級長
ナハト賢王修学院は、学生自身が受けたい講義を選択することができる。
それは新入生であっても例外ではなく、自分の興味のある、あるいは適正のある分野を自分の意思で決めることになる。
なのでスタートラインは同じであっても、戦闘技術としての而術を学びたい者と、而術自体の研究に励む者ではゴールラインが大きく違う。
その結果、サルーテンのように而生獣に正対について突出した才能の持ち主を輩出することもあれば、若くしてウーテ王国騎士団の分団長に就任したペロリ=コリンリリスのような戦闘に特化した人材も現れる。
何をするにしても自分の意思で選ぶ。
それがナハト賢王修学院の校風である。
とはいえ、入学したてのひよっこたちにはまだ自身が何に興味があり、適性があるかなど自覚している者はいない。
故に第一学年においては必修の基礎科目も多いため、学年単位で動く【学級】のシステムが導入されている。
「皆さんおはようございます」
決して声量があるわけではないが、この場にいる皆に聞こえるようにニニエロは第一声をあげた。
「本日から本格的に本学院での生活が始まります。まず初めましての方が多いので自己紹介をさせていただきます、第一学年の統括した指導を担当する学級担当教師のニニエロ=バルジネスと申します」
ニニエロは目の前の学生たちに軽く頭を下げると、隣に立つカガチに視線を送る。
「担当とは言いましたが、何分私は学校という場所でまともに生活したことがありませんので、そのサポートを本修学院の卒業生でもあるカガチくんにお願いしています」
「おはようございますっ! カガチ=クモムラです。皆さんとは学生と教師という立場になりますが、困ったことがあれば何でも相談して下さい。これからよろしくお願いしますっ!」
ニニエロとは異なり快活とした様子で学生に微笑みかけるカガチ。
第一印象ならば間違いなくカガチが圧倒的に優位だろう。
(いや中身を知ってもニニエロの印象はよくなることはないか。なんせ元々は自分のために王女を殺害しようとしたんだから)
サイは正反対な二人を見たあと、あたりをぐるりと見渡した。
サイを含め新入生の十八名は、おもに座学を行う講義棟【知】の一角にある小さな教室に集められた。
ここが日本で言う所の教室に当たるのかと考えたが、この場所も時間毎に別の講義が入るので特に自分の席が決まってはいない。
「なんか中学とか高校っていうより大学みたいな感じなのね」
いつも通り隣に陣取るバンビが机に肘をつきながらに呟いた。
「え……バンビ。大学行ってたの?」
「転生するその時もバリバリ女子大生だったわ。公表はしてなかったけどさ」
「…………Fラン?」
「……はぁ? ……調子こくなよこのキモオタが」
「あはは……すいませんでした」
バンビとの談笑(仮)を終え、再びニニエロとカガチの方に意識を向ける。
「これまでの学校とはシステムがいろいろと違うから、すぐに自身のカリキュラムを決めるのは難しいと思います。そのため選択科目については、選択まで二週間の猶予があり、その間はすべての講義に参加できるようになります」
ニニエロが淡々と説明を続けていると、教壇から最も近い席に座っている学生が手を上げた。
ハァト帝国からきたシナークだ。
「……シナークさんどうぞ」
「はい。すべての講義というのは、第一学年ではまだ選べない専門科目も受講可能なのですか?」
「いい質問ですね……ご指摘のとおりすべての講義参加可能です。専門科目は特定の講義を経てからでないと受講できないものをありますので、事前にその先の講義を見学することで今必要な講義を選択することが可能となります」
ちなみに……とニニエロは続ける。
「私の講義である【黒の而術及び色色而術の応用ついて】は第二学年から受けられるようになりますが、それを受講するには前段階としてカガチくんの【黒の而力の基礎】の単位が必要になります。興味がある方は是非覚えておいてください」
