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女子高生、奮闘する

 思えば、この世界に来て初めて優奈はまともに一人で行動しているかもしれなかった。いつもレオかラウレイかライオネルかジョンが近くにいた。


 初めての一人行動が、炎の中を突っ切るというのもなかなかハードであるが、幸い、崩れた建物で道が塞がっているというような、女子高生には手の付けられないようなハプニングもなく、火の道を優奈は最後まで突っ切ることができたのである。炎天下以上の気温を、上り坂で数時間。


 もう、下着まで汗びっしょりである。


 炎を抜けて、薄暗い道を研究所に急ぐと今度は寒くなる。


 とりあえず、優奈が研究所でライオネルに要求したのは、何か着替えない? だった。


「しっかし、火の中を突っ切ってくるとは…」

 とライオネルは呆れている。


「だってこれ、必要だと思ったんで」

 と優奈はようやく本題を思い出し、ライオネルに向き合った。


 スプレー缶を取り出す。まだ、ほとんど中身を使っていないスプレー缶はふるとシャカシャカと音がする。


 火にくべれば、スプレー缶が爆発することを優奈は説明した。


「なるほど」

 とライオネルも飲み込みは早い。


 石でくぼませた空間に火を入れることで実際、少しずつ炎は氷を溶かしていた。すでに穴は開いている。


「そこに投げ入れることぐらい、ジークならできるじゃろ」


「ところでジークさんは?」

「今、石を落としに行っとる。そろそろ戻るじゃろ。どれ、迎えに出るかね――お前さんが来てくれたことを、喜ぶじゃろうし」


 そうかな? と思ったが、特に異論もなく、優奈は猿博士の後に続いて、研究所の詰め所の小部屋を出て、玄関を開いた。


 やっぱり冷え込んできた気がする。

 薄暗くて、何があるかも見づらい。


 そう思っていたら、


「うあっ」


 という声、木が思い切り揺すられるような音がした。

 これはもしかしなくても、


「墜落してます!?」

 と優奈は慌てた。


「これはいかん」

 と猿博士も辺りを見回すが、遠くを見るには暗い。


「外で火を焚くのはダメですか?」

 と優奈は尋ねた。


 この敷地は、火をたいたところで燃え移る物はないはずだ。


「構わん」


 以前、ここで祭壇に薪を足す手伝いをしたから、それが裏にあることは知っていた。


 ライターよりは祭壇の方が早いだろう、と一度建物に戻る。薪の先を祭壇という名の小さなたき火に突っ込むと、すぐに火が点いた。それを持って外に出ると、ジークに出くわした。落ちたのはジークではなかったらしい。団員のひとりか。


「明かりが欲しい。火を広げてくれ」


 ジークはなぜ、とは問わず、優奈に声をかけた。


「わかりました」


 優奈は火のついた木は地面に置き、その上にまた別の薪を置く。


 ちょっと行ったり来たりすれば、それなりの大きなたき火になり、あたりは大分明るくなった。


 ジークが肩を貸してひとりの団員を連れて戻ってくるまでに、そこからさほど時間は経っていない。その間にライオネルが薬箱のようなものを持っていた。


 とはいえ、シーツのようなものもない場所である。地面にそのまま寝かされている。


「アレン、大丈夫か?」


 ジークが呼びかける団員の服には焦げた色があった。首に下げていた灰が燃え始めて、熱さにバランスを崩したのだ。不幸中の幸いは落ちた先が木の上だったことだろう。命に別状はない。とはいえ、腕の一部がはれ上がり、すぐに飛ぶのは難しい状態だった。


「博士、もう一人も落ちた」


 高く飛びすぎて冷気にやられた。

 しかし落ちたのは、白い壁の内側だった。まだ、生きているかもしれない。


「全滅か」


 という猿博士の小さな呟きに、優奈はぎょっとして猿博士を見た。


(10人近くいなかったっけ!?)


