第八話 宵の明星
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あの日以来、クロエは姿を見せなくなった。
俺は王立魔導連隊の一員として王都での生活が長くなり、週の半分以上は王都にいて、週末は隠れ家に戻る生活を繰り返していた。
フィオナはクロエが姿を消したことを随分と心配していたようだが、俺としては当のフィオナに危害が加わらなかったことを安心した。『生命の源泉』を継承するためにクロエがフィオナに一服盛らないとも限らない。
王都での生活は刺激的だった。サリバン専属のアシスタントということで新入りながら俺は王立魔導連隊の中でも一目置かれていた。特に若い連中はサリバンに売り込みたいのか俺の機嫌を取るのに必死だ。連日飲み歩き、持ち上げられるので悪い気はしない。
魔導連隊の制服は王都でも目立つらしく、視線を感じる。その多くは無邪気なもので、憧れと畏敬の念が含まれているように思える。連隊の一人に言うと、「彼らにとって転生者は権威の象徴です。実際、この制服を着てるだけでモテますよ」とコソッと耳打ちされた。
悪くない日常だった。かつてのように目隠し付きで馬車に乗る必要もなくなり、隠れ家と王都への行き来は自由だ。週末にフィオナに会えば、その週に王都であった出来事を話す。
でも、どこか満たされない部分があった。自由になる金も増えたので、俺は人を使ってエリオットについて調べさせることにした。つまり、転生によって死んだクロエの弟のことだ。
クロエとエリオットの姉弟は、バルタザルの領内の農家の出身だった。エリオットは六人兄弟の末の男の子で、生まれつき身体が弱く、クロエは第三子だが長女で、よくエリオットの面倒を見ていた。
口減らしのために両親がエリオットをバルタザルの領地に送ることを決めると、それを心配したクロエはエリオットと一緒にいるためにバルタザルの使用人になった。
一時的ではあるが、ミカエルの指揮する騎士団の訓練に参加していて、副長のトマスとも親交があった。転生によって亡くなったとき、彼はまだ16歳だった。
調書はこんな具合に書かれていたがこれではエリオットという少年の人となりは分からない。特に転生の直前はどうだったのか?
自ら進んで転生に臨んだのか?それとも諦めていたのか?あるいは最後まで抵抗したのか?
そこまで考えて、ふと俺は我にかえった。
「そんなことを知ってどうなるって言うんだ?」
死んだエリオットはもう戻っては来ないし、エリオットの境遇を知ったところで俺に何ができるわけでもない。
俺はもらった調書を丸めて捨ててしまおうと思ったが、思い直し、机の引き出しにしまった。
2
王立魔導連隊という名前から何か軍隊のようなものを想像していたが、実際にはどこかに遠征したり、軍事演習のような訓練もほとんどない。
ほんの形だけの訓練をすることもあるが、それもおざなりだ。サリバン曰く、「近代的な軍隊というものは全員がほぼ均質な運動能力を持つ事を前提として訓練されるが、魔導連隊はそれぞれ固有の能力がある。それを活かしたほうが全体としての戦闘力が高い。だから近代的な軍隊と同じ訓練をしても意味がない」のだそうだ。
たしかにミカエルの騎士団にいた頃を思い出すと、ほとんどの場合ミカエルが前線に立って『明けの明星』を使うだけで敵の大部分は殲滅できた。
ただ、これはミカエルの性格なのか、軍事訓練の方も決して手を抜かなかった。かなり厳しい訓練の日々の中で、騎士団のメンバーは鍛え上げられていた。
ただ、そんな王立魔道連隊も王の命で合同訓練を行うときは話が別だ。その日、王立魔導連隊と王都の連合騎士団で合同演習が行われた。定期的に領主は王の元へ騎士団を伴って馳せ参じ王都でパレードを行う。
ちょうどバルタザルが領地を離れ、野盗が入り込んだ日も合同軍事演習が行われていた。ということは、つまり、バルタザルも王都へやってくるということだ。
サリバンにそのことを相談するが「ミカエルの件なら問題ない。バルタザルが法的にお前をどうこうすることはできない。だから堂々としていればいい」と力強く言った。
パレードはつつがなく進行し、バルタザルとも顔を合わせずに終わると思えた。ほっと胸を撫で下ろす一方で、心残りもあった。
