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因子

「ふぅ~……やっと動かなくなったか」


 ギンタはしびれが残る腕をさすりながら、数百を超える鋼鉄の鎖によって動きを封じられた而生獣(リュニオ)を見つめる。


「幸運なことに私の而術(リュニ)とは相性が良かったわ。生まれたばかりなのか而力(リューン)のコントロールができてなくて常に放電状態。鉄の鎖で繋いで漏電させればいずれ而力(リューン)は尽きる」


 而生獣(リュニオ)を拘束する鎖に触れると、ナエの掌に吸い込まれるように鎖が消えていく。

 そしてナエの手元には、のこぎりのような形状の短刀が残った。

 それをギンタに渡すと、ギンタは而生獣(リュニオ)をバラバラに引き裂く。


「こんだけ細かくすれば復活はしないだろうな!」

「それを判断するのは私たちじゃないわ。とりあえず持てる分は回収して教授まで届ける。持ちきれない分は、走りながら投げ捨てて、一か所にまとめておかないようにしましょう」

「了解だナエ」

「早く行きましょう……おそらく私たちの所に来た而生獣(リュニオ)が……一番弱い」


 ギンタはナエの指示通り小さな肉片を一定の間隔で投げ捨てながら全力で駆ける。

 目標は『一番大きな肉塊』が落ちた場所だ。


「俺は爆発の時目を閉じてしまったから分からなかったが、本当なんだな」

「えぇ、バンビちゃんの攻撃を受けて爆発した後、細かいのは除いて大きな肉塊が三つに分かれて飛んでいった。間違いないわ」

「で、一番小さいのが俺らの所に落ちたと」


 ナエは小さく頷く。


「そしてそれは而生獣(リュニオ)としてすぐに再生した。おそらくあと二体、同様の個体が生まれている。それも私達よりサイズも大きく而力(リューン)も多いのが」

「俺らの所に来てくれればよかったのに……」

「……おそらく、而力(リューン)の多寡で私たちの力を判断したんだと思う。綺麗に三手に分かれた中で而力(リューン)が一番多い組はサイ君とバンビちゃん。次いで、ヨノスケとハァト帝国の子」

「ははぁ~ん……俺たちは舐められたってわけかい。まぁ返り討ちにしてやったけどな」」

「でもそのせいで状況としては最悪よ。一番強いのがサイ君とバンビちゃんの方に言ってる可能性が高いわ」

「いやいや、あの二人なら余裕で返り討ちじゃないか? バンビちゃんがさっきのもう一発かませば終わりだろ?」


 ナエは、眉間にしわを寄せたまま無言でギンタを見る。


「え……なんか俺間違えたか?」

「……これは本当にありえない仮説なんだけどさ、もしこの仮説が正しかったら、あの二人じゃ絶対に勝てない」

「どういうことだ?」

「おそらく、三体とも……私達と同じく黄系統の資質を持った而生獣(リュニオ)」だと思う。だからバンビちゃんの而術(リュニ)は一切通らない」

「…………ナエが言うのなら多分正しいんだろうが、根拠はあるのか?」


 これから言うことがあまりに荒唐無稽だと自分自身でもわかっていた。

 こんなことは天下のナハト賢王修学院でも学ばないし、おそらくまともな研究者に言っても否定されるだろう。

 だが、ナエは自身の仮説に絶対的な自信があった。

 ありえないけど、それしか思いつかないという。

 通常ではありえない……でもあの而生獣(リュニオ)が目の前に現れたという事実が、そのありえない現象の一つの答えを示していた。


「あの而生獣(リュニオ)……明らかにバンビちゃんの影響を受けている」

「……どういうことだ?」

「バンビちゃんによって巨大な而生獣(リュニオ)は一度死んだ。そしてその後すぐに新たな而生獣(リュニオ)として生まれた。バンビちゃんの強力な而術(リュニ)により、この環境は黄系統の因子(キャリア)で満たされているため、黄の系統の而生獣(リュニオ)として私たちの前に現れた」

