絆
「うぃお疲れー」
「あぁ……お疲れ」
ハクバの隣に腰掛けた男は、手に持った飲物を一気に飲み干し、テーブルの上にある食事に手を付ける。
それに続いてハクバも食事を始めた。
(もう一週間も経ったのか。早いな)
ハクバはここ一週間、学生寮には戻っていない。
朝からすぐに移動できるよう、訓練を行う山から一番近い場所に住んでいるハァト帝国の学生の部屋に住まわせてもらっている。
その住人の名はクラップ=クラーク。
新入生の中で一番身長が高く、体も筋骨隆々としており、一見すると厳格で怖い印象を他者に与えがちだが、話してみるとすごく辺りが柔らかく、誰にでも丁寧に接することができる好青年、というのが現在のハクバの印象だ。
「にしても今日は助かったわ。ハクバが情報くれなきゃあと二時間はしごかれてたぜ。アグニ様完全にブブチギレてたよ」
「確かにな。でもコルトは連れて行かれたようだが」
「ははは、あいつぁいいんだよ。アグニ様にしごかれてむしろ喜んでんじゃないか?」
そんな他愛もない会話をしながら、ハクバ達は胃に食べ物をいれていく。
訓練が始まった頃のハクバは、疲労と筋肉痛で何も喉を通らず、嘔吐を繰り返しながら無理矢理栄養を取っていたが、今では自然に食事をできるようになっていた。
「正直言うとさ……ウーテ王国の奴らはいい印象持ってなかったんだよ」
クラップは、静かに語りだした。
「バンビ王女の悪名はハァトまで届いててよ。高い而力を武器に国内でも好き勝手わがまま放題してるプリンセスが同級生にいるってさ。んでそれに付き従って入ってくるのは、その腰巾着でいけ好かねぇ野郎だと思ってたんだけどさ」
「ふ……印象が変わったか」
「あぁ……めちゃくちゃ真面目で芯があって、何より根性がある。今日の訓練じゃ俺を含め一番いい成績を残してたのはハクバだしな。正直な見直したよ」
「それはどうも……ただ今回は許すが次にバンビ様の悪口を言ったら秒で叩きのめすからな」
「ははは、やっぱ真面目だなハクバは」
ハクバ自身も不思議だった。
今までならバンビの悪口を言った時点で、不敬だなんだとすぐに喚いていただろうが、今は相手の言動をしっかり汲み取った上で対応することができるようになっていた。
それは訓練を通してクラップと仲良くなったからなのか、それとも一回り大人になったからなのかは分からない。
だが、今一つ思うのは――サイに強く当たりすぎたなぁという反省だった。
「ハクバ……この際だからよ。一つ聞きたいことがあるんだけどいいか? もちろん無理にとは言わないし、この事をアグニ様に伝えるつもりもない」
「…………」
ハクバが無言でうなづくと、クラップは続ける。
「バンビ王女様と、ルルルちゃんっていったいどういう関係なんだ? なんでルルルちゃんはハァト帝国側じゃなくてあっちに付いていったのか理由が全く分からないんだ」
それについてはハクバも知りたかった。
あの日……サルーテン教授から弱いから而生獣討伐への随行を拒否された日。
バンビ、ハル、ヨノスケ、ナエ、ギンタ……そしてルルルが共に寮に帰ってきた。
そして寮でバンビやサイと少しだけ会話をしてまた別の場所へ行ったのを目の当たりにしてる。
その後バンビは而生獣討伐でいかに自分が活躍したかを尾ひれはひれをつけて大声で自慢していたから、ルルルが討伐に参加したことも知っている。
なぜ彼女が参加できて俺は参加できなかったのか。
サイに問いただそうともしたが、その時はあまりに惨めすぎて何も聞けなかった。
「悪いが……それは俺も分からない。でもなんか分からない強い何かを感じている」
「強い……なにか?」
バンビとルルルの間にある――なにか。
それはバンビとサイについてもずっと感じていた。
ハクバが初めてバンビと会ったのは、サイよりも前、姉ハナエが第一分団長に任命される日のことだ。
初めてガルニデ王へ挨拶をした行った時、その傍らにバンビ様はいた。
父に連れられガルニデ王に挨拶すると、横にいたバンビがちょこちょことハクバに近づいてきて、いきなり生卵を顔に投げつけてきたのだ。
予想外の出来事にハクバはその場で声を上げて泣き、バンビはそれを見て大笑いしていた。
