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第九話 不穏の影

1

馬車で王都に戻るとき、サリバンもフィオナも何も言わなかった。俺はヘトヘトに疲れ切っていて、部屋に戻るなり、身体を洗ってすぐにベッドに横になった。


まだ昼だったが、何も出来そうにない。しばらく眠る、とサリバン達に断って部屋に篭ったが、眠気は全く訪れなかった。


目を開いていてもトマスの死に顔が目に浮かんでくる。「俺たちは無力だ」

その言葉が頭の中から離れなかった。


ロビーに行って酒でも飲もう。そう思って部屋を出て行くと、フィオナがいた。俺の顔を見ると表情を曇らせ、そのまま立ち去ろうとした。


「フィオナ?どうした?」

俺が呼び止めるとフィオナは目を合わせずに止まった。思えば馬車の時から何か様子がおかしかったように思えた。

「イド」

俺はフィオナが何か話すのを待った。


「『明けの明星』をあなたが使えるのはどうして?あなたの本当の能力は一体なんなの?」

俺はとっさに何と答えていいかわからなかった。サリバンからは能力のことを他人に話すな、と言われているし、それになによりも本当の能力を話してしまったらフィオナにまでミカエルを殺したと思われてしまうかもしれない。そんなことは耐えられそうになかった。

「フィオナ、すまない。それは言えないんだ」

フィオナは俺の顔を見た。その顔は怒っているように見えた。目には涙が溜まっていて、俺は何と声をかけたらいいかわからなかった。


フィオナはそのまま何も言わずにロビーから立ち去った。


2

「『血の代償』についてはなるべく隠しておいた方がいいだろう」と言うのがサリバンの考えだった。今回のトマスのように、相手が俺の能力を知らなければそれが有利に働くことがある。


もし、トマスが俺の能力を知っていたら事前に対策されていたことだろう。剣術の腕にかけてはトマスに圧倒的な分がある。長期戦に持ち込まれていたら、ロックのように集中力が切れて『宵の明星』の餌食になっていたことだろう。


俺の能力が噂になれば、良からぬことを考える者も現れる、とサリバンは予測した。『血の代償』は引き継いだ能力が多ければ多いほど強くなる。この能力はすべての権力均衡をいずれ覆すほどの脅威になる。俺を殺すことでそれを阻止しようとするかもしれない。


サリバンはトマスの側の介添人であるフィリッポスに会って、俺の能力について黙っていてもらうように交渉する、と言っていた。


そんな交渉がどれだけの意味を持つのか分からなかったが、俺はこれ以上の波風を立たせたくなかったので、全てをサリバンに任せることにした。


サリバンは王都で転生者の能力について研究していて、能力については王都で最も詳しい。古今東西の転生者の能力を記録し、保管するライブラリーを持っている。そこにはありとあらゆる能力が網羅されており、さらにその一つ一つにサリバンは考察を加えていた。


『血の代償』はこの世界にとって重要だと言ったクロエのセリフを思い出す。死んだ味方の能力を継承できる『血の代償』。


それと、もう一つ重要なのは転生者をこの世界に召喚するアルカナの『次元の渇望』。もしアルカナが死んだら今後二度と転生者が現れなくなるのに加え、アルカナの能力で転生してきた転生者の能力は大幅に弱体化するのではないか、とサリバンは予測している。


転生者は果たしてこの世界にとってプラスなのだろうか?それとも、マイナスなのだろうか?

答えのない問いのなかで俺は混乱していた。飲み慣れない味の強い酒をロビーで何杯もあおる。


何杯目かの酒を飲み始めると、隣に座った女が「昼間からこんなに飲んで、いい御身分ね」と言った。見上げるとそこに見知った顔があった。


「クロエ、今までどこに?」

「さあ、どこかしら?ねぇ、私にも一杯奢ってくれるでしょう?」クロエはこちらの返事を待たずに「マスター、同じのを」と注文して酒を飲み始めた。


クロエは居なくなったときと比べてすこしやつれたように見えた。ただ、服装はそれまでの使用人然としたメイド服ではなくシックな黒いぴったりとしたドレスを着ていて、どこかのお嬢さんか、あるいは酸いも甘いも噛み分けた夜の女を連想させた。


「『宵の明星』のトマスと決闘したそうね」

「知ってたのか」

「こんなところで飲んだくれてるところを見ると、決闘はあなたが勝ったみたい。しかも無傷で」

「ロックに感謝だな。あいつの『鋼の意志』のおかげで『宵の明星』の攻撃をしのぐことができた。それに、ミカエルの『明けの明星』にも」

俺はそう言いながら酒をあおる。

「でも、『獅子身中の虫』のおかげで酔えなくなった。これはパックのせいだな」

クロエは俺のことをしばらく見ていた。俺はマスターに同じ酒を注文した。すぐに新しい酒がグラスに入って運ばれてくる。

もう何杯飲んだかわからない。味も美味いのか不味いのか、それすら判断がつかなかった。


「ねぇ、安心していいわよ。『宵の明星』とあなたが決闘したことは普通の人たちは知らない。あなたの能力だってまだ公にはなってない」

「でもバルタザルは俺がトマスを殺したと知ってる。あいつは『明けの明星』だけでなく『宵の明星』も失った。次はどんな転生者を送り込んでくる?もうたくさんだ」

「何を言ってるの?まだ始まったばかりよ。転生者が来たらその度に殺せばいい」

「簡単に言ってくれる。実際に生命をはって戦うのは俺だ。トマスに勝てたのはたまたまあいつが俺の能力を知らなかったから。もう一度戦っていたらどうなってたかわからない」

