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自警団、英雄認定される

 坂をおりると、この町の中央は湖になっている。


 冷気で一時期は凍り付いた湖も、今は穏やかなさざ波を立てていた。螺旋を描いて、昇っていく鳥の姿がある。渡り鳥だ。優奈は悠々と飛んでいく鳥人間の姿を見送った。やはり人が機械もなく空を飛んでいくというのは、優奈が実感するこの世界は異世界という事情の中でも上位にある1つだ。


 あの冬将軍の混乱の中で、ジョンがしれっと議会の偉いライオン人間に言っていた、他のどの街からも連絡がない。という恐ろしい事態は、春が始まって2週間ほどたったある日に、解消されたという。


 冬将軍にやられて凍り付き、凍り付いた町々だったが、完全に死んだわけではない。全滅の危機だったとこは事実だが、ギリギリのところでが来て冬将軍は退散したという。


 寒さに弱い種族の中には亡くなった方も多いというが、町同士の通信ができる程度には復旧し、鳥の渡りも再開することになった。


 今、優奈がいるバトロフ島は、過去の英雄が残した火で、春を復活させたという報告の真偽を巡って、他の島の鳥が調査にやってきたり、逆に事情を説明する鳥が飛んで行ったりと、偉い人たちは大変らしい。島同士の行き来が復活したことで、町の中央は活気づいていた。




 歩いていると優奈の目に、かつての自警団の並ぶ姿を描いたポスターが飛び込んできた。8名の猛禽類の鳥人間が、紺色の制服姿で並ぶ絵に、感謝の言葉が記されている。SNSがない分、こうして町に画家が絵を描いて自己主張を掲げるのが、この世界の流儀だ。火に耐性があるという条件から自警団の補充は進んでいないと猿博士から聞いているが、自警団の活躍が認められてよかったと思う。


「なんだよ」

 とレオは少々不満そうだ。


 レオはジークたちには少々厳しい。


「自警団のことばっかりだな。優奈のことも入れてくれればいいのに」

「いや、別に何もしてないし」


 それに凛々しい隊員が並ぶところに、ちんまり優奈がいたら雰囲気ぶち壊しだろう。人間で言うと、軍隊を描いた絵に、ひっくりかえったポメラニアンが載ってるみたいな感じだ。その是非はテーマによるだろうが、追悼に和みを追加してどうする。


「誤解がとけて良かったじゃん」

 と優奈は言った。


 優奈は後から聞いただけだが、町に火を点けたのは事実なので、春の火が点いて冬将軍がどこかに消えてしまった後、責任問題がそれは大変だったらしい。特に、議会の偉い人に正面切って、 


『この火は警察と自警団の連携で行ったことです。あなたが我々の責任を追及するなら、議会でお伺いしますよ』

 と啖呵を切ってしまった署長が。


 父さんそういうところあるからなぁ、とレオは諦めたように言っていたが、実際何日も家に帰ってこなかったと言う。


 燃え尽きた町に残された犠牲と、火の熱が届かず凍り付いた町に残された犠牲と、優奈の知らないところで天秤にかけられたものがあり、必要な決断だったという話になったのはつい最近だという。命さえ失った自警団員たちを、逃げたのではという人もいるのは、以前来た買い物の時に耳にした。それよりは、きっと、ずっといい。


 そんなことをレオと話しながら、優奈は湖を迂回して、お目当てのお店がある通りの道へと向かう。


 湖の近くに、議会の建物もある。木造りながら、日本の国会議事堂のミニチュアのようなものを想像するとかなり近い形の獣民会の前で、


「速報ー!」

 とビラを配る人がいた。


 そう、この世界にはSNSがないから、紙で配られるニュースがかなり重要だったりする。

 なんだろう、とレオと顔を見合わせた優奈は、配られるビラをもらった。


「ん、なになに?」

 自警団が、”ウヒ”の再発火を人工的に実施したという主張を認定。


「よかったー!」

 と優奈の口から安堵が滑り出た。


 あそこまで命がけでやっていたジークたちが、嘘認定されたら流石に可哀そうすぎると思ったのだ。


 町に火を点けた冬将軍への対応責任問題と、こちらの火の海復活の真偽問題は完全に別らしくて、調査が難航していた。猿博士もそうとう色々と調べられているとぼやいていたほどだ。


 調査しようにも、火を点けた現場はすでに火の海の中なので、調査しようがない。


(逆に、どうやって調べたんだろう…)


 難しすぎて、優奈についていくのは無理そうだ。


 レオも隣で難しい顔をしている。


「これ、優奈のことが書いてない」

「うん?」


 と優奈は首を傾げた。


「あの爆発は優奈の――だろう? 何で書いてないんだ?」


 レオは、優奈がスプレー缶を届けるために、いまだ火の暑さの残る道を一人で歩いて行ったのを知っている。そして、そのスプレー缶が氷を割ったのなら、優奈は十分にこの事件に貢献した英雄だと思っていた。