俺はトマスという副官に会ってみたかった。エリオットとはどんな少年だったのか?ミカエルがいない今、直接聞くことができるのはトマスしかいない。
しとしとと王都に霧雨が降る夜だった。職場から帰る道で一人の騎士と会った。彼はトマスの使いを名乗った。俺はその書状を受け取る。彼の方も俺を探していたのだということに驚き、驚くとともに強い胸騒ぎを覚えた。
書状をあらためて見ると、それは果たし状だった。
3
「バルタザルめ、考えたな。正式な手順を踏んだ上での決闘。それも自分のところの転生者を使うとは」
果たし状を読んだサリバンは顔を歪めた。
「たしかに同じ騎士団にいた時期もあるが、俺はトマスってやつとほとんど話したこともない。こんな決闘うけなくちゃいけないのか?」
「イド、騎士にとってなによりも大切なのは名誉だ。名誉を傷つけられた騎士はその雪辱を決闘によって果たす権利がある」
トマスはミカエルの名誉を失墜させた俺に対し、ミカエルの盟友として代理で俺に決闘を申し込む、という内容の果たし状を送りつけてきた。
書状の中味はあえてぼかしてあるが、向こうは俺がミカエルを殺したと思っていることは明白だ。
「名誉を傷つけられた、って俺はミカエルを殺しちゃいない」
「イド、決闘の理由はあくまで主観的な感情に基づいている。だから第三者から見てどんなに支離滅裂であったとしても関係がない。それに、君は王都でポストを持っている人間だ。王都で生きる以上、王都のルールは守らなくてはならない」
サリバンは断定的に言ったが、その後で俺の肩を叩いた。
「トマスの能力は『宵の明星』。槍で突いた空間に衝撃波を与えるタイプの能力だ。突きにだけ集中していればいい。
対して君は今、『鋼の意志』『獅子身中の虫』に加えて『明けの明星』の能力がある。だが向こうは君の能力を『獅子身中の虫』だけだと思っている。我々は敵の能力を熟知しているが、向こうは知らない。これはかなり大きなアドバンテージだ。
それと、こちらには『生命の源泉』もある。フィオナを待機させておく。万が一の場合でも君が生命を落とすことはない」
4
王都から離れた鬱蒼とした森の奥に馬車が止まった。サリバンは俺の後ろに立ち、俺はトマスと相対している。
トマスは癖のある黒髪に浅黒い肌の青年だった。整った顔立ちで、ミカエル同様どこか貴種を思わせるような品がある。長身痩躯だが、身体つきは締まっており、銀色の甲冑がよく似合う。
王都の決闘の作法に準じて、お互いの剣を交換して、何か細工がないかを確認する。
「名誉ある戦いを」
中立の立ち会い人がそう声をかけると、こちらの立ち会い人のサリバン、向こうの立ち会い人フィリッポスが俺たちから距離をあけた。
トマスと話すことができるのはこれが最後のチャンスかもしれない。先に口を開いたのはトマスのほうだった。
「お前は俺がバルタザル様の命令で決闘を申し込んだと思っているかもしれない。だからあえてここで言っておく。この決闘は完全に俺の意思だ。バルタザル様はこの件に関して肯定も否定もされていない。
ミカエルは俺にとって兄同然の存在で、騎士としての目標だった。それをお前は卑劣な毒という手段で殺した。申し開きがあれば聞こう」
「待て。俺はミカエルを殺してない。ミカエルはいいやつだったし、殺す理由なんてない」
「だが、ミカエルはお前の『獅子身中の虫』で死んだ。それが何よりの証拠だ」
「誰かが俺の能力を利用しただけだ」
「だとしても、それはお前が能力を管理できていなかっただけのこと。騎士にとって毒で死ぬということがいかに不名誉なことか、わかっていないようだな」
「平行線だな」
俺は絶望的な気持ちで言った。トマスのほうは平然としている。そんな理由でどちらかが死ぬ?馬鹿げている。
「だからこその決闘だ。貴様の方は何か話したいことはあるか?」
こいつと話しても徒労に終わるだけだ。「言ってもどうせ戦うのは変わらんだろう」と言いかけたが、思い直し、「エリオット」と俺は口走っていた。
「エリオット?」
「クロエの弟だ。エリオットのことを教えてくれ。お前の弟弟子でもあるんだろ?」
