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女子高生、呼び出される

 フウリーという台風が帰ってゆき部屋に戻った優奈は、見覚えのない場所からのメッセージが入っていることに気付いた。


『メッセージ、あり』


 通信室に手紙を残す、留守番電話サービスのようなものである。


(なんだろう…)


 通信室まで手紙を取りに行った優奈は、それがアイリスからの手紙であることを知って驚いた。確かに連絡先として光通信機の登録番号を教えたが、本当にメッセージが来るとは思わなかった。


 以前のカフェにいるという手紙に、優奈は深く考えることもなく湖のある中央へと足を向けた。 




(アイリスさん、本当にいた)


 相変わらず、身体に張り付くようなドレス姿のアイリスは目立つ。

 以前、紅茶をご馳走になったカフェのソファで、アイリスは一人寛いでいた。


「アイリスさん…!」


 と声をかければ、こげ茶の後頭部が振り向き、白く縁どられた目が優奈を捕らえる。


「あら、優奈ちゃん。来てくれたのね」


 というアイリスは、相変わらずの色っぽい声だった。


「さ、座って座って」


 メニューを示し、好きなのをというアイリスに甘えつつ、優奈は連絡をくれたなんて驚いたと言う。


「本当は次の町に行くつもりだったんだけど、この寒さでしょう? 少し光も少なくなっているし、これはもう一段冷えるわね」


 寒い時は飛ばないのだな、と優奈は頷いた。


「もう、予定が狂って困ったわ。でもまあ、優奈ちゃんに会えたのだから良しとしましょう」


 と、アイリスは機嫌よく言った。


「お勉強はどう? 順調かしら」

「まあ、まあ…ですかね」


 実際には問題集の小テストを見る限り、まだ合格点を出せる気はしない。


「それはよかったわ。でも歴史は厄介よね。自分の住む島以外の歴史も覚えるって結構大変でしょう?」


 鳥は島々を渡り歩くから各島の特色を肌で感じるが、そうでないとどうしても文字だけに頼って歴史を覚えることになる。鳥より他の獣人に歴史嫌いが多いのよ、とアイリスは言った。


(アイリスさんって賢そう…)

 と優奈は思った。


 この話題は嫌がられるだろうか…と思いつつ、しかし気になりすぎて聞いてみる。


「アイリスさんってクーチュリエ島って行かれたことあります?」

「この服、クーチュリエ島で買ったのよ?」


 衣装を一大産業とする町なので、アイリスの気に入っている服屋が数多くあるのだ。


「あの、 クーチュリエ島って”クジャクの衣装”で有名なんですよね」

「ああ」


 とアイリスは言った。


 もし、アイリスの表情を優奈が読み取れていたとしたら、それはにんまりとう言葉がぴったりであっただろう。


「私、好きなのよねぇ。あの話。今の季節にぴったり」


 教科書にはクジャクの衣装という言葉しか出てこないが、題材自体は劇場や絵本で扱われやすい内容でもある。


「クジャクってね、綺麗だけど島を渡るほどの距離は飛べないの。一つの島だけで過ごすから、それをコンプレックスに思う人もいるのよね」


 ちなみに島を渡るほどの距離を飛べても全く島から移動しない鳥もいるので、そのあたりは個人の好みがでる。


 自分は飛びたい。

 そう思っていたある商家の御曹司が、ある寒い冬に墜落事故を起こした。ウサギの娘がそれを介抱したというありきたりな始まり。だが、鬱屈してる御曹司の心に、ウサギの娘は寄り添い、二人は仲良くなっていく。御曹司が高飛車な婚約者にうんざりしたというのもあり、婚約は破談。御曹司は周囲からの反対を押し切ってウサギの娘と結婚する。


(メッチャ、婚約破棄もののテンプレ…)


 と内心、優奈は呟いていたりする。


「いい話なのはここからなのよね」

「はい?」


「だって異種族婚よ?」


 お互いの力加減を測りかねることもあり、異種族の接触というのは基本、慎重になるものだ。


 優奈は知る由もないが、初対面で明らかに小柄な優奈に抱き着くフウリーなど、場合によっては周囲が割って入るし、公道でやったらほぼ100%通報されるレベルである。


 鳥の中でも大柄なクジャクと、獣人の中でも小さいの代名詞となるウサギ。

 一緒に暮らし始めても、接触不能。


 そんな妻に自分の羽を抜いて布にして渡すというのは、触れ合いたいという最大限の意思表示だろう。自分が彼女の身を守る、という意味もあったかもしれない。実際、かなり寒い冬で、寒さに弱い獣人中には命を落とすものもあった過酷な年だったので、温かい羽毛を着せる言うのは文字通り命を分け与えるの意味でもあった。


 そんなわけで、一部の鳥の中には、親しいものに自分の羽を渡すという習慣ができたりもしたのである。


(思った以上に純愛だった…)


 そして、思った以上に熱く語られて、優奈も驚きである。


「そもそも、異種族婚ってどっちか結構早く死ぬわけよ。寿命が違いすぎるもの。それでも少しでも時間を共にって、素敵じゃない?」


(え、そうなの?)


