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女子高生、火を持って走る

 火の手の上がる町から背を向けるように、多くの焼け出された住民たちが道に座り込んでいた。


 優奈たちもまた、道以外に行き場がなく、座り込んで、様子を見ていた。


 優奈の目には、火の手の上がる町とは反対側に、白い靄が掛かり、そして道を下って冷気が降りてきているように見えた。


(これって、マズイよね…?)


 前門の火と、後門の冷気感がある。絶体絶命。


「父さん」


 とレオが手を振った気配に、優奈は振り向いた。


 警察署長のジョンだ。火の手の上がる町から出てきた彼は、汗だくだった。


「うわ…大丈夫ですか」


 はぁはぁ言っているジョンは、


「流石にしんどいね」


 という。


「しかし、君たちが無事でよかったよ」


 と相変わらず優しいお巡りさんだ。


 ぐったりしているジョンには悪いと思ったが、優奈は町の凍り付いている側を指した。


「あっちはあっちで、凍ってそうなんですが…」


 火はまだ脱出できるが、凍っていたら家から逃げることもできないだろう。

 温かくしている家の中でさえ、どんどんと凍り付いていったのだ。うっかり家から出たら、凍ってしまうのではないかと優奈は思う。


「そのようだ…だが、火がなければ逃がすこともできない」

「あの、やっぱり、火、点けたんですよね…?」


 優奈は小声でジョンに尋ねた。

 ジョンが無言でうなずく。


 優奈は躊躇った。

 だが、鞄に入れて持ってきたあの布のバッグが今、優奈の肩にかかっている。そのポケットに手を当てると、小さく固いものが入っている感触があった。


「あっち側に、火、点けますか?」


 優奈はライターを持っていた。


 ノートを使って薪に火を点ければ、家に点火するだけの火種を起こせるだろう。放火しているようで気が進まないが、ラウレイに抱きしめられていた時ですら凍えるように寒かったあの感覚が、火を点けるよりヤバイことは体感している。


 住民のほとんどが毛皮があり、優奈に比べると寒さに強いとはいえ、さほど猶予はないと思えた。


 ジョンは無言で、考えているようだった。


 まだ息子と同じ年の子供――それも爪も牙もない、人間から見るとポメラニアンぐらい小柄で可愛いが頼りになる感はない種族に、火と言う危ういものを扱わせてしまってよいのか。


 しかし、優奈が考えたように、ジョンも状況に猶予がないのは分かっていた。


「点けよう」

「父さん!?」


 端的に答えたジョンに、レオが慌てている。

 だが、優奈は頷くと、要らないノートと長い木材が欲しいと訴える。


「ちょっ…」

 レオは優奈が”火を怖がらない人”であることを目にしているが、寒さに弱いことも知っている。あの極寒に自分から突っ込んでいくなんて危なすぎて心配しかないのだ。


「ノート…はないが、紙なら何でもいいのか」


 ジョンは辺りを見回した。住宅の地区は抜けて、商家が多い。逆に言えば、探せば書類は何かしらあるし、本屋の本を使うという手もある。木材も、その辺りの箱をばらせば、作れるだろう。


 そこまで考えて、ジョンは立ち上がろうとして、ふらついて座り込んだ。炎の熱で熱中症をおこしているのだ。くらくらと意識が揺らいでいた。


 ジョンは胸ポケットに入った木製の笛を吹いた。

 この世界では金属はないから、鐘という概念がない。遠くに音で知らせる手段と言うと笛なのである。


 犬、猫、馬、羊…様々な獣人の警察官が集合するのに、辛うじてジョンは指示をだした。


「父さん!?」

 とレオが慌てている。


「レオ、ここにいて!」

 優奈は慌てて、警官たちを追いかけた。警官たちはジョンの指示で資材を集め、避難の誘導経路を確認する。


 戻るころには、少しジョンの様子も落ち着きはじめていた。


 優奈は暑かったがコートを着直し、それからできるだけ我慢できるところまで、本と木材数本を抱えて走ってくれる猫の警官――そして、迷ったようだが結局ついてきたレオと、冷気の下がってくる町の反対側の上り坂を上がった。


 向かい風が強くて優奈の足ではなかなか前に進めない。冬将軍自体が強風と言うわけではないのだが、高い空から地面へ、地面を這うように中央へと降りてくる空気の勢いは風となり、優奈の足を止めるほどの圧になっていた。