 想像以上に怖いことになっている。というか、残りの怪我人はどこにいったのか。


「わしと優奈で行こう。優奈、火を持ってくれ。もう壁の近くはかなり寒い。が、お前さんが火を持って居れば、冬将軍は近づいてこんからの」

「頼む。私はもう一度行く」

「ジーク」


 と猿博士がそれを止めた。


「優奈が”爆発物”を持ってきた。火にくべれば、爆発するらしい。穴に正確に入れるんじゃ」


 それならば、灰を用意し直し、高く飛び上がる必要もない。


「わかった」

 とジークはライオネルの手からスプレー缶を取った。首からかける荷物袋の中へと入れる。嘴に開閉を操作する紐を咥えると、ジークはすぐに飛び去った。


 その後ろ姿を見送っているまもなく、ライオネルが優奈に火を持つように急かした。


「わしはあまり火に近づけんが…そう、そのくらいの距離でついてきてくれ」


「博士、ちょっと待ってください」


 いちいち火を持つより、地面に一定間隔で置く方が、あと後動きやすいことは、昨日の光の道作りでさんざん学習した優奈である。


 第一、優奈より小さい猿博士が、筋骨隆々な鳥人間をどうやって運ぶのか。


「持てるだけ薪持ってください」


 といい、自分も片手に下げられるぐらいは、蔓で結んで持つ。


「あの反対側の光は、お前さんがやってくれたそうじゃの」


 警察からの光の連絡で優奈の活躍を着た時は驚いたが、召喚の条件は合っていたのだと思い直した。


 一番初めに火を点けられた、町の外側に近い家々はだんだんと黒い燃えカスになりつつあった。光と熱を失い、霜が白く燃え跡を覆い始めている。優奈たちはその道に時々火を点けながら前進し、何人もの人たちが倒れ伏しているのをみた。導火線づくりや、その後の負傷者救出に従事していて避難が間に合わなかった鳥人間や猿人間だ。


「一番初めに、冬将軍を吸ったんじゃ」

 とライオネルは首を振った。


 あまりの光景に、優奈は色を失っていた。一人では足が竦んで動けなくなっていただろう。

 今は一人になるのが怖すぎて、ライオネルに必死でついていく。


 そうして、優奈は導火線がもともと引かれていた壁の場所にまでたどり着いた。外の炎から最も近い、町の壁の場所だ。


「生きておるか!?」


 とライオネルは、地面に追突したらしい団員に駆け寄った。翼の一部が凍り付き、全身を打ったのか意識もない。動かしたところで医者にすぐ見せられる状況でもない。


 火がなければどんどん気温が下がってくる。上から下に吹き寄せる風だ。冬将軍が降りてきているのだ。松明の明かりに照らされた白い反射板の内側には結露が凍り付き、模様を描いているのが見えていた。


「優奈、近くに火を」


 言われる前から優奈は、薪の一部を団員を囲むように置いていた。

 こんなに近くで火を燃やすなど、ほとんどの獣人にとっては考えもしない乱暴な方法だろうが、とにかく体温を上げるのが先決である。幸い、火への恐怖は薄いタイプであるし、何より本人は意識を失っている。


 怪我人を前に、優奈はどうしてよいかわからなかった。

 世界が暗くなった気がする。


「優奈、松明を町の外に掲げてくれ」


 焦ったような猿博士の声に、優奈は壁に開けられた窓に駆け寄った。


 開けっぱなしのその枠に、ツララが垂れ下がっている。上から吹き降ろす冷気で見る間に大きくなっていこうとするツララを、優奈は松明の先で振り払って落とした。松明の火を外に突き出すと、風のせいで炎がまるで天地逆転したかのように、下に向かっている。


 そこでようやく優奈は、世界が暗くなった原因を理解した。


 風が強く下に吹いていることで、炎が地面に押し付けられた。そのせいで火の勢いがさらに弱まり、光も熱も、冬将軍の圧力にさらに押し負けていた。ジークが飛んで無事でいられる高さは、いまやごく限られている。優奈の差し出した松明の光は、降りてこようとする白い靄をキラキラと輝かせた。所々、罠のように落ち込んでくるそれを避けきるのには、優奈の明かりが必要だった。


 少しでも暖かい光を届けようと優奈は薪を3本束ねて持って松明を支えた。

 白い冷気を避けて飛んだジークは、氷に沈みながら燃える火に、優奈から渡された缶を投下した。


 ほんの数秒後――それは爆発を起こした。


 爆発の衝撃で氷にヒビが入る。可燃ガスは炎の塊となり、風の流れに乗って氷の奥深くまで入り込んだ。それは優奈の目にも、海が赤く光ったと見えるほどで、


「優奈、手を離せ!」


 と後ろから怒鳴りつけられて反射的に手放した松明が窓から零れ落ちていくのすら見届ける間もなく、優奈は窓から強引に引き離された。


 爆発音が地面を震わせたと思うほどの音が響いた。

 衝撃で外開きの窓は嵌まっていたが、松明をかかげたままであったら入り込んできた衝撃波に優奈は吹き飛ばされていただろう。


 爆発の衝撃で硬直している優奈をジークは離し、ほっと息をついた。


「博士…この子の安全にはもう少し気を配ってくれ」


 もしかしたら爆発で耳を少しやられたか。猿博士は首を傾げている。


 あとでもう一度言おうと考えながら、ジークは翼に張り付いた氷を振り払った。冷気で痛めた筋肉が痛む。危なかった。優奈が松明で照らしてくれなければ、帰還の時に冷気に巻かれて墜落していただろう。


 ジークは未だ硬直している優奈の頭を撫でた。

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