「エリオットは俺とミカエルにとって本物の弟のような存在だった。ミカエルはあいつに剣を教えた。剣で身を立てることができれば、生命を長らえさせることができるから、と。
しかし、それも無駄なことだった。あいつは、身体が生まれつき弱かったから」
「転生に関しては何と?」
俺が尋ねると、トマスは遠くを見つめるような優しげな表情になった。
「あいつは転生を自ら望んだ。それがバルタザル様に貢献できる唯一のことだと知っていたから。転生で命を落とすのはこの世界の民にとって名誉なことだからだ」
「名誉」と俺はつぶやいてみた。
こいつの言う名誉は、たぶん永遠に分からないし、分かり合えない。トマスの顔を見た。すると、トマスは兜をつけながらにやりと笑った。
「いい面構えになったな、イド。始めるか。どちらかが死ぬまで。ミカエルのために」
「俺はミカエルのためだけには戦わない。この世界で死んでいった転生に関わるすべての人間たちのために戦う。戦って、お前が間違ってると証明する」
兜の緒を締め、鍔越しにトマスを見た。互いに剣を抜き切先をぶつける。これも正式な決闘の前の作法だ。
互いに半歩、歩み寄れば剣戟の範囲内にある場所で睨み合う。トマスは姿勢を低く、切先も低く構えている。普段は槍を使うが、決闘では剣を獲物に選んでいる。おそらくは突きが主体になる。
トマスは半歩後ろに身体をそらして、剣先をこちらに向けて構えた。突きの構えだ。俺は相手の突きを薙ぎ払うべく、剣をあげ、防御の構えをとった。
草原に風が吹いて草花が舞う。晴天の上に雲があり、のんびりとそれが太陽を隠す。その間、誰も何も言わなかった。トマスはピタリと静止して、集中力が引き絞られた弓のように研ぎ澄まされていく。太陽を隠していた雲が俺たちの頭上で移動し、再び太陽を現したとき、一筋の光が草原に差し込んだ。
それは一瞬の出来事だった。
トマスの身体が一瞬視界から消えるくらい低くなり、その低い姿勢から突きが繰り出された。
『宵の明星』
凝縮された圧力が鼓膜を揺らす。次いで暗い銀色の閃光が剣先からほとばしる。剣先の動きを見て半身を捻ったが、『宵の明星』は俺の左肩を弾いたらしい。とてつもないエネルギーの塊が肩に集約して弾ける。左肩を守っていたプロテクターはその力の前には完全に無力だ。弾け飛び、消失した。
『鋼の意志』
全神経を集中していたおかげで『宵の明星』による左肩へのダメージはない。だが、その圧倒的な力を前に、俺は弾き飛ばされそうになる。
トマスは剣士としても一流だ。俺とトマスでは剣士としての腕前に天と地ほどの差がある。戦いが長引けば勝機はなくなる。勝機があるとすれば一発目の攻撃をしのいだ直後、これしかなかった。
全力で弾き飛ばされるのを踏ん張る。草原は銀色の閃光に包まれ、俺の周囲の草花は剣圧で弾けて消えた。
なんとか耐え切った俺は、驚いている表情のトマスに向けて、渾身の力を込めて剣を振った。
『明けの明星』
振った剣先から黄金の光がほとばしり、トマスを包み込む。加減を知らない俺の『明けの明星』は丘を一つ潰すほどの威力を持っていた。そのとき、勝負はすでについていた。
衝撃波が収斂し、光が消えた頃、その中心地にトマスが倒れていた。袈裟斬りに左肩から右の脇腹にかけて下は失われていたが、驚いたことにトマスはそれでもまだわずかに息があった。
「フィオナ!回復を」
俺が叫ぶが、「いらん!」とトマスはそれを止めた。
「なぜ、明けの明星を。ミカエルの技を」
血を吐きながら悔しそうにトマスが言った。俺は何も言えず、ただトマスを見下ろしていた。
「ミカエル。無念だ」
トマスは深く息を吐き、それからまた深く息を吸って目を見開いた。
「エリオット。すまない。俺たちは無力だ」
トマスはそう言って目を閉じ、そのまま永遠に目を開けることはなかった。
介添人たちが俺たちに向かって歩いてくる。
エリオットは、転生の犠牲になるために親に売られたが、クロエはその事実を転生の時まで知らなかった。剣が上達して騎士団の一員として認められれば転生の犠牲にならずに済むかもしれない。
ミカエルとトマスはだからエリオットを鍛え上げたが、2人は転生の前に無力だった。
俺はただ剣を草原に放り投げ、空を仰ぐことしか出来なかった。