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第五話 明けの明星

1

「リィンカーネーション」

老婆はくるりと身を翻し、ミカエルに向かって短剣を繰り出した。ミカエルは身を捩ってそれをかろうじて避ける。


両者の距離があく。

ミカエルは剣を抜いて老婆を牽制した。


「この狭い路地では『明けの明星』もうまく使えまい」

間断なくリィンカーネーションの刺客がナイフを突き立ててくる。ミカエルはそれを剣で弾き、なんとか攻撃に転じようとするが、老婆の言う通り、ミカエルの大きな剣はこの狭い路地ではうまく扱えない。


「その女を渡してもらおうか。そうすれば生命は助けてやる」

路地の出口にいるリィンカーネーションの刺客は2人。俺は剣を抜くが、刺客がどんな攻撃を仕掛けてくるかわからない以上、迂闊に動けずにその場に止まった。


じりじりとこう着状態が続く。

すると、ちくり、と首を刺す痛みが走った。

『真紅の蠱毒』

いつのまにかサソリが首筋にいたらしい。

「刺されれば5秒と持たずにあの世行きだ」

リィンカーネーションの一人が言った。俺はその場に倒れた。


リィンカーネーションの刺客はゆっくりとフィオナに近づき、その腕を取ろうとした。しかし、フィオナの手に触れる前に力なく崩れ落ちた。


「何?」ともう1人が辺りを見回す。だがその方向に危険はない。足元だ。


俺はもう1人の足にもナイフを突き立てた。ナイフの刃は『獅子身中の虫』で猛毒に変えてある。

かすり傷が致命傷になる。毒の効果はてきめんで、2人目もすぐその場に倒れた。


「俺の身体は毒が効かない。卑怯だ、なんて言うなよな」

俺は立ち上がりながら言った。

もう1人の方もその場に倒れた。


路地の奥で老婆と少年を相手にしていたミカエルの方を見た。ミカエルは長剣と短剣の2本の剣を手に奮戦していた。


『明けの明星』

二刀流で放つ『明けの明星』は狭い路地でも器用に軌道を変える。動きの速い2人の刺客ですらミカエルの剣捌きにはついていくことができない。ミカエルは2人を斬り捨てた。


「無事か?ミカエル」

「イド、まだだ。気を抜くな」


視線の先にはリィンカーネーションの刺客が殺到していた。少し多いな、と気圧されていると、突然刺客は炎上し、それから数人の刺客は生きながら切断された。


「大丈夫か、フィオナ」

「サリバン!」

俺の後ろに身を隠していたフィオナが安心した声でその男に言った。

サリバンと呼ばれた男は40代くらいで黒く短い髪を撫で付けて眼鏡をつけている。細い顎と鋭い目つきは知性を感じさせた。王都の紋章をつけた白いローブを着ている。それは王都の魔法使いの証だ。

王都の魔法使いたちが何人もこちらに駆けつけてくるのが見えた。


2

「本当に、なんとお礼を言っていいものか。ありがとうございます。お二人は生命の恩人です」

フィオナが俺とミカエルに向かって言った。

「私からも礼を言いたい。フィオナを助けてくれてありがとうございます」

サリバンも頭を下げた。

「いや、イドが始めに異変に気がついたので。礼ならイドに言ってください」

ミカエルは俺の肩を叩きながら言った。フィオナとサリバンが俺の方を見て改めて礼を言った。


「王都の魔法使いの方ですか?」とサリバンに声をかけたのはクロエだった。戦闘中どこに行っていたのかわからないが、戦闘が終わるとちゃっかり戻ってきていた。

「ええ、そうです。王立魔導連隊の連隊長をしているサリバンと申します」

「今日ちょうど城に入隊審査を受けに行ったんです」

「ほぅ」とサリバンは俺とミカエルの顔を交互に見た。するとミカエルは俺の肩に手を置いて、「こっちのイドがね」と補足した。「なんでも毒に変える力です。それに加えて剣の腕も立つ」

