう町と町との関係を変えていくのか、ジークにもライオネルにもまだ見えていない。


「火種と言えば――優奈にライターを持たせたままだな?」

 ジークがじろりとライオネルを睨みつけた。


 あれは鳥が持ち運べる火種だ。今のところ、ライターを機敏に使えるものは優奈だけだが、カラクリを使うなどして街中で火を点けさせる道具に仕立てることはできるだろう。


 火を運ぶ王。と題される物語にある通り、火を鳥人間が運べるという状況は必ず悲劇を巻き起こす。


 その忌避感は本能に強く焼き付いており、ジークの能力は忌避される。


 優奈は翼を持たないし、善良なというイメージにぴったりの言動のため迫害されることはないだろう。しかし火種を持っていたら、つけ狙われることもある。


 取り上げて、火の海に捨ててしまえばよいとジークは思う。


「じゃが、それがよいかわからん」


 とライオネルが言う。遺言通り、先にこの世界に召喚された者の遺品はほとんど焼き捨てられた。もし、何かが残っていたら、優奈にあそこまで危険な思いをさせる前に、世界は救われていただろう。本当に、何がよいのか、あとになってみないと誰にもわからないのである。


「ただ、」

 とライオネルは続いた。


「優奈の試練はまだ始まってすらおらんのかもしれん」


 彼女自身が口にした通り、彼女はこれからゆっくり英雄になっていく。優奈の人生は、ジークやライオネルに比べて長いはずだ。その時間はまだ十分にあるとライオネルには思えた。


 一つだけ確かに言えることがある。


 異世界とのつながりというのは、そうそう起こる話ではない。血縁やタイミング、何かのきっかけでそれが誰で、いつになるかはさておいて、本来繋がらない世界が繋がる理由は、ただ一つである。





 世界が彼女を必要としている。

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