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女子高生の考えることぐらい偉い博士とエリートはお見通しです

「帰れるんだって? よかったな!」


 父親から話を聞いたのだろう。嬉しそうにやってきたのはレオだった。流石に寒さが厳しくなってきたのか、マフラーをつけていた。


 マフラーを外しながら、本を読んでるんだ? と意外そうにされる。


「あとは待つだけだから、他にすることなくて」


 嘘だ。本当は寝たほうが良いのだが、寝付けなかったのだ。


 結局、優奈が読んでいたのはアビゲイルからの差し入れの絵本である。


 火を運ぶ王。と題されたそれは、架空の国の建国の王の活躍を基に書かれた物語だ。

 表紙は子供向けにしては毒々しい赤い炎を背景に、黒く塗りつぶされた円が大きく1つ。円の中は模式化された小鳥の絵がくりぬかれている。小鳥の嘴には、火のついた小枝が咥えられていた。


「これ、結構怖い話だよね」

 と優奈はレオに水を向けてみた。


 この物語も、題材としては長すぎる冬を扱っている。


 火の海から火が尽きて数か月、勇気のある若者が世界中を飛び回り、遂にまだ消えていなかった火の海の残りを見つけて、木に移した火を持ち帰るという話である。この若者が凄いのは、咥えたばこ状態で文字通り火のついた枝を咥えた状態で、飛べたということらしい。火の耐性も、飛ぶ技術もどちらも必要なのだそうだ。さらに不眠不休で空を飛んで戻る体力があり、何とか町に火を持ち帰った。


 この話がトンデモなのは、すでに町は氷結し始めていたという理由で、若者がいきなり町に火を放つというところだ。町の縁にあるものをひき倒し、そこから木を長く繋げることで、大きくなった炎を町の外に繋ぐ。


 大きな炎が届くと、海は炎の熱を取り戻し、世界中の炎が甦っていく。しかし、若者の町は火の海の一部となり、次の冬まで燃え続け、火が消えた後には何一つ残らなかった。


 舞い戻った若者は、そこに新たな種をまき、国を興すという。


「なんでこれ、自分の町を燃やしてるの…?」


 と冷静に読むとドン引きな話なのである。


「普通に海に火を落として、火の海が復活しました。めでたしめでたし。じゃダメなの?」


「それ、元ネタが普通に侵攻戦争だからな。1000年前の戦争な。火種の出元を随分探したような話があるけど、単に早く春が始まった島が隣の島に攻めていったってだけの話。それでもウヒから火をとるって、博士が言うにはあり得ないぐらい難しいらしくて、一体どんな手を使った? って感じらしいけど…」


 島そのものが燃えた時、鳥は逃げられるがそれ以外の住民たちは逃げられない。

 その後、ほとんど鳥と、誘拐され、奴隷化された他の獣人しか住んでいない状況が続いたと言われている。


「うわ、恐ろしい…」


 と優奈は呻いた。


「この話って滅茶苦茶えぐいんだよ。アビゲイルさん、なんで持ってきちゃうかな」

「えぐい?」


「……だってこれ、町を守っている外側の壁――1000年前は反射板なんてなかっただろうけどさ、それを壊して、”ウヒ”が復活したとき火が町の中で入ってくるようにしてるんだ。なんつーの? 火って水みたいで、それが流れ込んでくるみたいな……町を”ウヒ”に沈めようとしたけど、沈まなかったって話なんだよ、どっちかって言うと」


「えぐ!」


 今は対策が進んでおり、町の外は深い空の堀となっている。だからこそ、島の住民は容易に島の外に出られなくなっているわけだが…


「あ、でも、この方法がダメだとすると、導火線を引いてもらうってダメなのか…」


 話のエグさはともかくとして、絵本を読んでいて、町の中から外に木を渡して火が移るの待つのは良い作戦だと思ったのだが、残念だ。


「いや、壁に触らず導線を引けば行ける。え、これ、いけるんじゃないか?」


 レオは立ち上がった。


「優奈、お前、本当に火が怖くないんだよな? 祭壇に直によって薪くべてたけど、あの距離ならもう一回行けるってことだよな?」


「あ、うん、全然いけるけど……」


「行こう、博士なら聞いてくれると思う。このまま自警団に任せてても埒が明かない」


「あ、ちょっと! 湯たんぽ持ってくから待って! 湯たんぽなしじゃ無理!」




* * * 




 気温はこのところ経験したことがないほど下がっている。


 すでに高い位置を長く飛行するのは、寒さに強いものでもかなり苦しいところまで来ている。


 自警団は他の鳥人間たちの手も借りながらの工作を急いでいた。


 もしかしたら、この瞬間にも春が来て足元から爆発するかもしれない――ここまで冷たいと、その可能性は非常に低いと自警団は経験上知っているが、多くの鳥人間たちは冬とはいえ”ウヒ”に降り立つことを恐れるためおっかなびっくりだ。これでもこの作業に参加しているだけ、勇気のある者たちである。