正直その出来事があまりに衝撃すぎて、それがハクバが覚えているもっとも古い記憶になっていた。
だが、数年後、再びバンビと顔を合わす機会をハクバは得た。
王立ウーテ学院の入学式のことだ。
ハクバ自身、苦い思い出もあってか正直会いたくないと思っていたが、久しぶりに会う彼女は記憶の中にある彼女とは全くの別人だった。
入学式でたまたま目が合うとバンビは隣に同じく入学した一人の男子児童を連れ立って近づいてきてゆっくり手を差し出した。
もしかしたらまた酷いイタズラを、と思ったがこれまた予想外の言葉が耳に入る。
「あの時はごめ~んね。ちょっち調子こいてましたわ私~」
まさか一国の王女、それも次期の王として最有力候補として名高いバンビが、数年前のちょっとしたイタズラを覚えていて、それを謝ってきたのだ。
ハクバはただ顔を真っ赤にして何も言い出せず、ただ首を数回縦に振って見せると、バンビは満足して隣にいた男児とスタスタと歩いて行った。
その男児がサイ=ダマスカス。
その時から今の今まで、バンビとサイの二人の間には、自分では辿り着けないなにかを持っているとハクバは感じていた。
「その何かが俺にはわからないので、本人に直接聞くしかないとは思うが」
「そっか……でもなぁ、それでも俺にはルルルちゃんがアグニ様より王女様を選ぶとは思えないんだよなぁ」
クラップは頭を悩ます。
これは言ってもいいものなのかどうか。
だが、この短いが濃密な期間を過ごして、クラップはハクバを信頼に足る人物だと認めていた。
「ルルルちゃんはさ……而有種なんだよ」
「……噂では聞いたことがある。而生獣と人間から生まれた禁忌なる存在だと」
「勘違いするな……ルルルちゃんの親はどっちも普通の人間だよ。ただ遡るのも不可能なご先祖様の誰かが而生獣だったというだけ。それがたまたまルルルちゃんに強く出てしまっただけだ。ウーテ王国ではどう伝わってるか知らんが、もしルルルちゃんに禁忌なる存在だとかなんだ言ったらマジで殺すからな」
クラップの目にわずかながら殺気が宿る。
どうやらこれは本当にその覚悟があって子の事を放しているようだ。
それならばとハクバも姿勢を正し真正面から向き合うことにした。
「分かった……肝に銘じておく」
「おぉ……でまぁやっぱりそれが原因で小さい頃からいろいろと差別や迫害を受けてきた。実際ルルルちゃんの両親は…………無理心中を図ったんだ」
「…………っ」
「で、ルルルちゃんだけは生き残ったんだが、当然引き取り手はいなかった。なので而有種の軍事転用を考えていた帝国軍が、ルルルちゃんを兵器として育てるようにとハァトマン一族……つまりアグニ様の一族が預かることになった。まだ五歳くらい時だと思う」
「……ひどい話だな」
「でもそれがよかったんだ。実際ハァトマン一族でルルルちゃんがどういう扱いを受けたのかは知らないが、今はこうしてアグニ様とともにこの学校に入学できるくらいになっているし、ルルルちゃんがそんなつらい過去があってものほほんと健やかに過ごしていけるという事実がある。おそらくだがアグニ様が矢面に立って彼女を守っていたんだと思う。実際ルルルちゃんに話を聞くと、アグニ様と二人でいる時はずっと笑顔でいるんだとさ……俺はアグニ様の笑顔なんて一度も見たことないし、想像すらできないけど」
クラップは大きく笑い、ハクバもまたアグニミリアの笑顔を想像して吹き出しそうになった。
「……だからこそ信じられないんだわ。アグニ様じゃなくてウーテの王女様を選んだことがさ」
「そうだな……でもそれ以上にアグニミリアがそんなに人道的な奴だったとは思えないが」
「そう思うのは仕方ないな。だって今はルルルちゃんを奪われて鬼モードに入ってるからな。本来はアグニ様が鞭でルルルちゃんが飴で、なんというかいいバランスでやれてたんだよ。もう少し扱きも優しかったよ」
「くっそ……入隊のタイミング間違えた」
「あはははは」
ひとしきり笑った後、クラップは再び真面目な顔をして、口を動かした。
