赫(キルクヌイ)
「アンタふざけてんの? あと一歩で死ぬところだったでしょ! 私逃げろって言ったよね!?」
「あぁ……うん。でもなんというかいけるかなぁと思って……あははは」
「笑ってんじゃない! まぢ万死なんだけど!」
燃え尽きた而生獣の横でへたり込むサイを、バンビはポカポカと叩きながら声を荒げる。
その様子をみて、ナエはやっと肩をなでおろした。
「サイ君、バンビちゃん……体は大丈夫? どこか痛いところはある?」
「僕は大丈夫です。逃げ回っていたので疲れはありますが、まともに攻撃は受けていませんし、而力はバンビの使ったので」
「当然私もまだ余裕よ。体感だけど而力はまだ八割以上残ってる!」
「……それなら何より」
ナエは灰となった而生獣の周りをぐるぐる回りながら、状態を確認する。
また新たな個体として復活する可能性もあるので、燃え残っている肉片を確実に処理しつつ、そのサイズを計っている。
自分とギンタとが倒した個体よりはるかにサイズが大きい。
少なく見積もっても五倍はある。
加えてサイが倒したという事実から、この而生獣は黄系統の而臓を持ち、バンビの而術は一切通じてないのは明白。
二人にとって天敵であるのは間違いないが、それを見事に打倒したのだ。
「……内部から燃やすっていうアイディアも素晴らしいわ。そうしないとこの而生獣は復活してたかもしれない」
「あっ、復活しましたよ」
「え?」
「復活というより脱皮に近いかなと。一回、赤で燃やしたんですが、表皮しか燃えなくて中から同じ而生獣が出てきました」
「……ほんとに?」
「本当よ! 最初の奴はあと二回りくらい大きかったわ!」
「…………化物じゃない」
「ほんと化物でした。もう戦いたくないですね」
そっちじゃなくて二人が化物って意味なんだけど……とは言わずナエは一度頭を掻いた。
「……とりあえずあと一体、おそらくヨノスケの方にも出現してるはずだからそっちに向かいましょう。ギンタもそっちに向かってる。でもまぁヨノスケ一人でも勝てるとは思うけど」
「……ヨノスケさんってそんなに強いんですか」
「強いっていうか……反則に近いわね。一対一なら最強だと思う」
最強という響きに違和感を覚えたサイ。
「ゴウマ……王の剣相手でも勝てる……と」
「ふふ、どうだろうね。私は王の剣と面識はないから分からないけど、ヨノスケの実力はよく知ってる。次の王の剣はヨノスケだって確信してる」
ナエの力強い返答に生つばを飲み込む。
「あーっはっははっは! 何言ってるのよ。次の王の剣は私に決まってるでしょ。圧倒的な而力であの老害モラハラ脳筋ジジイに引導を渡すのはもう決定事項なんだからね」
大声で自信満々に叫ぶバンビをみてサイはため息をついた。
「ほらそこ呆れたようにため息つかない! せっかく拾ってきてあげたのにいらないのコレ?」
バンビの手元に、而生獣の雷撃を防ぐために放り投げた斐劔が収まっていた。
「あ、いるいる」
「いるいるじゃないでしょ? ありがとうございます……でしょ?」
「ありがとう……ございます」
「よろしい」
バンビから斐劔を受け取り、状態を見る。
あの強力な一撃を受けたにもかかわらず、刃こぼれ一つない。
億単位の素材を使っているだけはある。
「……準備はいいかな。行きましょう」
ナエの言葉に頷くと同時に、行こうとしていた方角から、騒音が聞こえ始める。
木がなぎ倒される音。
大きな獣の足音。
そして「ビリリィ」と特徴的な而生獣の声がどんどん近づいてくる。
「うぉぉぉいナエぇぇぇぇ大丈夫かぁぁぁぁぁ!」
だがそれよりも早く、ギンタの姿が確認できた。
小さな女の子を小脇に抱え、さらにもう一人背負って走っている。
ルルルとヨノスケだ。
「ギンタっ!」
「ナエッ! 他のみんなも無事か! 二人を頼む」
目の前に現れたギンタは、ルルルとヨノスケをナエに押し付けるように預ける。
ルルルの方は特に外傷はないが、ヨノスケはひどく消耗し気を失っている。
そしてどういうわけか、ヨノスケの肌には梵字のような文様が浮かんでいる。
「よし、じゃあ行ってくる」
そう言って来た道に戻ろうとしたギンタをナエは腕をつかんで強引に止める。
「ちょっと待って! まず説明っ!」
「えーっと…………任せたぞハァト帝国の君!」
説明を託されたルルルは、一目散にバンビの胸に飛び込み顔を埋めた。
「うぇ~んボンビー先輩……怖かったぁぁ」
「あぁ分かったわかった。分かったから説明して。あとバンビね次間違えたら万死」
「……うぅ、分かりました」
ルルルはこれまでの経緯を説明した。
