プロローグ
木目の見える机に白い紙が置かれる。続いて、問題の印刷された冊子。問題は過去の大学の入学試験の流用だと聞いていたが、U33年と書かれていて、それが何年前の話なのか優奈には皆目見当もつかなかった。
「はじめ」
と言われて開いたページには、一般教養らしいが、いきなり、判断推理と書いてあって、”1~5の番号のついた石があり、すべて重さが違うことが分かっている”で始まっていた。数学の問題らしい。優奈の嫌いな問題だ。
時間は刻々と過ぎてゆく。
正直言って、どの問題も分からなかった。
「全て解けなくていい。6割程度で入学する者もいる」
とは聞いていたが、これが6割解けたら普通に頭のいい人だろうと思う。
一問も正解と思える問題がない。
試験時間が終わってしまうという焦りを感じるところまでも行かず、鉛筆を持った手はすでに止まってしまっていた。
(いやいやいやいや、これ無理でしょ!)
数学はもしかしたら同じかもしれないが、時事:わが町の危機管理や~と言われて、優奈が思うのは、
(知るか! 異世界やぞ!)
であるし、自然科学問題に至っては、”光の反射・屈折の性質について”と文字は読み取れるものの物理法則や常識が違いすぎて、意味不明。熱はともかく、切断って何。
(知るか!)
という感じである。パス。
そんな感じで全く解けるの気のしない、気が進まない試験時間もようやく終わり、義理は果たした! とばかりに優奈は答案用紙をやってきた男に突き出した。
警官のような紺色の制服を着た男の顔は茶色い猛禽類のものであり、袖なしの制服から出た腕には羽が生えている。
あまりの異相に普通は怯むところだが、今日の優奈はひと際、態度が悪かった。
男は淡々と答案用紙を手元の紙と見比べて、○×をつけている。
そして、やおら大きなため息をつくと、赤ペンで8という数字の下に二本の線を引いて、答案用紙を優奈に返した。
「…高校どころか、中学の教科書を読んでいるようにも見えない」
当たり前だ。なんで知らん世界の常識を必死に勉強してインストールすると思うのか。
「違う世界から来たんだから知りません。教科書読むのもだるいし」
「では、我々の作戦には参加させられない」
「それでいいと思います」
それは優奈の本心だ。
ある日突然異世界に連れてこられて、「世界を救って」と言われる一方、その作戦には参加資格が…とかもう知るか! という感じである。
今、優奈の言いたいことは一つだけだ。
「作戦に参加しないんだから、私関係ないですよね? 元の世界に返してください。わたしは、ただの、女子高生で! 世界を救う力なんてないんで!」
「……じゃから時期尚早というたのに」
天井から聞こえた声に、優奈は顔を上げた。
そこには、天井に張り付く猿――ではなく、猿と人間の中間ぐらいの猿人間がいた。しっかり白衣を着こんだその姿はまさに猿博士。結構お年と聞いたのだが、手だけでぶら下がりそれから身軽に着地する姿をみると、人間のお年とは随分感覚が違う。
容貌は、有名なあのハリウッド映画の、猿の惑星を想像してもらうといいと思う。ただし、かなり小柄で、優奈の肩くらいの身長だ。優奈は日本の女子高生の平均よりちょびっと小さい155cm。それより小さい猿博士は、遠目には子供のように見えるだろう。
「ジーク、お前さんが真面目なのはよおく知っとる。じゃがな、物には順序や、タイミングというものがあるんじゃ」
この町で一番頭のいい博士なのだそうだが、妙にコミカルな動きで愛嬌がある。大きな鳥人間が閉口している気配を感じ取り、優奈は噴き出した。
猿博士は優奈を召喚した張本人でもある。だが、この博士にはどうにも強く出られないが困ったところだ。
「博士。でも、私、本当にその試験、チンプンカンプンなんで、その、世界を救うって作戦、ホントに無理だと思う。たぶん人違い召喚です。普通に帰してほしいです」
「気持ちはわかるんじゃがなぁ…日和待ちでのう」
「その日和っていつ来ます?」
「明日かもしれんし、1年後かもしれんし、10年後かもしれん…」
ポリポリと頭をかく猿博士に何と返せばいいのかわからず、優奈は口を閉ざした。
猿博士はその間にさっさと鳥人間と話を進めてしまう。
「そういうわけで時間はあるんじゃ。優奈が”火入れ”に参加するかは、ゆっくり決めればいい。参加する機会がないということは、困っとらんちゅうことだ。それは、その方がいいんじゃ。そうは思わんか」
「まあ、そうですが…」
「なら、今回は不合格でよかろう。入試は毎年あるわけだし、いつでもこういう形で試験はできるしな」
「まあそうですね」
「なら、お前さんも仕事に戻った戻った」
小さな猿博士に、大柄な鳥人間がちょこちょこと追い立てられていく。
助かった。と優奈は息をついてそれを見送り、すぐに戻ってきた猿博士に親指を立てられて困惑した。
「入試まであと4か月はある。ファイトじゃぞ!」
「へ?」
「入試に通れば、お前さんは晴れて大学生じゃ」
「え、ちょと…」
なぜか長期滞在する方向に話が向かっているが、優奈には修正できない。
こうして、気づけば異世界で大学受験することになった女子高生が爆誕したのであった。
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