「――はいっ! ありがとうございます!」
シナークは溌溂とした声でお礼を言うと、かぶりつくようにニニエロを見つめる。
この席からだとシナークの表情はうかがえないが、入学式のようなとがったオーラは感じられず、なんとなくニニエロに対して畏敬に近いような感情を抱いているような印象をサイは感じ取った。
あの時にニニエロの強さに痺れちゃったってことか。
できれば彼とはあんまり近づきたくないから、ニニエロやカガチさんの講義は選ばないようにしよう。
「その他細かい説明は配布資料にある通りなので、各々が目を通しておいてください。講義以外のここでの生活については、ニニエロ先生よりも私の方が詳しいので、何か困りごとがあればいつでも声かけてください」
カガチが付け加えて説明すると、ニニエロは、満足そうに頷いた。
そして一度咳払いをして口を開く。
「最後にでずが、第一学年については学年単位での必修科目や研修が多いので、学級単位で行動することが多いです。そのため第一学年の取りまとめ役、つまり級長を今のうちに決める必要があるのですが、誰かやりたい人はいらっしゃいますか?」
すると、いの一番に手を上げたのはシナーク。
そしてもう一人「はいはーい私がやる―!」と気の抜けた声を上げて手を上げたのはバンビである。
「な、なんだ貴様! ナハト賢王修学院の級長は代々ハァト帝国の学生がやるという伝統があるんだ今すぐその手を下げろ」
「アンタこそ誰よ。このクラスの代表になるのだとしたら、最強かつ優れた血統を持つバンビ=ウーテ様以外に選択肢はないでしょ!」
「……お前が噂の」
「あら、外国にも私の名声が届いているのね」
シナークはクスクスと嘲笑う。
「あぁ、而力しか取り柄のない性悪クソビッチプリンセスだってな」
「ななななななにをー! 何たる不敬! まぢ万死なんですけどぉ!」
「はっ……悪いがここはウーテ王国じゃないから不敬でもなんでもないさ。自分の国でしか虚勢を張れないんだからさっさと退学したほうがいいぞ」
「ムキィィィ――! なんなのこいつ嫌い! ちょっとニニエロこいつ何とかしなさいよ!」
ニニエロは表情を崩さずバンビを見る。
「何とか……とは?」
「そんなのボッコボコにしてパンツ一丁で土下座させなさいよ。これは命令よ! 私の命令は絶対!」
「そうですか……でもどうやら本気ではそう思ってはいないようですね……」
「な、なによそれそんなことないんだけど! 本気よ本気! 本気と書いてまぢ!」
「ん~……命令であれば私の意思に関わらず体が動くのですがそうはならないみたいですね。となると立場上いち教師が学生に危害を加えるのはできかねますね」
「はぁぁぁ何それ私に逆らうって言うのニニエロの癖に――」
「――バンビいいから落ち着けって、みんなひいてるぞ」
サイは顔を真っ赤にして今にも暴れだしそうなバンビの口を押え、強引に席に座らせる。
「うぅぅぅぅぅぅ! ババベェェェ(離せ)!」
「と……とりあえず多数決にしませんかニニエロ先生?」
カガチが横から告げると、ニニエロは大きく頷いた。
「そうですね。ではシナークくんがいいと思う方は手を上げてください」
するとシナーク含めハァト帝国9名が手を上げる。
「続いてバンビ様がいいと思う方」
手を上げたのはただ一人、ハクバのみだった。
「……ちょっなんで誰も手を上げないのよ意味わからないんだけど!」
「いやいやこんだけ派手にやらかしてるんだから、手を上げないでしょバンビちゃん」
事の成り行きを静観していたヨノスケが割って入る。
「つかバンビちゃん本当にやりたいの? 級長なんて聞こえはいいけど実質雑用係だと思うんだけど」
「それは副級長になる予定のサイが雑務を担うので」
「なら最初からサイがやりゃあいいんじゃないの――ねぇニニエロ先生」
