異種族結婚は純プラトニック・ラヴ(台風娘談)
『今日も行く』
のメッセージ。
優奈も固定光通信がようやく使いこなせるようになってきた。
実は優奈の部屋にも前から置いてあったのだが、使い方がわからなかったので視界に入っていなかったのである。
レオのメッセージに、了解という返事も送れるようになった。
またひと際寒くなってきたので、最近出不精の優奈は、レオの来訪を待ちながらアビゲイルにもらった本を読んだり、問題集を解いたりしている。
そして、こんにちはー、という声に扉を開けてみれば、白黒のモフモフ。
「!?」
一瞬、ラウレイと思ったのだが、それよりはちょっと小柄の
「はぁい、こんにちは! 私、フウリー!」
ピンクのチャイナドレスが大変似合う、元気なパンダの獣人だった。ラウレイの末娘である。
「え、あ、こんにちは」
「かわいいー!」
ぎゅー! とファーストコンタクトから非常に熱烈モフモフをいただき、優奈は戸惑うばかりである。
一緒にやってきたレオはフウリーの性格を知っているのか、知らん顔して隣に立っている。
「え、なに、すっごい柔らかいっ、てか細っ」
パンダに比べたら大抵の動物は柔くて細い。
「うわぁ、しっとり。ナニコレ」
と手をにぎにぎ。
玄関先でしばし立ち往生。
「フウリー、優奈が凍えるから、中」
とため息交じりにレオが言うまで、ファーストコンタクトは続いたのであった。
リビングお茶を置き、フウリーは慣れた様子でどっかりと、優奈はよじ登るようにして椅子に座る。
フウリーは、そんな小柄な優奈の言動もがっぷりと見つめていた。
「え、ママうらやま。一緒に住んでるの、うらやま」
優奈の存在自体が、フウリーに突き刺さってしまったらしい。
なんか動きがチマチマしてる。柔らかい。うっすい爪しかも綺麗に丸めてる。牙どころか歯の大きさがほぼ揃うって可愛すぎて意味わかんない。だそうだ。
「しかも、表情豊か。なんか今拗ねてる感じする。なんだろう…あ、目か。目がね、どこ見てるかこれ以上ないくらいわかりやすい」
優奈は他の獣人たちの表情が読めず苦労をしているのだが、逆に獣人たちは「これ以上ないわかりやすい表情」で優奈を見ていると聞き、優奈は顔をひきつらせた。サトラレか。
なんだか前にも同じようなことがあった気がする。
「前、種族が違うと感覚が違うって聞いたんだけど…」
「でも可愛いは正義」
そこは種族共通らしい。思わず優奈が視線を向けると、レオも
「まあ可愛いよな」
という。
ただし、それでいってしまうと、老齢の猿博士も可愛いの部類に入ってくるそうだが…人間が人間の子供に限らず、小動物を可愛いと思う気持ちに近いのかもしれない。
ラウレイが顔を出した。
「あら、フウリー来てたの」
「お邪魔してまーす」
パンダ界は独り立ちが早い。フウリーはレオの同級生なのだが、高校入学と同時に一人暮らし開始となり、実家には一年に一度も寄り付かないのだそうだ。高校卒業と同時に結婚することが多いが、親に顔を見せに来ることもないドライさだという。久しぶりにあっても、このノリ。
「結婚報告ってしなくていいの…?」
と優奈が言っても、
「別に―」
という様子だ。結婚とか好きにすればという感じらしい。
この世界でパンダというのはとにかくモテる。 白黒の毛皮の珍しさもあるが、身体の大きさに比べて小ぶりな爪や牙が”ぶっ飛んだ美人”の証。パンダ同士はもちろん、特にこの世界で逞しいと言われる大型肉食獣系の視線を独り占め! 結果として押しの強い性格になりやすい。の見本が正にフウリーだった。
「フウリーって他の種族と付き合ったりするの…?」
優奈としては、怒涛の勢いで喋り倒された内容の中で、一番聞き捨てならない部分である。
「ん? 私は見た目に寄ってきたのしかいなかったから、なかったかな。ぶっ飛ばしちゃった」
えへ、と笑ってごまかしているが、結構な修羅場だったと想像する。
「んー、でも、滅茶苦茶その人柄に惚れこんで結婚ってあるよ。純プラトニック・ラヴ。クジャクの衣装とか有名じゃない?」
昔の話であるが、金持ちのクジャクの獣人が、貧しかったが聡明なウサギの獣人に求婚した話である。とある島の数代前の住人の話で、愛の証として、美しい羽で織った衣装を贈ったと言われている。模様を織りこむ技術が発展し、今ではその島は、衣装を一大産業とする町に発展している。
町の基礎になってしまうほど有名な異種族婚は少ないが、お互いの人柄を好いて、ひとつ屋根の下に暮らす異種族のカップルというのはそれなりにいるし、別に周囲が奇異の目で見ることもない。養子をとるカップルもいるぐらいだ。
フウリー的にはそれもあり。ぐらいの選択肢。それが異種族婚というものらしい。
「あー、そろそろ本題いい?」