「や、やめてくれよ」と俺が言うが、ミカエルは「どうして?お前の力を知ってもらういい機会じゃないか」と豪快に笑った。


そんなことで審査が覆るはずもない。そう思っていたが、予想以上に効果があった。サリバンは「『獅子身中の虫』の?」と表情を変えながら言った。

「そうです!ご存知でしたか」

クロエが身を乗り出して言った。

「会場で見ていました。そうか、あなたがあの時の。もし良かったらこのあと一緒にお食事でもいかがですか?フィオナを助けてもらったお礼もありますし」

「いいアイデアですわ!ぜひいらしてください」

サリバンの提案に、両手を叩いてフィオナが賛成した。

「もちろん、参加します!そうよね?イド、ミカエル様?」

何もしていないクロエが一番に言った。もちろん俺のほうには異存はない。バルタザルにもらったわずかな路銀で食う質素な飯よりもうまい料理にありつけそうだ。

「有難い申し出ですが、残念ながら先約がありまして。イド、クロエ、2人は遠慮せず行くといい」

ミカエルはそう言ってサリバンの申し出を断った。

「もったいない!せっかく王立魔導連隊の連隊長様とお近づきになれる機会だというのに」

「厚かましい申し出かもしれませんが、私からも可能であればぜひご一緒いただきたいですな。あなたは誉高きバルタザル子爵の騎士団長『明けの明星』のミカエル様ですね?かねがねお噂は耳にしておりました。一度お話ししてみたいと思っていたのです」

「せっかくの有難い申し出ではありますが、実は今日のために『青の晩餐』を予約していまして」

俺とクロエはそう言われてもきょとん、とするばかりだが、サリバンは訳知り顔で答えた。

「ほう、王都でもなかなか予約の取れないレストランですな。あれはいい店です」

「店主と馴染みでして。多少無理を言って入れてもらったのです」

「そうであればこちらも強くは引き止められませんね。どうか楽しんで」

「この埋め合わせは今度また」

去り際にミカエルは俺の耳元で、「イド、しっかりやれよ」と言って去っていった。

後でサリバンに聞いたところによれば、『青の晩餐』は王都では屈指のレストランで、よく王都の若いカップルがデートやプロポーズに使うのだそうだ。ミカエルの「用事」はきっとその関連のものだ。「だからあまりお引き止めするのも野暮というものでしょう」とサリバンは言った。


3

脂の乗ったサーロインステーキ、パテを載せて食べるクラッカー、豚肉の腸詰にサクサクのパイ生地に包まれたビーフシチュー。

運び込まれる料理の数々に俺は圧倒された。どれもこの世界に来てから食ったどんな料理よりも、いや、もしかしたら元の世界で今までに食ったものよりもうまい。


それに俺の隣にはあのフィオナがいた。彼女は俺のどんな話も熱心な眼差しで聞き、時に話に合わせて楽しそうに笑い、時に俺と一緒になって腹を立ててくれた。


終始サリバンは俺を褒め称え、重要人物扱いしたし、クロエはクロエでサリバンに俺を売り込むために誇張も含めて俺をおだてるものだから気分が良かった。


「ほぅ、騎士団で活躍を」とサリバンが聞くと、クロエは俺が剣の達人で、能力に頼らなくても何人も敵を斬り伏せることができる、とホラを吹くし、「ほぅ、野盗を退治された?」とサリバンが聞くと一人で10人の野盗を斬り殺した、とクロエは大嘘をついた。本当は野党側の死者は5人で、そのうち3人はロックが斬った。


