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作戦の実行まであと、

 町の外から舞い戻ったジークは、壁際に小柄な人影を見つけた。


「博士、様子を見に来たのか?」

「ああ、優奈とレオがの」


 とライオネル博士は面白そうに笑った。


「今まさにこの計画を思いついたと飛び込んできおったからの、もう準備も終わるぞというといた」


 この作戦は子供達でも考え付くようなものかと苦笑が浮かぶ。


「この様子では間に合わんな」


 木材が並べ終わるのに、あと1日ほどはかかるだろう。雨雲がバトロフ島に迫っている。砂浜を木材が超える前に一雨来ることは間違いなかった。この寒さなら雪か。そうなると火を燃やす前に、雪を掻く仕事が増える。つくづく、もう少し早く作業を始められたら…と悔やまれた。


 一方で、このタイミングで雲が来たことは僥倖ともいえるのだが。


「雲ばかりは仕方ない。焦ってもどうにもならんのじゃ。おぬしは少し休め。火を運ぶのはおぬしじゃ。倒れられてはかなわんわ」



 以前の優奈の発案通り、次の火は灰ではなく、松明の形で運ぶ。


 あの祭壇の火を直接あびるようなプレッシャーは、普段の灰の比ではなく、耐えられるのはジークぐらいだった。ジークの家系は生まれつき、火に対する恐怖感がほとんどない。熱ささえ耐えられるものであれば火を扱えるため、ライオネルを手伝い、祭壇の火を絶やさぬようにしていたのがジークとライオネルの縁の始まりである。


「そうさせてもらおう」


 昼夜の概念がないジークたちであるがそれでも、不眠不休で作業を進めてきたことで体の芯に残る疲労感を否定できない。


 火を扱うのに、これでは危険だろうと、ジークは頷いた。


「研究所に少し食べるものを用意しておいた」

 というライオネルに従い、ジークも研究所の詰め所へと足を向けた。



 玄関に入ると、ライオネルは左右二つの扉の内、右を覗き込む。扉をそっと閉めると、ジークを振り返り、指を唇に当てて見せた。


 反対側の部屋に静かに入る。

「優奈が寝ておった。レオも一緒にな」


 と面白そうにライオネルは言った。


 起こしてよいか迷い、寒さを心配して寄り添い、そのまま寝落ちする様子が目に浮かぶ。


 ジョンやレオを見ていればわかるが、あの家系は温厚で世話焼きな者が多い。年齢こそ同じではあるが、小柄な優奈をレオがあれこれ助けようとするのは、周囲の大人たちからみれば微笑ましかった。


「優奈が帰ったら、レオはしばらく寂しがるじゃろうな」


 そんなことを言いながら、ジークもライオネルも椅子を引いた。


 机と椅子しかないこの部屋は、いざ燃えた時の被害を考えて最小限の物しか普段は置かれない。今日は水に果汁に果物――これはライオネルのためだろう――、蒸した肉とパンがあった。

 肉を嘴で引きちぎり、喉の奥へと流し込む。


 外の作業で寒さに曝されていたせいか、祭壇近くのこの場所の暖かさが身に染みた。


「…静かだな」

「寒くてのう、皆家から出てこんよ」

「それにしても静かなものだ」


 この異常事態について騒ぎ立て、妙なことをし始める者がいてもおかしくないというのに。


「ジョンは優秀じゃよ」


 警察官たちが住民たちを落ち着かせ、また、おかしなことをし始める者を抑えたりもしているのだ。


「あぁ…それにしても静かなだな」


 頷き、それでもジークは同じことを呟く。

 もう一口、肉を飲み込み、胸の奥の淀みを吐き出した。


「この島の誰もが思っているだろう。いざとなれば鳥は逃げられる」


 口に出して言うものはいないが、鳥評議会と獣民会の意見が良く衝突するのはそういった背景からだ。


 獣民会は今回の危機に対応しようとする自警団の動きを”静観”している。


 鳥の言うことなどあまり信用しないという者が多い獣民会は、火を入れなければこのまま永久の冬が来るかもしれないというジークたちの危機感を遂に共有することはなかった。


「私は逃げんよ、最後まで。”自警団”なのだからな」


 ジークの家系が代々率いてきた自警団は、実際のところ警察のような治安維持活動はしておらず、時節飛来する鳥人間の問題児の対応を一部担うのみである。”ウヒ”の観測と周辺の雲の観測、それに防火施設の見回りが主な任務であることから、飛翔力とある程度の耐火能力が第一条件という、特殊な採用を続けていた。一体何から町を守るのか――そう思える名付けは、少なくとも百十数年前までは確認が取れるという。


「どこに逃げると思っとるのかの」


 とライオネルも苦笑した。


 つながりのある7つの町のいずれからも返事がない。二日に一度の定期連絡がすべて途絶えていた。最悪の事態も想定はしていた。他の町に火種はない。危機感があったとしても、座して待つよりないのだ。


「この町に、火が残ったのは、皮肉としか言いようがないな」


 とジークは水に手を伸ばした。


 バトロフ島は 1000年前、自らの王に焼かれた町だと言われている。


 本当は敵に火を点けられた、あるいは王を名乗る物自体が偽物である等の諸説あるが、赤ん坊だけでも助けようと住民たちが自ら火を点けたという説もある。


 冬将軍の凍結の中、町が燃えつきるまでの2日間の間の暖と、別の島への誘導用の鏡を光らせるための光量を確保するためだ。空を飛べるものが一人、一人助かる可能性のある赤ん坊を己に括り付け、飛んだという話である。その話では、”ウヒ”への点火は偶然の産物とも言われる。


 20年前は、町を救った英雄の亡骸を焼いた。

 本人は、それが故郷の慣習だと言っていたが、この世界の住民たちから言わせるとトンデモナイことであり、いまだに祭壇を残すために最後まで英雄を利用したという非難の声もあるほどなのだ。


「そうじゃな。じゃが、それを希望に変えるのがわしらの仕事じゃぞ」


 ジークは声を出さずに笑った。


「この作戦が成功することを祈ろう。ああそうだ、そちらこそ準備はできているな」


 その言葉にライオネルは分かりやすく顔を歪めた。


「準備はしておるよ。じゃがのぅ、一発勝負の恐ろしさじゃ」


 氷の結晶を多く含む雲の到来、地面に置かれた強力な光源。


 これは糸程の細い橋であれば、毎年ライオネルが実験している内容だった。

 しかし、それを優奈を巻き込めるほどに大きさに、しかも普段の反射板で集めた光源ではなく、火を使ってという大掛かりな無謀なことは初めてだ。


「それにのう、わしはあの子が帰れるとは思えんのじゃよ。今、試して、帰れんことが分かった時、あの子はどうなる? まあこちらのことを勉強しておらんから、この事態の怖さはわからんじゃろうが」


 この世界と地球の常識は大きく違う。優奈には切迫感などないとライオネルは見ていた。

 子供は知らぬままでよいのだ。


「だが、次の雲がいつ来るかわからない。帰せるチャンスが尽きる前に、逃がせるチャンスがあるなら逃がすべきだろう」


「そうじゃな……」


 とライオネルは息をついた。


「雲が来たら優奈を起こして、始めよう。火を頼むぞ」


 ジークは頷くと目を閉じた。

 疲労が濃い。


「少し寝る。時が来たら起こしてくれ」

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