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第六話 囚われの太陽

1

王都に初めて着いた日、あの大きな塔は一体何かとミカエルに尋ねたら、あれは罪人を閉じ込めておくための牢獄だ、と答えた。


あの塔には鉄格子がかけられていて、まず脱獄は無理だが、万が一鉄格子を外せたとしても真っ逆さまに地面に落ちて即死する。そのために罪人は塔に閉じ込めておくのだ、と。


あの時はまさか自分がこの塔に幽閉されることになるとは思ってもみなかった。しかもミカエルの殺害の容疑で。


状況的に考えて俺が疑われるのも不思議ではない。『獅子身中の虫』は全ての者に害をなす。『生命の根源』ですら生命を救うことはできない。


ミカエルが死んだ夜のことを思い出すと、暗澹たる気分になる。思い出すのはあいつの美しい死顔と、アンナの悲痛な叫び声だ。


一方で、俺はミカエルの『明けの明星』を手に入れたらしい。試しに昼飯で配膳されたスプーンで試してみたらきちんと能力を使うことができた。


かなり威力を制御したつもりだったが、石でできた壁にざっくりと傷がついてしまった。多分本気を出せば鉄格子は簡単に壊せるだろうが、外に出たところで転落死してしまうだろう。しかし、『鋼の意志』を使えばどうだ?もしかしたら無事に脱獄できるかも。


そこまで考えて、すぐに頭を振った。

そんなことをしたら俺の能力が他人の死で強化される『血の代償』だと知られてしまう。そうなればますます身の潔白を証明するのは難しいだろう。


そもそもミカエルを殺したのは、一体誰なんだろう。真っ先に思いつくのはクロエだった。あの件がおきる直前、クロエはシャドウと会っていた。クロエなら俺が「獅子身中の虫』で出した毒薬を持っていても不思議ではない。もしそれをリィンカーネーションに渡していたとしたら、話は全て辻褄が合う。


この世界の司法制度がどういうものなのか、きちんと裁判が行われるのか?考えれば考えるほど嫌な想像ばかりが頭に浮かんでくる。


このままろくに裁判もなしに死罪、なんてことも考えられないでもない。そうなったとき、果たしてどうすれば生き延びられる?


なんの音沙汰も知らされないまま数日が無為に過ぎ去っていった。その間、寒さに凍えながら牢獄で夜を過ごした。


ある日の朝、そこに一人の面会者が現れた。看守がドアを開け、面会室に俺を案内した。鉄格子の向こう側にいたのはサリバンだった。


サリバンは看守がいなくなるのを待ってから俺に向かって言った。

「やぁ、イド。私は君を救いに来た」

その言葉はどんな言葉よりも甘く、抗い難い響きがあった。


2

「私は君を救いに来た。だから君は私に知っていることを全て、嘘偽りなく答えなくてはならない。いいね?」

俺は、わかった、嘘をつかない、と答え、それから続けた。

「俺はミカエルを殺してない。犯人は俺の毒を使ったのかもしれないが、それで俺が捕まるのはおかしい。狂ってる」

「もちろんだよ、イド。私もフィオナも、君がミカエルを殺したとは思ってない」

「じゃぁどうしてこんなところで拘束されなくちゃならない?真犯人を捕まえてそいつを拘束すりゃいい」

「その通りだ。今王都の警察が真犯人の足取りを追っている。彼らは優秀だ。だが、敵は何の証拠も残していない。状況はますます厳しくなるばかりだ」

「俺は無関係だ。第一あのとき一緒に夕飯を食べてた。そうだろ?そう証言してくれりゃ、ここから出られるんじゃないのか?」


「落ち着きたまえ、イド。私は君を救いに来た。そう言っただろう」

「一体、どうしたら?」

「私の質問に答えてくれ。どうして君は『獅子身中の虫』以外の能力を使うことができる?」

「それは」

俺は言葉に詰まった。本当のことをサリバンに話していいのだろうか?それともこれは何かの罠か?『血の代償』のことを話せば、その能力で『明けの明星』を受け継いだこともバレる。

そうなったらますます立場が危うくなるのではないか?


「それは俺が牢獄から出るのに必要な情報なのか?」

「ああ、必要な情報だ。この世界の司法はいささか風変わりでね。裁判の制度も法律もあるが、転生者の能力というのはその埒外にある。何故なら転生者ごとに法律を作っていたらとんでもないことになる。何ができて何ができないか?転生者にはバリエーションがあるからね。そこで転生者の犯罪については王立魔導連隊の連隊長、つまり私に判断が任される。

私は君の能力を正確に理解し、判断を下さなければならない義務がある」

そう言ってサリバンは続けた。


「私は王立魔導連隊として数多くの能力を見てきたし、私自身も『囚われの太陽』という名前の能力者だ。とはいえ、私自身が能力を使うことを求められることはほとんどない。連隊長に求められるのは適材を適所に送り込む才覚だ。


だから私は転生者の能力を診断するテストを考案し、全国にこれを配った。サリバン式適正テスト。君も受けただろう?


