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先代に近い人の意味

 ラウレイの仮住まいに戻ると、優奈は部屋で肩掛けの布バッグから、一通の手紙を取り出した。


 湖近くの通信室から受け取ってきた、伝言用の手紙である。差出人はアイリス――細い嘴を持つタマシギの鳥人間である。よく自分に連絡してきたものだと思ったが、通信室の人も困るそうなので手紙は受け取ってきた。


 ろくなことが書いてなさそうだな…と思いつつ、一応開封する。


『大学の不合格、残念だったね。でも大丈夫、優奈ちゃんには可愛い魅力があるからね。またご飯をご馳走するわ。素敵な出会いのために、もっと素直になることをおすすめするわよ』


 もう会うことはないだろうなと思いつつ、優奈は手紙を破り捨てた。生理的に無理なものは無理なのである。


「はぁ…」


 と予想通り読んだだけで疲れる手紙で、優奈はため息をついた。


 まあ、アイリスも100%悪意と言うわけではおそらくないのだ。この世界で鳥はそれだけでハイスペックの扱い。優奈に美醜は分からないが、たぶん鳥の中では彼らは見栄えが良いのだろう。色が鮮やかだった。しかもアイリスは種族の性質上逆ハーレムが基本。言い寄ったり言い寄られたりの感覚がずれていて当然なのだ。


 優奈は机の上に置きっぱなしになってたスマホを取り上げると、そっと指先で画面をなぞる。もちろん電源はついていないから何も起こらない。


 レオがしっかり持っていてくれたおかげで、スマホは傷一つ増えていなかった。お守りだろ? と渡してくれたのは試験の数日前。それまで、慌ただしくてスマホの存在を忘れていた優奈だった。


 スマホは布のバッグに忍ばせて、試験会場に持っていった。


 会場は鳥と大型肉食獣の集まりという感じで、優奈のような小柄な人はチラホラ見かけるが、明らかに少ない。場違いだなあと思いながら試験を受けて、この結果である。


 優奈は苦笑した。


 異世界だとか、死ぬような騒動に振り回されたとか、もちろん影響はあるけれど、元の世界で平穏に暮らしていても今頃同じ結果になっていたと思う。少なくとも、志望校に受かって大学進学を認められている未来を、優奈は想像ができなかった。志望校として書くだけでも場違い感があった。


 夢に見ていた恋愛も、そうだ。異種族過ぎてこちらでは無理、というのは確かに影響があるけれど、日本で大学に進学できていたとしても、クラスメイトの幸子と語り合った、かっこいい、それなりに仕事のできる彼氏を見つけるというのも、実現しなかっただろうと思う。クラスのかっこいい男のこと付き合っているのは、可愛い女の子だ。そういう子と仲が悪かったこともないが、同じグループだったこともない。お化粧や服の使い方も違うのだろうが、根本的に体格が違うのだ。健康診断の時にたまたまその子の体重を聞いて、身長はほとんど同じなのに体重が10kgも違うことに驚いた。SNSに写真を載せても、まず痩せたら? というコメントは多かった。標準的な体重なのだけれど、それで可愛いを得るのは難しいらしい。


 つまり、ここ何か月か振り回された感はあるものの、優奈自身が失ったものは、何もない。ただ、ずっと振り出しにいるだけなのである。


 一つだけ変わったのは、振り出しから踏み出す決意ができたこと。なぜか他に人間がいない、海がない、影もない異世界でのリスタートになっているが、それはたぶん――優奈が死んでいるからだ。





 覚えているのは、青信号。学校に向かうために雨に濡れながら信号待ちをしていた。


 視界が白くなるほどの雨――いや、霧が立ち込めて、青信号がぼやけて見えていた。駅の方から、カンカンと音がする。遮断機が下りていて、車はこないはずだった。


 だから優奈に非はなかったはずだ。


 だが、恐ろしく悪い視界の中で何かが起きて、記憶に残らない程一瞬で、優奈の意識を刈り取った。


 たぶん思い出しても、幸せになることはない、何かだ。





 

 あの火を入れる騒動の後、もう一度、帰還術を試すか? と、受験の前に猿博士に尋ねられたことがある。


 猿博士は「先代と同じく優奈も帰れないだろう」とは考えていたが、確証があったわけではなかった。だから、優奈はその、先代と呼ばれる人の話を聞いた。遺品はほとんど残っていなかったが、当時の画家に描かれた似顔絵は残っていた。元の世界では徴兵され、戦地にいたはずが気づけば霧に巻かれてこの世界に来ていたと語っていたことは記録に残っていた。元の世界に、ユウコという名の娘がいたという話もある。


 優奈の祖母の名前は優子だ。そして、曾祖父は当時の戦争で戦死したと聞いたことがある。20年前に100歳を超えてなくなったという年齢も、大体計算が合う。


 先代に近い人の条件付けに、猿博士が使ったのは遺骨だった。

 たぶん、そういうことだ。




 もう戻れない、と思った優奈は帰還術を断った。受験に集中できるようになったのはその後のことである。

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