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この世界に来た意味があるとしたら

 どれくらい寝たのだろう。


 寝ても起きても明るさが変わらないこの世界は、リズムが時計の針頼み。昼と夜の光の再現のため、ラウレイに頼んで厚手のカーテンを部屋に二枚つけてもらっているのだが、やっぱりリズムは狂う。


(12時間ぐらい寝てた!)


 まあ、昨日は色々あったから仕方ない、と自分に言い訳しながら起きる。


 昨日の今日で、一度片づけたものの、部屋は何もなくなってなくて、それが嬉しかった。


 竹の支柱が通った簡易なクローゼットには、色とりどりの服が下がっている。色鮮やかな服はだいたいフウリーのお下がりで、優奈のために新しく揃えられたものは柔らかい色合いが多い。どれを着ようか散々迷って、フウリーのおさがりの水色を選んだ。この世界には髪ゴムという概念はないが、ゴム自体はある。なので、ゴムを布で覆うシュシュはブレスレットとして実は一般的で、優奈はシュシュで髪を結んだ。


 それから、部屋の隅に避けてあった鞄を開く。


 昨日の騒ぎですっかり泥だらけになった鞄は、昨日は眠くて、簡単に泥を落としただけだ。


(これ、何とかしないとな…)


 ナイロンだから、まあ水洗いもいけるだろ。と気楽に考え、ひとまずお目当ての化粧ポーチを取り出す。こちらは無事だった。毛皮がない仲間、ゾウのアビゲイルにもらった化粧水を木の実の容器から出して使ってから、コンパクトの鏡を使って化粧に入る。ちょっと眉書いて、目元に色を付けていくぐらいだけど、やるとちょっとほっとする。髪もスプレーをかけて整える。


 それから、カバンを洗うために、中の荷物をすべて出していく。


 財布やスマホ、家の鍵、教科書やノートといった地球の勉強道具など。


 優奈はスマホに手を伸ばした。

 電源を長押しする。だが、スマホの画面は映ることはなかった。とうとう、充電が力尽きたようだ。


 優奈はスマホの表面を指でなぞった。しばらく無言で、何も表示されないスマホを眺める。そして諦めて、他の荷物と一緒の場所に戻した。


(これで全部かな)


 と思いながら、念のためカバンをひっくり返す。


 なんか、がさっと何かが動いた感覚があった。


 不思議に思いながら、手を鞄に入れて、違和感のある場所を探ると、何か小さな固いものが入っている。


 取り出してみるとそれは、日本でならどこでも見るような使い捨てライターだった。


(えー)


 こんなものに心当たりはない――否、ある。


 優奈がこの世界に召喚される前日のことだ、高校でタバコが見つかって、みんなの持ち物検査が入った。結局、誰のたばこかわからず、教師がぷりぷりしていたが、まさか証拠品の隠し場所にされていたらしい。


(まさか、たばこまで入れられてないよね!?)


 もう一度鞄の中を確かめる。

 流石に煙草の箱が知らんうちに自分のカバンの中に紛れ込んでいることはなかった。よかった。


 優奈は少し考えて、クローゼットから可愛い柄布のバッグを取り出した。肩からかけられる小型のもので、ちょっとした日常の移動にはこれで十分だろう。これは春市で買ったものだ。そのバッグのポケット、ライターをいれ、また少し考えて、スマホをバッグの本体側に入れる。この重みがないとちょっと落ち着かないのだ。


 リビングに出ると、優奈が目を覚ましたことをラウレイは喜び、それから近くの食堂にいつものように二人でご飯に出かける。


「優奈ちゃんはなんでも食べるわね」


 優奈は野菜と魚の蒸し煮にパンをつけてもらった。


 ラウレイはグリーサラダしか相変わらず食べない。なぜあの巨体が、サラダだけで支えられるのかわからない。


 研究所の近くは、炎のおかげで雹の被害が小さく住み、また明るさだけでなく暖かさも戻ってきたことから、優奈がやってきたころのように人が家の外へと出て、壊れた家の修復や、買い物をしていた。


 食事が終わると、優奈は猿博士に会いたいから、と研究所に向かうことにした。


「今はちょっと難しいわ。その…雹で導火線が壊れてしまったから、忙しいみたい」


 とラウレイに止められる。


「まだ、火が点いてない…?」


 今日には点火すると言っていたから、この明るさはもう、すべてが解決したのだと優奈は思い込んでいた。


「まだみたいよ。ちょっと大変みたいだから、邪魔になるわ」


 とラウレイに言われる。


「でも、もしかしたら、役に立つかもしれないから」

「ダメよ」


 と放任主義のラウレイにしては珍しい。


 優奈は大人しく部屋に戻ると、相変わらず珍妙な顕微鏡にしか見えない光通信機の覗き口に目を当てて、ぐりぐりと筒を回した。1度1度、細かく刻まれた文字に四苦八苦しながら、それでも何とか「来て」とメッセージをレオに送る。


 面倒見の良いレオはすぐ来てくれた。流石、持つべきものは仲の良いご近所さんである。


「ちょっと見てほしいものがあるんだけど…」


 と言って部屋に呼び込み、使い捨てライターを見せる。


「なに、これ」

「ライターっていう火を点ける道具」


 ぎょっとしてレオはライターから距離をとる。


「ここを押すと火が出るの」


 示したが、指はかけなかった。

 流石に、この世界の木の、プラスチックなのか? と思うぐらいの火が回りやすさを目の当たりにした後で、家の中で火を点けようとは思わない。この世界が火気厳禁なわけである。


「これ、博士に渡したら、何かに使えるんじゃないかな」


 と、優奈は言った。


 優奈自身は何の知恵も出せないが、もしこの世界に来た意味があるのならそれは、たまたまライターがカバンに入ってたからなんじゃないかと思う。 


「ラウレイにね、邪魔になるから行くなって言われちゃった…代わりに届けてくれる?」


 レオは


「あー…」

 とライターに手を伸ばしたものの、


「やっぱ無理」

 と散々迷ってから手を引っ込めた。


 別に熱くもないのに。


「それに、使い方、わかんねえよ。行こう」


 というと、レオは窓に手をかけた。


 この世界のほとんどは平屋である。

 確かに、玄関から出ようと思わなければ、余裕で脱出できた。

 




 町は優奈がやってきたころのように人が家の外に出ており、騒がしさを取り戻そうとしていた。


 緩く坂を上がるにつれ、むしろ人が集まっていることに気付く。


 白い壁の周辺は、何本ものロープが張られ、横たえられた人、運ばれていく人――これでも随分マシな状況になっているのだが、優奈を立ち尽くさせるのに十分な衝撃を持っていた。


 血の匂いに敏感なレオが犬歯を剥く。


 いまだに町の外から、動けなくなったものの運び込みは続いていた。


 ロープを壁の上から、空堀の上を通して町の外に降ろし、しっかりと固定する。下が砂浜で固定をするとは、大柄な何人で引っ張るということだ。そのロープを小柄な何人かの猿人間が器用に伝って、布に包まれた鳥人間たちを町に引き上げるのである。


 様子を見るためか、反射板の壁の窓は押し開けられたままだった。

 そこから見える黒い火の海の残骸は、今は雹が砕けたもので白くキラキラと輝いていた。


 いまだに燃える研究所の敷地内の炎に近いせいなのか、街中より明るく感じる。

 無言のレオに手を引っ張られ、我に返った優奈は研究所に再び歩き出した。

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