やはり皆と同じようにヨノスケとルルルの下にも肉塊から新たな而生獣が、産まれて襲い掛かってきた。
そしてその而生獣をヨノスケが倒したが、その際に敵の攻撃を正面から受け止めて気を失ってしまう。
そして介抱している時にギンタが現れたが、それと時を同じくして倒したはずの而生獣が一回り小さくなって復活。
ギンタ単独ならば対応できそうだが、二人を庇いながらの攻防は難しいと判断して逃げることを選択し、今に至るというわけだ。
「――というわけで行ってくる!」
「だから待ってってば!」
「なんだナエ。このままだとここにあいつがくるぞ」
「まだ説明が終わってない。ヨノスケの体にかいてあるこれ何?」
「あぁそれのことか! それはすごいぞ!」
ギンタは勢いよくルルルを指差しった。
「それは……わ、わたしの而術です。而力で文字を刻むと一時的にその人の身体機能とか而術の効力を高めることができるんです。ヨ……ヨノスケさんに刻んであるのは自己再生能力をあげる文様です。完璧に治療できるというわけではなくて申し訳ないけど、やらないよりはましかと」
「そういうことだ! ちなみに俺も書いてもらったから体がすこぶる軽い!」
そういってギンタは腕に刻まれた文字を見せつける。
「……なるほど、而生獣にやられたものじゃなくてよかったわ」
「そうだな! じゃあ俺はささっとあいつを倒してく――ぶぇ!」
ナエがギンタの口を押える。
「――だったら、私やサイ君にも文字を書いてもらって、ここで迎え撃つのが一番ね」
「……ばひかに(確かに)」
ナエはルルルを見て「私にもやってくれる」と腕を差し出すが、ルルルは首を横に振る。
「まだ私が未熟だからっていうのもあるんですが……この而術を同時に使えるのが二人までで……ヨノスケさんのは外せないから――」
「――だったら僕にやってくれ天使ちゃん!」
ここでサイがナエやギンタの間を割って声をあげる。
「……サイさん?」
「ナエさんギンタさんすいません。でも僕の考えが正しければ、現状この場で一番強力な攻撃ができるのは僕だと思います」
「……本気で言ってるの?」
「……はい」
サイはナエの目をまっすぐ見つめながらはっきりと肯定する。
その迫力に気圧され、ナエは諦めたようにサイの肩を叩いた。
「……わかったわ。じゃあ今すぐギンタにかかってる而術を解除して、サイ君にお願いできるかしら」
ルルルは小さく頷いて、而術を解いた。
ギンタに腕から文字が溶けるように消える。
「お、おいおいナエ。いくらなんでもサイ君にやらせなくても俺が――」
「ギンタ……私の言うことは?」
「……正しい」
ギンタは渋々頷いて、サイを見る。
「頼んだぞサイ君」
「はい。任せてください」
サイはルルルの下に近づき腕を伸ばす。
「これから赤の而術を使うから、その威力を上げる文字をお願い」
「……わかりました」
ルルルはサイの手に触れて目を閉じる。
すると、手の甲に赤の文様が浮かび上がる。
「サイ君! そろそろあいつが来るわ。私たちはどうすればいい?」
「僕の後ろにまとまっていてください。それだけでいいです」
サイは、手の甲を見ながら前に出る。
而生獣の声と木々を壊しながら強引に近づいてくる方向に視線を向け、二振の斐劔をしっかりの握りしめる。
(さっきナエさんが来た時、一瞬だけど間違いなく而術の火力が上がった)
それはどういうことか一度脳内で整理してみた。
一番最初に頭に浮かんだのは、他人から借りられる而力の量の上限が上がった、ということだ。
だが、そんな都合よくパワーアップするのは考えにくい。
だとすれば他の要因。つまりナエの登場が大きく起因しているはず。
となると考えられる可能性は一つ。
『ナエからも而力を借りた』ということだ。
あの瞬間、バンビとナエの而力を使ったことで火力があがったと考えれば、いろいろとつじつまが合う。
なら次に考えるべきは『同時に借りられるのは何人までなのか?』という点だ。
そしてその答えは、なんとなく分かっていた。
おそらく、上限はない。
ならここにいる全員の而力を限界まで借りれば、あの而生獣なら一撃で倒せる。
「ビリィィィェェェェェェ!!」
雄たけびとともに姿を現した而生獣は、真っ先にサイの下に突進してくる。
全身に雷を纏い、今すぐにでもあの強力な雷撃を放てる状況であったが、サイはそれを顧みることなく構える。
「ごめんね。一対一なら僕は君に勝てないだろう。でも、みんながいれば僕は――――『最強』だ!」
サイの持つ二振の斐劔から赤く猛々しい炎が放たれる。
二つの刃。
二つの赤。
「赤而第壱號ノ壱『赤』改メ――『赫』」
猛る二つの剛炎が、而生獣を切り裂いた。