「正直に言うと俺はさ、級長がシナーク皇子様になろうが、ダマスカス開発の御曹司様になろうがどっちでもいいんだ。でもアグニ様に負けは相応しくない。だからアグニ様の理想を叶えるため全力を尽くす。俺や他の連中が忠誠を誓っているのは、帝国でもシナーク皇子でもなく、アグニミリア=ハァトマン……ただ一人だ」
そしてクラップは頭を下げる。
「この戦い……絶対に負けられない。ハクバもいろいろと思う所があるかもしれないが、今回は全力で戦ってほしい。たとえ相手が――王女様であってもだ」
ハクバはクラップの肩を叩いた。
「言われなくても全力で戦うさ。そうじゃないと俺は俺を取り戻せない」
サイとバンビ様は、俺のずっと先を歩いている。
そんな二人の横に何のしこりもなく立ってともに歩いていきたい。
その為に俺は――この道を選んだんだ。
「ありがとう……ところでハクバ。もうそろそろ時間じゃないのか?」
クラップは壁掛け時計を指さす。
時刻はまもなく8時を迎えようとしていた。
「あ、やばい完全に遅刻だっ! 悪いが片づけ頼む」
「了解。つか期待してるぞ! ハクバの『秘密の特訓』の成果をよ」
「あぁ楽しみにしててくれ」
そう言ってハクバは部屋から出ようと立ち上がった。
そしてドアノブを掴んだ瞬間に、一言伝えておいた方がいいことが頭に浮かび、振り返る。
「クラップ……お前はシナークとまともに会話したことあるか?」
「……そうだな。継承順位は低いけど一応皇子様だからな。結構話買えkてくるけど、だいぶ気を使ってるよ」
「なら一度、真正面から向き合ってみるといい……あいつ、結構いい奴だぞ」
そう言ってハクバは部屋を飛び出した。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「遅いぞハクバ=ミスミ! もう10分と25秒の遅刻だ!」
「はは悪いな。ちょっと青春っぽいことをしててな」
完全に日が落ちた夜。
ハクバとシナークの二人が落ち合ったのはナハト賢王修学院の野外訓練場。
既に明かりはなく照らすのは月の光だけだった。
「せ……青春! な、なんだそれ詳しく聞かせろ!」
シナークは、じりじりとハクバに詰め寄るが、ハクバは逃げるように距離をとった。
「お前はもっとそういう感じで素を晒した方がいいぞ。きっとハァトの連中は分かってくれる」
「な、何を言ってる。俺はハァト帝国の皇子だ。皇子として国民と会話をするときは常に威厳を保たなければ示しがつかないだろうが!」
「そうだな……俺も同じように思ってたよ」
立場とか環境に囚われてばかりで、大切なものの扱いをずっと間違えていたんだ。
「ハァト帝国の皆には感謝してる。もちろんお前にもだシナーク」
「お、おぉそうか。それなら思う存分感謝するがいい。俺も気分は悪くないのでな! あはははは」
ハクバが遅刻してきたことなどすっかり忘れたようで、シナークは胸を張って笑っている。
「はいはい、揃ったようなので始めますよ」
暗がりからすぅっと人影が浮かび上がり、ハクバとシナークの前にニニエロが現れる。
「ニニエ――」
「――尊師ニニエロっ! なんということだ全く気配を感じなかった! さすがです!」
シナークが興奮気味に詰め寄ると、ニニエロもまた逃げるように距離をとる。
「おぉシナーク君……ちょっと落ち着いて」
「落ち着いております尊師!」
ニニエロもシナークの本性がこういう感じだったとは予想していなかったようで、若干動揺している。
「えぇと、明日が虚空交鋒の本番なので今日は仕上げです……今日は二人に而術の使用も許可した状態で戦ってもらいます」
ニニエロの発言を予想していたのか、ハクバもシナークもゆっくりと頷いて、お互いをみる。
「ハクバ……日中の訓練の疲れが残っていたからだ――と言い訳する準備はできているか?」
「シナーク……お前が完膚なきまでに俺に叩きのめされても、誰にも言わないと約束しよう――王子様の威厳の為にな」
にやりと微笑むと、両者はニニエロからの合図を待った。
「虚空交鋒は仮装の而術領域で戦うため、ここでいくら怪我しようが関係ない。お互い本気で殺すつもりで戦いなさい」
……それでは――開始ッ!
ニニエロの合図をきっかけにハクバとシナークの二人は一気に駆け出した。
暑くなってきましたが、頑張って書いてます。
R5.7.6