ようやく、話が落ち着いたと、レオは口を開いた。フウリーは喋り出すと止まらない上、周囲を吹き飛ばす勢いがあるので、動き出したら静かに止まるのを待つのが良いことを、レオは幼馴染の経験値として知っていた。
「え、ごめん。すっごい待たせてた…」
フウリーの話が本題だと思っていた優奈はとりあえず謝った。
「いや、いいんだけど…優奈、この前見せてくれたスマホを見せてほしいんだ」
「え? なんで?」
「フウリーは絵が上手い――画家なんだ。だから、電源の入る間にフウリーに残しておきたいものを見せてもらえれば、絵は、残せると思う」
その言葉に、優奈は目を丸くした。
「そんなこと、考えたことなかった」
「結構時間ないっつってただろ? だから、早くした方がいいと思ってさ」
フウリーは荷物からスケッチブックと鉛筆を取り出していた。
スマホを取り出しながら、優奈は迷った。
スケッチして残すにしても、そんなに枚数は書けない。一枚しか残せない場合に、どの一枚にするか。と思ったときに、どんな写真がいいか咄嗟に思いつかなかった。
「ちょっと、待ってもらっていいかな。その…結構データが入ってて、どれにしようか迷ってるの」
「10枚や20枚ならいけるよ? 一緒に選ぼうよ!」
フウリーの押しは非常に強かった。
自撮りの写真を見せるのは流石に気恥ずかしく、優奈は慌てて一部の写真を別のフォルダに移した。
クラスメイトと文化祭で取った写真、インスタ映えを狙って撮った夜景の自信作や花の写真、欲しかったコスメ。
「え、ナニコレ。みんな超可愛い!」
とレイリーは集合写真を見て大興奮し、夜景をみて冬なのに光ってると感心し、花を見て
「これ、どうなってるのかしら…」
と画面に齧りつくように見た。
「こっちは明るいから、夏?」
「ううん、昼に撮ったの」
「あ、そっか。昼と夜があるのよね」
画家らしく大きな手に握られた鉛筆は、絵を見た瞬間から世話しなく動き、次々とスケッチブックを埋めていく。一枚の写真を見るごとに、全体の構図や気になった部分の書き取り、色や質感のメモ書き。1枚と言わず3枚、4枚があっという間にいっぱいになり、捲られていく。20枚どころか100枚でも書き取る勢いだ。
「優奈、昼の町は? 町だけでも、あとで優奈を書き足したりもできるし、あったほうがいいよ」
「ちょっと待ってね…」
そんな写真あったかなと優奈はアルバムをスクロールしていく。
意外と自分が住む町の写真など撮らないものである。旅行なども行かなかったので、写真を撮る機会が少なかった。
「あった」
それは、虹を撮った写真だった。
たまたま、雨上がりに街中に虹が出て、写真を撮ったのだ。アーチを思わせるカーブを描いて、ビルの後ろから空へと伸びている。
「「えっ」」
と写真を見た二人ともが声を上げた。
「光の橋があるの!?」
「建物の飾りじゃないのか?」
「飾りなわけないでしょ。透けてるじゃない」
ちょっと優奈が不安になる勢いでレオがどつかれた。
小さなスマホはフウリーの手では操作できない。もどかしそうにフウリーが優奈に画面の拡大を促す。
「それに、外側から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫…7色よ」
もはや町並みはそっちのけである。
「虹ってこっちだと珍しいの?」
そういえば太陽がないのか、と思い直して優奈は尋ねた。
「フィクションとしてはよく描くわよ。でも現実にあるなんて思わなかった。あの橋はやっぱり他の町に繋がっているのよね」
「え?」
ちょっと優奈の想像している虹とは違う。
よくよく聞いてみると、フウリーが言う光の橋というのは、虹の色と形をした、物理的に上って降りられる橋のことだった。空気中の水滴に光が反射するときに、空間が割けるということで、優奈には意味不明なのだが、そこは異世界である。
大事なのは、優奈たちにとっては綺麗な自然現象の1つでしかない虹は、レオやフウリーたちこの世界の獣人、特に空を飛べない住人にとっては夢でもある。ということだ。光を受けて大きく空に架かる橋は、島と島を結ぶことができる。そうなれば、火の海の上を通って、住民たちが行き来する時代が来るかもしれない。大昔、それで島々の間を移動したという超古代文明の伝説もあるし、地球でいうところのタイムマシンの如く好まれるサイエンスフィクションの題材でもある。あと、恋愛小説だと異種族婚をして新天地を目指すカップルが虹の橋を渡る場面は結構ある。
「へぇ…」
虹の橋を渡って他の町に行くというのはロマンティックだとは思う
。
「一枚目はこの絵にするね」
フウリーは虹の写真を気に入ったらしく、颯爽と立ち上がった。目がキラキラしている。
「だいたい他の絵も覚えたけど、次に書いてほしいのは決めておいてね!」
光通信の宛先を置いて颯爽とフウリーは帰っていった。