 家の中で聞いた風の音はこれかと、得心する。


 人気のない道で、震えながらノートを破り、ライターで火を点ける。

 その瞬間、ずざっと音がする勢いで猫警官とレオが引いているが、優奈は寒くてそれどころではない。


 強風で火が消えるという懸念は無用だった。数秒はライターで尾を引いた炎だが、冷気の方が逃げた。その周辺だけ風が止まった。


 しゃがみこんで、地面に落とした紙を、火を踏まないように踏みつける。


 いやもう、猫警官とレオのドン引き具合が半端ない。


 踏みつけた紙の火に、遠慮なく本のページを破って加えて炎を大きくし、木材をその上で炙る。少なくとも優奈の周りは風が避けていた。


 室内にあった箱を崩したそれはすぐに火が点いて、簡易な松明になった。それを掲げて、優奈は気づいた。これだけでかなり冷気が和らぐ。靄が掛かった先が、少し後退したようだ。まるで火が結界のように、殺人的な冷気を押し返している。


(これって…)


 町に火を点けるなんて乱暴なことをせず、道に松明置きまくれば済む話なのではないだろうか。もちろん、木材の数はいるが、町ごと燃やすよりマシな気がする。最終手段、町ごと燃やすというのは認めるとしても、


「ちょっと相談なんだけどー!」


 と優奈は、後ろで火を遠巻きににする猫警官とレオに叫んだ。


「火を道に並べたら、町を燃やさなくてもみんな逃げられるんじゃないかな!!」


 道の真ん中に火を置いて、みんな怖いかもしれないが、道の端っこを通ればいいのではと思う。


 これだけ広い道なら、真ん中で火が燃えていても、周囲に燃え移るのは想像ができない。


 優奈は言いながら、貰った数本の木材に火を移し、それを持って前進。寒くなってきたところで一時停止。別の木材に火を移してまた前進。と道を進んだ。ちょっと地道な作業感がある。だが、ふり向いた先には炎でできたセンターライン。これが長く続けば、イルミネーションのような光景になるのではと思う。


 冷気の進行は、炎で完全に押しとどめられていた。


 我に返ったレオが、無茶言うな! と叫ぶがそれでも道の端を走って優奈の近くまでやってくる。道の端にはいるけれど。


「移動できるじゃん!」


 町に火を点けるより絶対マシな方法だ。


「…ホント優奈って、火が怖くないのな…」


 とレオは頭を抱え、しかし


「木材をもらってくるから、ここで待ってろ!」


 と町の中心部へ戻っていった。


 レオは何人もの警官を引き連れて戻ってきた。皆、町で供出を受けた木材を持っている。優奈ほど寒さに弱くないので、一本裏の道から登ってきて、火のない方向に抜けてやってくるという徹底ぶりで、本当にみんな火が怖いのだなと思う。


 ともかくも、木材を進行方向に


「これぐらいの間隔で!」


 と適当に並べてもらう。

 木材がはじめから地面にあるのならば、優奈は持ち運びの松明を持って、進んでは火を点け、進んでは火を点け、と火を持って走り回るだけである。


 火が空気を和らげ、白い靄を町から追い出していく。


 一通り坂を上ったら、今度は町をドーナツ状に回る大きな道だ。


 木材の一つ一つは小さいから、数時間で燃え尽きる。だから優奈は行ったり来たり、火に比較的強いという鳥の若者たちが道の半ばから、何とか薪を火の近くに投げるという優奈からみると逆に難易度の高い方法で火の維持を手伝いに来るまで、一人で走り回った。優奈は普通の女子高生で、体力に自信があるわけではないのだ。しかも緩やかとはいえ、坂道。もう、クタクタである。


 火によって息を吸うだけで凍結するような寒さからは解放された町は、ひとまずも落ち着きを取り戻した。いまだに燃える町の一角を遠巻きにしながら、比較的安全な中央に、人々が避難し、その領域だけでも最低限の暖かさを保つため、大きな道に火が焚かれ続ける。


「もー、動けない…」


 足がパンパンだ。


 そもそも昼夜ない明るさのため、連続活動時間が何時間なのかもう優奈にはわからない。とにかく眠かった。


「わかった、わかった。寝ていいから」


 とレオに背中を差し出され、もう眠さのあまりそのまま身を預ける。


 目を覚ますと、「屋外だから寒くないように」というラウレイをベッドに寝ていたことに気づき、驚きで寝起きから叫ぶ優奈なのであった。



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