「トマスに二回目はないわ」

俺はその言葉にむかついて何かを反論しようとしたが、クロエは続けて言った。

「いい?誰にも二回目はないの。トマスにも私にもあんたにも。今回は勝てた。今はそれでじゅうぶん」


そう言ってクロエは立ち上がった。

「あの時の約束はまだ有効よ。私があんたをこの世界で1番強力な転生者にしてあげる。ここで腐ってるのはあんたにとって居心地が良いかもしれないけど、早くしないと手遅れになることだって、あるかもしれないわよ」

クロエは俺の肩にそっと手を触れ、ロビーから出ていった。


3

王都が夕暮れに染まっていた。

城門の前には今日中に荷物を届けるための荷馬車が次々と往来していく。街灯も高速道路もない世界だ。日没になれば再び日が昇るまでは移動することは出来ない。


列を成して城門の中に入っていくどの荷馬車も今日一日目一杯移動して疲れ果てているように見えた。


フィオナは城門の前にいた。

俺の姿を認めると、今度は逃げたりせずに俺が隣に来るのを待っていた。


「ここにいて良かった」

俺が声をかけると、フィオナはこちらをちらりと見て、また夕日を眺めた。俺は隣に立って同じように夕日を見た。


城の城門は小高い丘になっていて、遠くの街や丘陵に夕陽が落ちていくのが見える。

「ここの夕日が好きなの」

「ああ。隠れ家で聞いたのを覚えてた。だからここに君がいると思った。たしかに綺麗な場所だ」

「そうでしょ」フィオナは夕日を見たままにっこりと得意そうに笑った。


「ここに来るとこの世界に転生する前のことを思い出すの。ねぇ、イドも転生前のことを思い出す?」

「いや」と俺はかぶりを振った。「少しずつ前の世界のことを忘れてて、今はもうほとんど思い出すこともないよ。ま、転生前は冴えない人生だったし、思い出す必要もないかな。こんな凄い能力もないし、友達や恋人もいなかったし」


フィオナは少し黙ってから「そう」と応じた。「私も転生前のこと、今はもうほとんど思い出せないの。今みたいな能力はなかったし、名前がフィオナだというのは間違いないんだけど、元の世界がどんな世界だったのかは思い出せない。でも、ここに来るとなんだか懐かしい気がして」

「帰りたい?」


言われて少しだけフィオナは黙ったが、小さく首を振った。

「友達や家族のことももう思い出せないもの。この世界にいる人が今では私の家族なんだと思うようにしてる」


「フィオナはすごいよ。人のために能力を使えて」

フィオナはなぜかすこし寂しそうに笑った。

「いいえ。すごくなんかない。私がこの能力だったのはたまたまだし、それに、私ずるいのよ。家族と会えないから病気や怪我をしてる人を利用して、家族だと思うようにしてるんだもの。

アルカナ様だってそう。はじめはサリバンに言われて能力をつかうように頼まれたけど、本当に家族のような存在に癒されてるのは私のほう」


俺はフィオナに何と声をかけていいのか分からず、ただ二人で並んで夕日を見ていた。

先に沈黙を破ったのはフィオナのほうだった。

「ごめんね、イド」

「え?」


聞き間違いかと思って俺はフィオナの方を見た。

フィオナもこちらに向き直って、まっすぐこちらを見ていた。

「この世界に来て、自分の能力を選べなかったのはイドも同じなのに、私、イドのことをもっと信じるべきだった」


「いや、謝るなら俺の方だ。俺ももっとフィオナのことを信じるべきだった。

本当のことを言うよ。俺の本当の能力は『血の代償』。死んだ味方の能力を継承する力だ。

でも、ミカエルのことは本当に何も知らない。今でもあいつのことを思い出すんだ。この世界で初めて友達になれそうなやつだった」


フィオナは俺にうなづいてまた夕日をながめた。どちらからともなく、肩と肩がふれあい、手と手が触れ合った。


王都はやわらかい風が吹いている。俺たちはいつの間にか手を握り、沈んでいく夕日を眺めていた。


4

フィリッポスが死んだという噂を聞いたのは次の日の早朝のことだった。王都で俺が使っている密偵が報せをしたためて俺の宿屋の部屋のドアの隙間から手紙を滑り込ませた。


エリオットの件でその密偵を使ってから、なんとなくそのままずっとバルタザルの領内の動きを報せるようにと調査を継続させていた。


費用は安いものではないが、ほかに何か使うわけでもない。それに、今一番恨みを買っている相手と言えばバルタザルだ。相手側に妙な動きがあればそれを察知して対策を立てることができる。その安心料というわけだ。


密偵曰く、トマスの介添人として彼と共に王都に留まったフィリッポスはあの決闘のあと、サリバンと会っている。サリバンは彼を食事に誘って密会していた。


フィリッポスはサリバンと別れた後、宿屋に戻るが、深夜に宿屋で変死したということだった。

その後の展開が妙で、本来なら王都の警備隊がやってきて事件の捜査にあたるところを、王立魔道連隊がやってきてそのまま彼らが宿屋に出入りするようになった。


王立魔導連隊はこの件を調査中の案件のため口外無用としてこの件が漏れないようにした。


バルタザル側はまだフィリッポスが死んだことを知らず、このまま行方不明として処理される可能性が高い、と報告書には記されていた。


俺はこの手紙を読みながら、徐々に点と点が結ばれていくのを感じた。

「この国の司法は妙でね」と言ったサリバンの顔が思い浮かんできた。転生者の犯した犯罪についての一切の裁量は王立魔導連隊の連隊長であるサリバンにある。


俺は強い胸騒ぎを感じた。

フィリッポスの死はミカエルのときと似すぎていた。

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