ヨノスケの声にニニエロが反応する。
「……なんでしょうか?」
「これ推薦もありですか?」
「もちろん大丈夫です」
「……じゃあ俺はサイを級長に推薦します!」
ヨノスケが手を高く上げると、それに続いてハァト帝国以外の生徒がゆっくりと手を上げ始める。
ハァト帝国の9人、サイ、バンビ、ハクバを除いた6人がサイを推す。
「え、え……どういうこと?」
一人の生徒がゆっくりと口を開く。
「級長をやるなら、実力的にヨノスケ君だと思っていたので……彼が推薦するのであれば」
手を上げた生徒は皆、賛同するように首を縦に振る。
「ということなんでサイ君よろしく~」
と一言だけ残すと、机に突っ伏して眠り始める。
「……ということですがサイ君。この結果を受けてあなたはどうしますか?」
ニニエロは落ち着いた声でサイに語りかける。
サイは一度周囲を確認する。
ハァト帝国の学生からはほぼ敵意のある視線。
特にシナークは今にも殴りかかってきそうなほど睨んでくる。
一方、サイを推す学生はすがるような眼で見てくる。
別にサイが級長にふさわしい……というわけではない。
というよりシナークやバンビにはやって欲しくないという意思が感じられる。
そしてハクバはこちらを見ず、ニニエロの方を見ており、真横にいるバンビは、さっきからずっと軽めの腹パンを繰り返し、「やめろ……やめろ」と呟く。
……だめだこいつ、はやくなんとかしないと。
「わかりました。ではヨノスケ君の推薦を受けます!」
「はぁぁぁ何言ってんのバカなの万死なの?」
バンビはさらに腹パンに力を込める。
サイはそれを受けながら、この選択は間違いないと確信する。
どうせバンビが級長になっても、雑務は自分がやることになるだろうし、むしろ級長の方がバンビの暴走を抑えられる分良いのかもしれない。
「ではこれで、シナーク君が九票、サイ君は七票、そしてバンビ様が二票ですね。このままだと多数決でシナーク君が級長となりますが……どうしましょうかバンビ様」
ニニエロがバンビに問いかける。
バンビはぐぬぬと歯を食いしばる。
そして諦めたのか、大きく息を吐いて、
「じゃあ私はサイに一票。サイを級長にして、その影で私が暗躍するっていうのも悪くないしね」
バンビは続けて立ち上がって、ハァト帝国の学生たちが固まっているあたりを見る。
「というかルー! なんでアンタ私に入れないのよ!」
「ひぃぃぃぃやっぱりバレた」
バンビに指摘され、ルルルは頭を抱える。
「どういうことだルルル。あんな野蛮な奴と知り合いなのか?」
「し……知り合いというか。先輩というか……」
「先輩? 同学年だろ……」
「あ、いや、その……」
ルルルはバンビとシナークに挟まれて冷や汗が止まらない。
「ルー。そんな奴無視してこっちにきなさいよ」
「何を言ってる? ルルルは同郷の仲間だぞ!」
「私たちはそういうレベルじゃないのよ。いいから外野は黙ってて」
「……なんだと!」
「なによ!」
今にも喧嘩になりそうな空気に耐え切れなくなったのか、ルルルは立ち上がってバンビの下へ駆け出した。
「ごめんなさいシナーク君。先輩の言うことは絶対なんです。バンビ先輩に一票!」
「…………そんな」
予想外の謀反によりシナークは言葉を失う。
「ぎゃははははは。これで逆転! 私たちの勝ちね! そうよねニニエロ」
「そうですね。これでサイ君が九票、シナーク君が八票ですね。ハクバ君はどうします? バンビ様から変えますか?」
ハクバは一度、バンビの顔を見た後に、サイを見る。
いや、見るというよりも睨んでいるに近い。
もちろんサイはハクバから睨まれたり憎まれ口を言われたりすることには慣れていたが、今回の視線は何かが違う。
どう言葉にしていいか分からないが、一言で言うなら覚悟を決めた男の顔をしていた。
「私は…………シナークを級長に推薦します」