何度も訂正しようとしたが、クロエの微妙に盛ったほら話のたびに「まぁ、すごい!」とフィオナが身を輝かせて俺を見るので、何も言えなくなって訂正する機会を失った。


「しかし、お怪我はされませんでしたか?」

サリバンが出し抜けに聞いてきた。

「怪我?ああ、リィンカーネーションの襲撃の時ですね?こちら側は特に何も」

「それはすごい。無傷ですか。流石に鍛えてらっしゃる」

「いや。そんな」と俺は頭をかきながら言った。

「では、審査の時はどうです?」

「審査の時?」

「えぇ。私の記憶では、雷を操る転生者のとばっちりを受けて岩つぶてが飛んできたようですが」


一瞬にして酔いが覚めた。あれを見ていたのか。

だとしたら、この答えは慎重に答えなくてはならない。本能的にそう直感した。

クロエの方も警戒心を持ったようで、こちらの方こそ見なかったが、黙って皿の上に視線を落としている。


転生者が持つ能力は一人につき一つ。それがこの世界の常識だ。サリバンは俺の能力が「獅子身中の虫」だけだと思っている。


「カタビラ」

ふいにクロエがそう呟いた。

「確か、鎖カタビラを下につけてたんじゃなかった?」

「ああ、そうだ」と俺はクロエの機転に感謝しながら言った。「鎖カタビラを着込んでいたんだ。忘れてた」

「まぁ、そうでしたの」とフィオナは無邪気に応じた。サリバンも「なるほど」と顎に手をやりながら言った。


その視線を感じながら、もし、今そのカタビラを見せてみろ、と言われたらどうなるだろうと想像して冷や汗をかいた。もちろん鎖カタビラなんて着ていない。ロックから継承した『鋼の意志』が俺を守ってくれたのだ。しかし、幸いなことにサリバンはそれ以上尋ねてはこなかった。


緊張したせいか、急にトイレに行きたくなって席を立った。用を済ませて夜風にあっていると、暗闇の中でクロエを見つけた。


「おい」と呼びかけようとしてクロエのすぐ近くに人影があるのを見た。ほんの一瞬だけだったが、黒いローブの中のその面には見覚えがあった。

「シャドウ?」


なんとなく声をかけるタイミングを逃して、俺はレストランに戻った。その後でクロエが席につく。俺に見られていたことには気がついていないらしく、変わった様子もない。


あれは見間違いだったのだろうか。

そう思っていると、レストランに一人の女が入ってきて、入るなり大きな声で言った。

「フィオナ様!?『生命の源泉』のフィオナ様はいらっしゃいませんか!?」


ドレスを着た美しい女だったが、顔面蒼白で酷く錯乱状態にあった。

「ミカエル様、ミカエル様が」


4

女は王都に住むアンナという仕立て屋の女だった。ミカエルの「用事」とは彼女と会うことで、二人は恋仲にあった。


アンナの話では、ミカエルと青の晩餐で会ったあと、ミカエルがアンナを家まで送る際、黒いローブを着たあやしげな人物とすれ違ったのだそうだ。


すると次の瞬間ミカエルは膝から崩れ落ち、口から血を吹き出した。何が起きたのか理解できず、オロオロとしていると、親切な老婆がこのレストランに『生命の根源』の能力を持ったフィオナがいると教えてくれた。もしかしたらフィオナの力でミカエルが救えるかもしれない、ということだった。


フィオナはすぐさまレストランを出て、往来に倒れているミカエルのもとに駆け寄った。次いで俺とサリバンがミカエルの身体を抱き抱え、レストランの主人に断りを入れて奥にミカエルを寝かせた。


ミカエルはすでに虫の息で、こちらが何を言っているのかも理解できないほど弱っていた。アンナは青ざめながらミカエルの手を握り、その名を呼んだ。

フィオナは落ち着き払ってミカエルに『生命の根源』の力を吹き込む。


後からフィオナに聞いた話だが、いくら生命を吹き込んでもあの時のミカエルには全く手応えのようなものを感じなかったそうだ。まるで破れた皮袋に水を注ぐみたいに生命の力はミカエルの身体を素通りしてしまう。


フィオナにとって、こんなことは初めての経験だ。どんなに重篤な患者であっても、『生命の根源』の力をほんの少し与えればたちどころに元気になる。それが、今までに与えたことのない量の『生命』を与えてもミカエルは生き返らず、それどころか生命は急速に失われていった。


これは初めての経験だが、フィオナにはある確信があった。


「これは、普通の毒ではありません」

その美しい顔を絶望に歪めながらフィオナは言った。

「これは、能力者の毒です」


アンナの腕の中で急速にミカエルの生命の火が失われていった。

王立魔導連隊の全員が遠慮がちに、しかし、確信を持って俺のほうを見た。


フィオナの能力でも治すことができないほどの毒。理屈から考えれば、答えは明白だった。

「獅子身中の虫」の力。誰もがそう思ったのだ。


「血の代償は払われた」

俺には正確にミカエルの生命の火が消えた瞬間がわかった。

しかし、アンナは決してそれを認めようとせず、泣きながら何度も何度も夜通しでミカエルの名を呼んだ。

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