 寿命が違うという発想がなかった優奈は困惑した。


 しかし優奈が困惑しているうちに、アイリスはグイグイと迫った。 


「勉強してたって出会いはやってこないわよ? 結婚したいならとりあえず会ってみたらいいのよ。で、どんな人がいいの? というか、どんな結婚生活がいいの? の方が答えやすいかしら」

「あのう…ええと…」


 もはや優奈が、ハンターの目をしたアイリスから逃れる術はなかった。


「お互い尊敬し得る仲がよいかなと…」

「それは最低限よね?」


「明るい家庭がいいかな…」

「確かにねぇ。あとは?」


「テキパキなんでも動ける人…?」

「頼りがいの問題かしらね」


「頼りがい…っていうと違うかもしれないです。やっぱり他の人には見せられない弱みを見せされるからパートナーって気もしますし…」

「あら、独占欲は強いのね」


「そんなことないかと…お互い一人の時間も必要だと思ってますよ?」

「そうね、少しは、ね」


 言いながらアイリスはポンと手を叩いた。


「優奈ちゃんに合うのはきっと、腰が低めで穏やかでちょっと年上で内向的だけど愛情深いタイプよね。任せて、紹介してあげる!」


 断り切れず優奈は数日後、アイリスの知り合いに会うことになるのだった。




* * *




 アイリスがセッティングしたのは、カフェなどではなく、高級レストランだった。

 前回の如く通信室に呼び出され、伝言通りに辿り着いたら高級レストラン。


 高級とわかる門構えに、優奈がしり込みしたことは言うまでもない。ドレスコードがあるからと、店に入ってからセーターとズボンをワンピースに替えさせられ、


「何もここまで」


 と涙目の優奈に、むしろ楽しそうにアイリスは、


「優奈ちゃんのためを思ってよ」

 と答えた。


 やってきたのは顔以外が真っ黒の鳥人間だった。赤っぽい嘴は、アイリスと異なり太めの押しつぶした形。顔全体が白く、目に赤い縁取り。目の後方から黄色の長い飾り羽がが出ている。ややでっぷりしているようにも見えるのだが、鳥の種類により標準体型が異なるそうで、人間でいうところの中年太りではないとアイリスから先にくぎを刺されている。鳥人間の年齢は優奈にはよくわからない。が、学生には見えなかった。


「初めまして。私はエドワードという」


 という落ち着いた女性で確かにアイリスと言う通り、腰が低く穏やかだった。


「こんなに可愛い子にあったのは初めてだよ」


 と喜んでいるようにも見える。


 正直、せめて人間で! という気持ちはあるのだが、同時に


(あんまり失礼すぎるのもマズイ)


 という気持ちがある。


 アイリスも好意でセッティングしてくれた話なのである。


「大学に行った後ですか…? 就職ですかね、仕事の内容とかまだあまり決めてはないですけど…」

「優奈ちゃん、同じ種族の人が大学にいたら恋愛したいのよね」

 とアイリスが口をはさんだ。


 確かに同じ種族なら恋愛したいし、結婚したい。もともと、大学で恋人を見つけて、2-3年でOLを辞めて専業主婦になってというのが夢だったのだ。賢い生き方だとも思っていた。


「あぁ、家庭に入りたいんだ」

 とエドワードが反応した。


「家庭に入りたいなら、別に大学に行かなくても今すぐ結婚すればいいじゃない?」

 とアイリスが答える。


「今、近くにお相手がいないんですって」

「なるほどねえ。だから視野を広げてみようか、って話か」

 と、エドワードは納得したようだった。


「私ならすぐにでも、家庭に入れてあげたいけどねーー君は働かなくても十分可愛いし…それに実際問題、2-3年だけ働いてもそんなに稼げないよ。そのために6年も7年も無駄にしてしまう方が勿体無いと思うかな」

「そうよね。学費の方が高くつきそう」

 とアイリスが頷いた。


「あ、えっと…家事できないので、大学の間にちゃんとしようかと…」

「家事ができない…のはいかがなものかと思うけど、まあ君ぐらい可愛い若い子ならそれも愛嬌かな」

 顔が鳥なので表情は分からない。


 だが、馬鹿にされているのだと優奈は思った。


「クジャクのウサギみたいじゃない?」

「あのウサギは結構賢いじゃないか」


「でも、その分この顔――価値があると思わない?」

「確かに、ここまで目線も表情も分かる顔はない。絵を描かせたらさぞかし映えるだろうな」

 優奈は今すぐ帰りたかった。


 だが席を立つ勇気が出ない。


「そんな不安そうな顔しないでよ エドワードは紳士よ? お金持ち。このまま結婚してしまえば一生安泰。一生養ってもらえるわよ? 嫌な勉強も、働く必要も全然ないわよ? 優奈にはそれだけの価値があるのよ」


 ね? とアイリスはエドワードに水を向けた。


「家事もしたくなければしなければいいさ。毎日好きなことをしてのんびり過ごせばいい。それを見守るのが私の生きがいになりそうだからね」


 エドワードは本気で言っていた。

 地球でいえば、やたらめったらと可愛い保護猫に一目ぼれし、一生幸せにすると誓う新米飼い主の心境である。


「遠慮します…」

「残念だな…相性の問題があるのは理解しているけれど、トライアルは?」


 優奈の拒絶にエドワードは肩を竦めた。

 しかし、それ以上踏み込まないのは、紳士である。


 アイリスがため息をつく。


「ちょっと優奈にもわかりやすく言うね」

 とアイリスは猫なで声を続けた。


「優奈ちゃん、ちょっと常識が足りないのよね。あれじゃね、大学は無理。試験で落ちちゃうわ。学歴もない、家事さえできないおサルさんを雇ってくれるところがあるかな? このままだと、生きていくにも困っちゃうよ? これはね、優奈ちゃんのためを思って言ってるの。優奈ちゃん可愛いんだから、今結婚しちゃった方がいいよって」


 優奈は無言で首を振った。


「――お客様」


 と給仕が近づいてきた。

 紙に書かれた何かを見て、アイリスは立ち上がる。



「優奈ちゃんにお迎えがきたみたい。今日のところは帰りましょ?」

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