私は能力について熟知している。だから君がもし何か私に隠し事をしているとしても、君にとっては不利な状況であり、また何の利益もない、とここで強調しておこう。


さて、イド。君は審査会の際、奇妙だった。

『獅子身中の虫』のほかに何か能力がなければ、あの岩をまともに食らって無事なはずがない。君の本当の能力はなんだ?どうして二つの能力を行使できる?


君もこんなところは早く出たいだろう?だったら本当のことを言うんだ」


俺はしばらく黙っていたが、「本当に俺はミカエルを殺してない」と前置きしたうえで続けた。

「俺は、あの日、『獅子身中の虫』のほかに『鋼の意志』を使うことができた」

「『鋼の意志』、王都の魔法録に記録があったぞ。それはバルタザル子爵のところの転生者ロックが持っていた能力だ。そして君もバルタザル子爵の領内で転生してきた」

サリバンは興奮気味に言った。

「ロックは確か、野盗に襲われて死んだはず。君は死んだ人間から能力を引き継ぐことができる。そうだね?」

観念して俺はサリバンに言った。一刻も早くこんなところから出たかった。

「ああ、俺の本当の能力は、『血の代償』だ」


3

ほかに能力の真相を知る人間はいるか?という質問に、俺は嘘をついて、「誰もいない」と答えた。クロエの名前を出せば、彼女に危害が及ぶと考えたからだ。


質問はそれで終わりだった。サリバンの言った通り、その日の午後には俺は牢獄を出ていた。


しかし、完全に自由の身というわけにはいかなかった。バルタザルは今回のミカエル死亡を俺の仕業だと考えており、俺の身柄の受け入れを拒否しているらしい。


サリバンは馬車を回し、そこに俺を乗せた。

「お疲れのところ申し訳ないが」

と言って彼は目隠しを俺に渡してきた。

「これから行くところは誰にも知られるわけにはいかないんだ」

俺は疲れていて抵抗する気力も残っていなかった。すぐに目隠しをして、馬車に揺られた。


寒い牢獄でほとんど眠れていなかったので、馬車ですぐに眠りに落ちた。

「着いたぞ」


肩を揺すられて目隠しを外すと、そこは深い森の中だった。大きな木の根元に家が建っている。サリバンはさっさと玄関に向かって行くが、俺はこの景色に圧倒された。


木の一本一本が極めて巨大なのだ。そして家はすっぽりと木の中に取り込まれている。どのような技術でこんな建築ができるのか、俺には想像もつかない。それに、家の柱やドアや、あらゆる箇所が微妙に曲線を描いていて、しかもまったく破綻がないところにも驚いた。


俺は玄関に入り、サリバンにエントランスで待つように言われたので適当なソファの一つに座って待った。

エントランスは想像していた以上に広い。天井は高く、窓から自然の光が入ってくるので明るかった。ソファがいくつも置いてあったが、どういうわけかそのソファの一つに先客が座っていることには気がつかなかった。


「ここは昔、エルフという種族が隠れ家として使っていたのだそうだ。光の加減でこの家は完全に木の幹にしか見えなくなる」

驚いて俺が振り返ると、一人の老人がこちらを見ていた。


若い時はさぞ頑強な身体だったのだろうと思わせる大柄な体躯に、真っ白な髪と髭を蓄えた皺だらけの顔、服はフィオナが着ていたものとよく似た質素な白いローブだが、どこか只者ではないような気配がある。


「驚いたかね?これもエルフたちが残した魔法の一つでね。

この家は生きている。木が生きているのと同様、家自体が呼吸し、思考し、判断を下す。この家の中にいる人物は常に家から見られている。

家は人の心の中を読む。


エルフはこの家にある魔法をかけた。もし家が思考を読むことができないとき、木は人を隠すようになる。つまり、無心になれば木と一体化することが出来る。そしてそうなれば、他人に位置を気づかれない。よくよくエルフという生き物は用心深かったのであろうな」

「用心深かった?もうエルフはこの世界にはいないのですか?」

「残念なことに。最後のエルフが死ぬのをこの目で見届けたよ。美しい種族だった」


「アルカナ様!そんなところにおられたのですか」

サリバンが奥から出てきた。

「わしはずっとここにおったよ。サリバン。君がわしに気がつかなかっただけだろう」と老人はサリバンに向かって手を振った。サリバンの後ろにはフィオナの姿もあった。彼女はこちらを見ると、嬉しそうに笑って手を振った。