「……んなバカな話があるか。確かにバンビの而術(リュニ)により黄系統の因子がこの場に溢れたというのは分かる。だけどそんなすぐに而生獣(リュニオ)が生まれるわけないだろ! 討伐したそばからすぐに別個体として生まれ変わってたら、とっくの昔に人類は而生獣(リュニオ)に殺滅亡させられたるだろ」


 死んだそばから新たな個体となって而生獣(リュニオ)が産まれる。

 しかも産まれた個体は自身が受けた系統の因子を引き継ぐ。

 つまり倒された相手に対して鉄壁の免疫を持ってすぐに復活するのだ。

 そんなことが現実として起きれば、ギンタの言うようにとっくに人類はこの世にいない。


「そんなこと言われなくても分かってるわ。でもイレギュラーな何かが起こった可能性は高い。思いつく限りで最高にハッピー答えをあげるなら、バンビちゃんの而力(リューン)が凄すぎて、そのエネルギーで而生獣(リュニオ)が産まれたってとこかな」


 ナエのその口ぶりに違和感を覚えるギンタ。

 まるでそれが答えであることを望んでいるかのようだ。


「……ナエが思いつく最悪な答えは?」


 一度唇をかみしめた後、ナエは意を決して口を開く。


「特殊な而生獣(リュニオ)の出現にかこつけて、サルーテン教授が私たちを実験台にした……ってとこね」

「おいナエそれはないだろ! 教授は確かに頭のネジがぶっ飛んだ而生獣(リュニオ)オタクだが、それを理由に俺たちや猟士の命を軽視したことは一度だってないぞ!」

「――そんなことは私だってわかってる! でもそれ以上にあの人は自分の人生を而生獣(リュニオ)因子(キャリア)についての研究に費やしている」


 因子(キャリア)の影響を受けて生まれる而生獣(リュニオ)は、どんなに早くても三年はかかる。

 つまり而生獣(リュニオ)について、因子(キャリア)についての研究には、途方もない時間が必要である。

 そのすべてを明らかにするには長くても齢一〇〇という人間の生はあまりに短い。

 だが、個体が死を経験してすぐに、新たな個体として生まれてくる而生獣(リュニオ)が存在するのであれば、話は別である。

 数百年、あるいは数千年かかるであろう本研究を大幅に短縮することが可能だ。


「よく分からないけど、自分の研究のために命を犠牲にするなんてありえないだろ! 悪じゃないか!」

「この世に生きるすべての人があなたみたいなシンプル脳筋じゃないのよ」


 私だって…‥と言いかけてナエは口を閉じた

 人生をかけた研究者としての命題と、人間の命。

 サルーテンにとって、どちらに天秤が傾くかは分からない。

 自分に置き換えた場合、人としての倫理観を維持できるかどうかの自信は正直なかった。


「――俺は信じない! サルーテン教授はいい人だ!」

「……そうね、ギンタはそれでいい。とにかく今はやるべきことをやりましょう。でもちょっと予定変更。ギンタはヨノスケの方に向かって。このまま右にまっすぐ進めばいい」

「……まっすぐ?」


 ギンタは今走っている場所よりも、さらに藪が深く、獣すら通れないような場所に目をやる。


「そう『まっすぐ』、それが一番の近道。目の前にある障害は全部無視していい。ギンタならできるでしょ?」


 ギンタは「当然!」と腕まくりをして一気に右へと舵を切り、深い森の奥へと強引に進んでいく。


「本当に素直でバカで単純でうらやましいわ! ……だから好きになったのだけれど」


 ナエは少しだけ緩めた頬を軽く叩き、前を見つめてさらに加速する。

 この状況では、真相は分からない。

 だからモヤモヤを捨ててやるべきことをやるだけ。

 今やるべきことは而生獣(リュニオ)の討伐。

 そして――全員で帰ってくること。


「――絶対に、誰も死なせないっ!」

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