英雄、謝罪する
「優奈ちゃん、今日お客さんが来るから、出かけないでね」
朝食の食卓でラウレイに言われ、優奈は珍しいこともあるものだと思いながら頷いた。相変わらずラウレイはグリーンサラダをボールいっぱいにむっしゃむしゃ。優奈はおそらく爬虫類の卵――みためは鳥の卵とそんなに変わらないとパンとオレンジジュースである。
優奈の勉強時間が終わる頃、
「やっとるかの?」
と猿博士がやってきた。
お客さんとは博士のことだったか、と思いながら、お楽しみバスケットのナッツを博士に勧めてみる。
「今日は、どうしたんですか?」
「それは役者が揃ってからじゃの」
まだ来るのか。
そう思っていたら、ラウレイが戻ってきた。
レオとジョンは親子でやってきた。
仮住まいのラウレイの家のリビングは、これで手狭である。
「優奈―、ちょっとお願いが…ってなに? なんでみんな集まってるの?」
とタイミングよくやってきたフウリーは、
「ちょっと大事な話があるの」
とラウレイに追い出されかけたものの、
「私も話聞きたい!」
と居座った。
「ギリギリになっちゃってごめんなさいねぇ」
とアビゲイルが座る椅子が足りない。
(もう来ないよね)
と思っていたら、最後にジークがやってきた。
ジークは優奈が初めて会った時と変わらず、紺色の制服を着ている。本当にカチカチ動く人だと思いながら、優奈はぽーっとジークが入ってくるのを見ていた。ジークの手には書類が入っているらしい封筒がある。
ということは、今日話しがあるのはジークだろうか。
そう思っていたら、ジークは突然、優奈に向き合った。
「今日は優奈に謝罪に来た。優奈の大学入試の結果に関して、不正が見つかった。すまない」
そう言うと、カキっと直角にジークが頭を下げた。ぽーっとしていた優奈は飛び上がった。
「え? なに? ふせい?」
椅子から腰を浮かせ、完全に逃げの体勢に入っている優奈に、ジョンが穏やかな声をかける。
「本当は合格していたんだが、学長が得点操作をしたようでね。今、詳しい経緯を調べているところだよ」
警察が『詳しい経緯を調べている』ってかなりの大事ではなかろうか。
知らないうちにまた何かに巻き込まれていた気配に、説明を求めてぎこちなく辺りを見回す。
「これは大学の入学のための書類だ。手続きはラウレイとやってほしい」
ジークはそんな優奈の気持ちを察せず、手にした書類を優奈へと突き出した。
反射的に受け取ったそれには、確かに大学の校章が付いている。
「これは合格おめでとう、ねぇ」
とラウレイが言うが、優奈は突然の事態すぎて状況が呑み込めない。
「えっ…ごうかく?」
と、封筒をまじまじ見る。
「ジーク、優奈が戸惑っておるよ。なぜ、得点の不正操作が分かったのか、説明してくれんかね?」
と言ったのは猿博士である。
「無論だ」
とジークは頷き、この数日で起こったことを話し始めた。
* * *
ジークが大学の学長を訪ねたのは、獣民会への説明の目途が立ち、ひとまずジーク自身やジョンが今回の一連の災害を『意図的に起こした』というような陰謀論は封じ込めたと確信できたタイミングだった。
すでに鳥評議会は、ジークたち自警団が行った火入れ作戦に無謀と調査不足を認めながらも、事実関係に疑いはないとしていたが、獣民会は”飛ぶ”時の制約が理解されづらいのもあって、説明が難航していた。
ようやく、責任問題の追求にも終わりが見えてきて、ジークが思い出したのは優奈のことだった。
町に火を点けた時点で、この作戦に関わったものは非難の対象になりうるとジークは思っていた。責任は自分がとればいい。なので、優奈のことは、聞き取りでも報告でも触れずに対応してきた。冬将軍の対応に火を使うことが必要だった、という認識が醸成され始め、優奈の活躍をどこで公表すべきかと、思ったのである。
ライオネルに優奈の状況を尋ねると、来年の受験を目指すという。
(学長に事情を話すか)
優奈があの騒動の中でゆっくり勉強ができたとはジークも思っていなかった。異世界から来たという事情も考慮したら、採点の比重が変わるはずだが、召喚の事実を伏せたため、一般入試で受験になっている。苦戦するのが当然の状況だった。
大学の学長は、鳥評議会の議員たちとも親しいコンドルの鳥人間だ。
ジークの火入れの対応に、肯定的な人物である。
この世界の大学入試には、推薦状による加点が一定ある。優奈の出願のタイミングには間に合わなかったが、ジークから推薦状をつけていた場合、優奈は合格できていたか? もし、そうなのであれば、いまからでも優奈に合格を出せないかと、ジークは学長を訪ねたのである。
ジークの訪問を学長は歓迎し、推薦状の後付けも快諾した。
推薦状には優奈が召喚された者であり、”火を怖がらない人”であり、冬将軍に包まれかけた町で光の道をつくり、火の道を潜り抜けてジークたちに協力したことが書かれている。書かれている内容は事実だが、公表はまだしないでほしいとジークは学長に念を押した。獣民会での事実関係の認定が終わるまでは、将来的に優奈の不利にならないとも限らないのである。
「わかっているよ。その子の点数を調べてみよう。英雄の頼みだ――余程ひどくなければ、合格になる」
というので、日を空けて再度訪問し、結果を尋ねることにした。
再度大学を訪ねた時、合格の書類が用意されていて、推薦状が役立ったのだと思った。
「感謝する」
書類を受け取ったジークは、何気なく
「点数が低くなかったようで良かった」
と口にした。
「なに、あの推薦状があればだれでも合格する」
と言われて、ジークの脳裏に不安がよぎる。これは推薦状を理由に、単なる書類の期限が間に合わなかったという話ではなく、将来的に不正と言われないか? という不安だ。優奈の将来に禍根を残すのは忍びなく、ジークはどのぐらいの加点をしたのか? と尋ねた。あまりに無理が過ぎるなら、ジークから断った方がいい。
そう思って尋ねた数字は、あとから計算すると、ジークの推薦状がなくとも、公表されていた最低合格点を上回っていた。
違和感をぬぐい切れず、ジークはジョンにこの話を持ち掛けた。
以前から、「大学は羽のあるものの方が合格しやすい」と言われることはあった。
依然として、体の小さい爪や牙をもたない種族が、大学に少ないというのも事実である。私塾と異なり、島にたった一つの大学は公立なので、鳥評議会と獣民会が衝突する議題の一つでもある。
ジョンの調べで、一律に種族によって加点・減点をしているとわかった時には、ジークも頭を抱えた。またこれで、ひとつ揉め事が増えた。学長は裏口入学のやりすぎで逮捕される域のようで、もう本当に何をやってくれているのか…という感じである。どおりでジークが話を持ち掛けた時、異様なまでにスムーズだったわけだ。
* * *
「そう言うわけだから、この合格は私の書いた推薦状を考慮していない。試験の結果としての合格だ」
とジークは言った。
それが、ジークが優奈に言いたいことだった。
「よしっ! これで一緒に通えるな!」
とレオが飛び跳ねている。
「優奈、よかったね!」
とフウリーが優奈に抱き着く。
「あ、こら。力加減! 優奈がもみくちゃになるっ」
「レオうるさーい!」
そんな子供たちの様子を、大人たちが温かく見守った。
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