4

アルカナの所在はサリバンとフィオナ、それにサリバンのお付きの馭者以外の人間は知らない、極秘中の極秘だった。馬車に乗る前に目隠しが必要だったのも、エルフの隠れ家のような特殊な家が必要なのも、すべてはアルカナの所在を他の人間から隠すため。


『次元の渇望』

それがアルカナの能力だ、とサリバンは説明した。

「すべての始祖にして、転生者全員の能力を統べる。アルカナ様の能力は、次元を超えること。つまり、転生者を転生させたのは、アルカナ様の能力だ」

「じゃぁ、俺や、ミカエルやフィオナが転生したのも?」

「そうだ」

俺は目の前のこの老人に、次元を操る能力が備わっていると聞いてもにわかには信じられなかった。

「転生者が異能力をもって転生してくるのも、アルカナの能力だと?」

「いや、それは違う」

アルカナはサリバンから引き継いで答えた。

「異能力をもって転生してくるのは全く別の力が働いている。世界と世界の間に歪みを作り、そこに穴を開けることで転生者をこちらの世界に転生させるのがわしの能力だが、転生したときに転生者は一瞬だけどちらの世界にも存在しない、非実存という存在になる。

そのとき転生者は血肉を持たぬ純粋な情報だけの存在になるのだが、その情報が書き加わる。

世界の全てが記録されていると言われるアカシックレコードにアクセスできる一瞬の間に、何故か本来人間がもつはずでなかった異能力が加えられる」

「よくわからないけど、転生者がどんな能力を持つかは誰にも予想できないと?」

「その通りだ。そして、アルカナ様がいなくなれば、もうこの世界に転生者は来なくなる」

「なるほど、だからこんな場所に隠れているってわけか」


隠れなければならないのはアルカナだけでなく俺もそうだ。

サリバンは正規の手続きを踏んで俺を釈放した、と言ったが、王都に戻れば俺はミカエル殺害の犯人として見られることになる。


それに何より恐ろしいのはバルタザルだ。司法が手を下さないなら自分の手で、というくらいに俺を憎んでいると聞く。ほとぼりが冷めるまではこの隠れ家にいるのがいいだろう。


サリバンは王都で仕事があるので翌朝には馬車に乗って帰ったが、フィオナは残った。彼女がアルカナの身の回りの世話をしているらしい。炊事や洗濯をかいがいしくこなしていた。


つらくないか?と俺が尋ねると、

「いいえ。アルカナ様はとっても良い方ですし、尊敬していますからこのくらい辛くありません。それに、今はイドもいますから」

言ってからフィオナは少し赤くなって、「その、話し相手がいると気が紛れると言いますか。ほらアルカナ様は今はお休みなってますから」


不思議なことに、アルカナは一日のほとんどを眠って過ごしていた。老人とはこういうものなのだろうか?それとも何か理由があるのか?なぜ使用人ではなくフィオナがアルカナに付きっきりなのか?サリバンはまだ俺に話していないことがありそうだった。


フィオナの作った料理で夕飯に食う。ほとんどが菜食料理で、腐りにくい保存食だった。王都でサリバンが買ってきたものを少しずつ二人で食べていた。

「わたくしはもう慣れましたが、お魚やお肉がないとイドは物足りないかしら」

フィオナはそう言った。

「いや、全然。うまいよ」


それはお世辞でもなく本当のことだった。フィオナの作る料理はおいしかったし、夕飯の席でアルカナから聞く昔話は興味深かった。エルフの森でエルフたちを守るために戦った話や、王都の周りにいるゴブリンを退治した話、そのどれもが迫真に迫っていた。フィオナはよくエルフとの恋物語をアルカナにせびり、俺はドラゴンを退治する話を好んだ。


近くの川に魚が住んでいることを知った俺は工作して釣竿を作り、魚釣りをした。ボウズの日もあったが、概ねよく釣れて、釣れた魚をフィオナが料理して夕飯に並べた。なによりも魚を持っていくとフィオナが喜ぶので、その顔を見るのが楽しみだった。


ミカエルが死んだ時の夢を、はじめはよく見ていたが、近頃は見なくなった。なんだか若い夫婦とどちらかの父親の三人暮らしをしているみたいだ、と思うとこそばゆい思いがした。転生してきて今が一番幸せな時期だ。この時間がずっと続けば良い。そう思っていた。しかし、そうはならなかった。


一日だけフィオナがサリバンと一緒に王都に行く、という日、帰ってきたフィオナは馬車に誰かを連れてきていた。

馬車から降りたとき、「こんにちは」とその女が俺に挨拶した。

「久しぶりね」

クロエだった。俺は久しぶりの再会に、嬉しいと思うよりも何故か強い胸騒ぎを感じていた。

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