 この話には、優奈が召喚されたことも、優奈がスプレー缶を火の道をあるいて届けたことも、影も形もない。優奈が光の道を作って、多くの住民の凍死を防いだことも。


「なんなんだ…」

 とレオは不満を隠せない様子だった。


「そもそも、なんで優奈を議会に呼ばないんだ…?」

「呼ばなくていいからっ」


 優奈としては、あの怖そうなライオンさんに、議会という名のたくさんの人の前に呼び出されて詰問されるのはちょっと怖いので、遠慮したい。優奈はごく普通の平均的な女子高生なのである。偉い人に囲まれて詰問されたら、緊張で喋れなくなる自信がある。


「それより、アラーム時計買いに行こうよ」

 このままだと、湖の近くの道から進めなくなりそうで、優奈は家を出てきた本来の目的を口にした。


「あぁ…」

 とレオも買い物という目的を思い出し、渋々ながらビラをポケットにしまう。


「後で父さんに聞いとく」

 レオは相当に不満のようだ。




* * *




 優奈の買い物に付き合い、お目当ての物を手に入れてきゃっきゃと喜ぶ優奈を和みながらラウレイの家に送ったレオは、近くの交番に立ち寄ると、


『署長はどこだ!』


 で父親を呼び出した。


 ご存知、交番同士の光通信で日々日々もっとも使われているメッセージである。


 ここ1か月ぐらい、家に帰ってきていないので、話したいなら自分が出向いた方が早い。

 光通信で首尾よく父親を呼び出したレオは、ポケットから摘まみ上げたビラを手に、態度の悪いヤンキー立ちで父親を待ち受ける。


「これ、どういうこと?」


 と不機嫌を示す声には、唸りが混じっている。


「なんだ? ああ、獣民会のほうか」

 と、ジョンが頷く。


「俺、優奈がどんだけ頑張ったか、父さんには話したと思うんだけど」


 光りの道だけでない。役に立つはずだとスプレー缶を持って行ってしまったとき、レオは急いで警察に知らせた。一人で行かせるには危険すぎるからだ。だが、火の道に阻まれて、警察官の誰も優奈を追いかけられなかった。それぐらい危険なことをしたことをあの場に居合わせた警官は知っている。


 あの時、優奈の道具がなかったなら、そもそもいま、こうして呑気に話などできていないだろう。


「なんで、自警団だけがこんなに持ち上げられてるのさ」

 息子の不信感にジョンはため息をついた。


 この島は、他の島に比べても、鳥とそれ以外の種族の間での不信感が根深い。


 今回の事件で一番犠牲者が多かったのは、町の外で危険な作業を担い雹に襲われ、退避が間に合わず冬将軍に巻き込まれ、あるいはそれでもなお捜索活動に奔走して冷気に巻き込まれた鳥の一族だというのに、その話は獣民会ではほとんど扱われない。


 逆に、町の外で負傷した鳥人間たちの救助に当たっていて冬将軍の犠牲となった猿の一族については、鳥評議会では扱われていないので、お互い様と言えばお互い様なのだが、本当になんでもう少し仲良くできないのか。


「持ち上げてなんかいない。事実しか書いてないだろう」


 そもそも、獣民会に影響力のあるライオネル博士が説得して、獣民会はしぶしぶ事実関係を認めたという形である。一ミリも褒めていない。


「そこに優奈ちゃんの話がないのは、ライオネル博士の判断だ」


 獣民会で優奈のことを扱ってみろ。すべてが優奈のおかげ、のような話に捻じ曲げられる可能性もある。獣民会と鳥評議会の対立が深まるのも困るが、一番困るのは事実と異なる評判で、無理難題を持ち込まれる優奈だ。人工的に”ウヒ”に火を入れられるなら、冬の長さを調整できるはずだと期待がかけられている。期待だけならよいのだが、バトロフ島にはそういった特殊な道具があるのだと探りを入れてくる者もいる。


「世の中には悪い大人もいるんだ」


 アイリス――細い嘴を持つタマシギの鳥人間のような、優奈の見た目に惹かれて声をかけてくる者など、可愛いものである。


 優奈を召喚したライオネルも、今優奈の面倒を見ているラウレイも、おそらく寿命の関係で最も長い優奈の友で居られるだろうアビゲイルも、大人たちが優奈に思うことは1つ、安全にゆっくり大人になりなさいということである。ひとまずは、せっかくやる気を出した優奈が無事大学生活を送れることが先決だ。


「そう言うわけだから、下手に優奈ちゃんのことを話し回らんでくれよ」


 レオに最後にそう釘をさし、ジョンは仕事に戻っていった。

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