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女子高生、帰還の予告を受ける

 町でたまたま知り合ったアイリスと会っていた件を、特に強く咎められたわけではなかったが、優奈は居心地の悪さを感じていた。


 薄暗さとともに寒さが増したため、家の中ではレンズが大活躍だった。


 手元を明るくするため、光を集め、また暖かさを増そうとお湯にも光を通す。

 手元用の灯りを部屋にもつけてもらい、部屋に閉じこもり、机に向かう。


 大人しく勉強した方が良いのだろうと思った。


「優奈ちゃーん、お客さんよー」


 とラウレイに呼ばれる。


 部屋を出ると、今日はレオではなく、ジョン――犬のお巡りさんの方だった。


「ライオネル博士が話があると言っているんだ。寒いから暖かくして出かけよう」


 言われるがまま、ジョンと共にラウレイの家を出る。


「あの、話ってなんでしょうか…」


 緩い上り坂の道を行きすがらに尋ねると、ジョンは穏やかな声で、


「優奈ちゃんにとってはきっといい話だよ」

 と言った。


 坂を上り霧、白い壁伝いに回り込んで、まばらな森で囲まれた研究所の敷地内に入る。

 運動場のような開けた土地に今は、大きな荷物が運び込まれている。警官二人がかりで運ぶ重さだ。警官は犬ばかりでなく、馬や猫、鳥の姿もあった。


「寒いかね?」

「大丈夫です」


 ラウレイの家の近くに比べると、研究所の敷地は少し暖かく感じた。

 研究所の中央にある建物が、サウナな蒸気生産所と化しているためだろう。通気口から白く蒸気が上がっている。研究所の玄関から、ひょこひょこひょこと相変わらずどこかコミカルな動きで猿博士が歩いてきた。


「優奈、昨日は大変だったそうじゃの」


 普通に話が広がっていた。


「…ご心配をおかけしてすみませんでした…」


 と優奈は小さな声で答えた。


「そんな落ち込まんでもいい。まあ、しばらくは出かけたいならレオを頼った方が安全じゃ。レオもその方が嬉しいじゃろう。のう、署長」


「ええ。そんなわけだから、これからも息子と仲良くしてやってくれ」

「ありがとうございます…」


 心臓が縮みそうだ。


「まあ、お前さんの不自由も長くないかもしれん…上手くいけば、の話じゃがの。本題じゃ」

 と猿博士が言った。


「お前さんをもとの世界に帰す準備をしておる。じゃが、心の準備が必要じゃ。じゃから今日はお前さんにそれをわしは、話さねばならん」


 真剣に、厳かに言われて、優奈はゆっくりと頷いた。


「よし。では行くぞ。そこの円がみえるな?」


 研究所のグラウンドのような土地の真ん中に、白い砂で大きく円が書かれていた。警官たちが荷物を運んでいるのはその縁のちょうどすぐ外側で、荷解きを始めていた。布をとるとそれが白い板――町の外を守るのとおなじ、木製の反射板であることがわかる。人の背丈より大きな板だ。荷解きされた反射板は、円を囲むように並べられていた。


「あの円の中で、あの板の高さの倍もある火を起こす」


 建物よりも高い火柱が上がることになる。


「お前さんは、そこに立つことになる」


 意外なほど、バツ印の書かれた地面は、円から離れていた。少なくとも大きな道路を一本はさむぐらいには離れている。ちょっと暑そうだが、火の粉が飛んでくる距離でもないだろう。


「わしらはあんなに近づけん。お前さん一人で立たねばならん」

 こっくりと優奈は頷いた。


「流石、”火を怖がらない人”じゃ」

 と、猿博士は感心したように言う。


「火を点けたら何が起こるんですか?」 

 優奈は尋ねた。


 優奈の問いに猿博士は、再び反射板に囲まれた円を指した。


「わしらの位置からは、光が火から登って柱を作るように見える。大きさが十分ならお前さんもその光に呑み込まれてそのまま、天に昇るじゃろう」


 虹とは少し違う話だが、以前レオたちに聞いた光の橋の話だと優奈は思った。


 虹の橋は両端が地面についているが、この世界と地球を結べばそれは世界を繋ぐ橋である。そういえば、この世界に来た時は深い霧に飲まれたのだった。中からは分からなかったが、あれは光の中を通ってきたということなのか。光で人間が物理的に移動してしまう理屈は分からないが、あの深い霧が橋だったのだと思えば得心がいった。


 この現象は水滴ではなく、空気中の氷の結晶に光が反射するものだ。地球で近い現象をあげれば、サンピラーが当たるのだが、優奈は知る由もない。


「おぬしは火入れに参加せん。わしらとしては、全力でお前さんを元の世界に帰してやりたいとは思っとる」


 と猿博士は言った。


「じゃがな」


 とそこで猿博士は言葉を切る。


「ゆうたとおり、光の量によっては昇れん可能性がある。昇れても、上手く元の世界側に入り込めなかった場合は、またこちら側にゆっくり落ちてくる。そのことは、知っておいてくれ」


「絶対に帰れるようにしてから教えてほしかったです」


 と優奈は思ったことを口にした。


「わしも初めはの、そう思ったんじゃが、それじゃといつになるかわからん状況じゃ。お前さんは帰りたい、といつも全身で訴えとるからの。安全性に問題がないなら、試した方が良いと思うんじゃよ」


 そういわれたら、優奈は口を噤むしかない。


「出発は明日じゃ。良い位置に雲が来ているそうでな」


 それで、猿博士の説明は終わりだった。


「優奈ちゃん、帰り支度をしようか」

 とジョンに促され、ラウレイの家へと戻る。


 元の世界に帰るための準備が進んでいることをジョンから聞いて、ラウレイは喜んだ。


「これで優奈ちゃんは、仲間と一緒に暮らせるわね」

 やはり同じ種族がいない生活は寂しかったわよね、とラウレイは優奈の頭を撫でた。


「帰り支度をしなきゃね。優奈ちゃん、大事なものを忘れないようにね」


 もう勉強は必要なかった。




 明日着る予定の制服を出して皴がないかを確認し、カバンに荷物を詰め直す。


 クローゼットにフウリーのおさがりとしてもらったり、優奈のためにと新しく買った服が残る。1か月しかいなかったというのに、その枚数は、もしかしたら日本にある優奈のクローゼットより多く、色も様々かもしれなかった。春市で買った可愛い布のバッグもそこに置いた。勉強のためにと渡されたノートや教科書や本を机や棚に並べて置く。途中で並べる場もなくなって、机に、床に積みあげた。この分量を優奈の頭に吸収させようというのは土台無理だと苦笑が湧いた。なのに、いまさらになってあれも見ていなかったこれも読んでいなかった、未練が残る。振り切るように手を離し、見えないように、クローゼットからマフラーを取り出して掛け布の代わりにした。


 この痛みを、喪失感と言うのだと思った。

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