 黒く固まったウヒの上に、可燃性の高い木材を並べ、数kmの距離を繋いでいく。


 一度火が付けば修正はできないから、木材は多めに積んでいた。空を飛ぶ際に運べるものの大きさが限られることから、敢えて木材の1つ1つは短い。それらを数kmの単位まで並べようと思うと、飛翔は延べ数千回に及ぶ。低空飛行とはいえ、寒さと疲労で怪我をするものも現れており、自警団の呼びかけに答えた鳥人間たちはよくやったと言えるだろう。


 点火の鍵となる町から空堀を越え、木材の導火線に辿り着く部分には、自警団員が、これまた可燃性の高い弦を伸ばして引っ張る。


 蔓の先端に、反射板の中から火を点けて手放し、反対側から手繰り寄せようというのである。蔓が風にあおられればどこに当たるかわからず、多少は危ないが、まあ、よほど運が悪くなければ下で待機の団員たちよ、自力でよけろ。という形だ。


「この調子なら明日には点火できるじゃろ」


 作業を続ける鳥人間たちの邪魔にならないように、と白い壁の端に寄りつつ、優奈はレオ、猿博士とその様子を見ていた。


 レオの思いついた! の勢いに猿博士は頷き、少し話を聞いた後、カカカと笑ってからのこれである。


「流石にこの大きさは大掛かりでのう。まあ、10日でできたのじゃから良いじゃろう」


 とは猿博士。


(ああそうか)


 と優奈は思った。


 優奈やレオが考え付くようなことは、すべて手を回し、すっかり物事を整えていたのだ。

 優奈はもう必要ない存在だと判断されたから、帰されるのだ。


「ゆうたじゃろうて、今回の火入れのことは、ジークやわしの責任じゃ。心配せんでもじきに終わるて」


 そんなわけで、優奈とレオはさっさと追い返され、寒い中を家路につく。空の色はもう、早朝ぐらいの暗さにまで落ち込んでいた。


「うー、さむ」


 優奈は湯たんぽを抱きしめた。その拍子に、コートに入れたスマホの固い感触がする。


「少し…はやいが、火のあるところの方が優奈も暖かいじゃろう。このまま研究所の方に行ったらどうじゃ」


 何度もラウレイの家と町の端っこを行き来するのも、この寒さでは億劫である。


「この暗さじゃ。レオ、優奈を研究所まで送ってくれんか? その後、ラウレイの家から荷物もとってきてやってくれんかの」


 レオは二つ返事で応じた。

 研究所に二人並んで歩く。


 いつの間にか、犬の顔が人の高さにあってもあまり違和感がなくなっていた自分に気づき、優奈の胸の奥がじくりと痛んだ。


「悪かったな、無駄足させて」


 優奈は笑った。


「ううん、全然。良かったね、何とかなりそうで」


 秘儀、咥えたばこを提案しなくてよかった。と茶化しておく。


「タバコ?」


「これぐらいの紙をくるくる巻いた奴で、中に刻んだ葉っぱが入ってるの。一歩に火を点けて、反対側を咥えて吸うの」


「ナニソレ!?」


 そういえば、高校でタバコが見つかって、みんなの持ち物検査が入り、えらい迷惑をしたと思い出す。結局、誰のたばこかわからず、教師がぷりぷりしていた。


「体に良くないし、オススメしないから大丈夫」

「火を恐れないにも限度があるだろ…」


 とレオは、優奈の世界の習慣に恐れ慄いている。


 研究所を囲む森に入ると空気が和らぎ、綺麗に組まれた櫓が見えてきた。

 これがあの距離で燃えると思うと、結構暑そうだと優奈は思う。


「お前、あの距離に立つのか…」


 とレオが心配そうに見てくるのを、


「大丈夫だよ」


 と笑って躱した。


「じゃあ、荷物とってくるからな!」


 と言ってレオが言ってしまうと優奈は机とイスしかない研究所の部屋に一人取り残される。


 外の明るさこそ変わらないが、優奈の時間で言うと午前3時。歩き回ったり騒いだりして疲れを増せば当然眠くなる時間だ。研究所の中はぽかぽかと暖かくなっているのもあり、優奈は机に突っ伏してそのままウトウトとし始めた。

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