天敵
背中に鈍い痛みが走り、サイは目を覚ました。
バンビを抱えるように地面に横たわっていたようで、バンビもまた気を失っていた。
「バンビ……大丈夫か?」
「ん……」
頬を軽くはたくとバンビはすぐに目を覚まし、サイの顔を覗き込む。
「あれ……どうなったの?」
「わからないけど……多分爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた」
バンビの而術が凄すぎたのか、それとも敵の最後の捨て身の攻撃だったのかは現段階では判断できないが、ひとまず現状を把握するのが最優先と判断し、サイは辺りを見渡す。
バンビ以外の仲間は見当たらない。
而力の気配に意識を集中させると、ここから少し離れたところに二人、おそらくギンタとナエ。さらに離れたところに一人の而力の反応が確認できる。
この反応はヨノスケだ。
ヨノスケが天使ちゃんの腕をつかんでいたのは見ていたのでおそらく一緒だろう。
爆発があった場所から北・東・西に吹き飛ばされたようだ。
「綺麗に三手に分かれちゃったみたいだけど、多分みんな無事だと思う。とりあえず合流しよう」
「うん……」
バンビを起こそうと手を差し出すと、上空から臭気とともに巨大な何かが落ちてきた。
そのまま地面に落ちるとべちゃりと赤い液体が当たりに飛び散る。
「これって……さっきの而生獣の……」
先ほど爆散した而生獣の肉塊とみていいだろう。
だが元々のサイズが規格外の大きさであったため、肉塊といってもサイやバンビの二回り、いやそれ以上の大きさはある。
「なんか……まだピクピクしてるんだけど生きてんのコレ」
「どうだろ……活造りみたいな感じなのかも……」
肉塊はピクピクと動いているが、徐々に反応が大きくなっていく。
ドクン……ドクン……ドクン……。
まるで心臓のように一定のリズムを保ちながら脈を打つ。
ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……。
その鼓動は激しさを増していく。
「ヒィィィィキモすぎるんだけどこれぇ!」
「まだ生きてるぞ。バンビもう一度頼む!」
「分かってるわよ! 連鳴槍!」
バンビから数十本の雷の槍が放たれる。
すべて命中するするが動きは止まらない。
むしろ活性化している。
――ビリビリビリリリィィィィ……
ビリビリィ……ビリリリビリビリィィィィィ――――
而生獣の雄たけびなのか、それとも肉塊が大きく動いた際の筋が避ける音なのかは分からないが、耳にするにはあまりに不快な音が周囲に轟く。
おもわず耳を塞いだサイとバンビは、鳴り響く音と肉塊の変質を黙って見守るしかできなかった。
「……ふざけやがって。なんだんだよこいつは」
サイが思わず悪態をついたのも無理はない。
そのまま死にゆくべき肉塊は、まるで巨大な蜥蜴のような姿に変わった。
しかもその蜥蜴の身体には常時バチバチと稲光が走っている。
「なにこれ? 電気蜥蜴」
「そんな生易しいものじゃないだろ」
長い舌を出しては引っ込め、サイとバンビをじぃっと睨みつける。
「……ビリビリリ」
蜥蜴のような而生獣はどうやらサイに狙いを定めたようで、サイに向かって小さな手を差し出している。
「……握手しろってことなんじゃない?」
「馬鹿いうなよ。こんなのに触れたら感電するわ」
サイは少しだけ後ろに下がりつつ斐劔を構える。
「多分……こいつに黄系統の而術は効かないな」
「うん……最悪ね」
而術には相性と耐性がある。
例えば赤の系統のと青の系統の而術をぶつけ合うと而力や而術自体の威力によほどの差がない場合は青の而術が勝る。
そして資質がある系統を受けた場合、効果が弱まることも既に周知されている。
つまりサイの場合は、赤而には強く、青而には弱いということになる。
基本的な原則はこのような形になるが、而生獣、つまり体内に而臓を持つ生物については話が変わってくる。
而生獣の場合、資質ではなく、体そのものがその系統の影響を受けているため、苦手な系統の而術を受けた場合、人間よりもはるかに大きなダメージを受ける。
一方で、同系統の而術に関してはどんなに而力の差があったとしても完全に無効化できる。
故に、今目の前にいるのは見た目から黄系統の而生獣だと判断できる。
つまりバンビがいかに高火力で攻め立てても、完全に無効化される。
懇親の一撃すらまったくの徒労に終わってしまうのだ。
(……だからこいつは、僕が倒さなければならない)
サイは、右手で握った赤みがかった斐劔に而力を込める。
刀身がさらに赤くなり、熱を帯び始める。
これは、火種だ。
「バンビ……申し訳ないけど限界まで使わせてもらうよ」
サイがそう呟くと、斐劔から一気に炎が噴き出す。
「これが今僕が出せる……最大火力の――赦」
斐劔を縦に大きく振り下ろすと、炎は巨大な火球が而生獣に迫る。
而生獣は何が起きたのか理解していないようで、回避行動をするわけでもなくそのまま炎に飲み込まれた。
「ビィィィィィィィ――!!」
炎に包まれながら而生獣は地面をのたうち回り、苦しんでいるようだ。
このあたりに池や沼などはないので、一度火の手が回ったら灰になるまで消えないだろう。
「ビィィィィィ――!」
甲高い獣の声が響く。
而生獣とはいえ、生物が苦しんでいる姿を見るのは元々日本人であるサイとバンビの感覚からすると嫌悪感はぬぐえない。
だが、未知の而生獣を前に油断などできないし、これで終わったとも決めつけられない。
なんせ肉塊から変形した而生獣なのだ。
さらに形を変える可能性はある。
――そして、その可能性は現実のものとなる。
「ビィ……ビビ……ビリィィィィィィ」
今にも灰になりそうな体から、逃げるように何かが上空へと飛び上がった。
地面には真っ黒に焦げた而生獣の皮が残されている。
「脱皮した!?」
上空でこちらを睨む而生獣は一回り小さくなっていたが、稲光を纏うその様は先ほどと同じだ。
一つ違うとすれば、今度は体全体から害意を放っていることだ。
「ビリィィィェェェェェェ!!!」
甲高い声とともに口を大きく光り、そこに体中に走る光が集まっている。
「――ヤバイ。完全に怒ってる」
「そんなの分かってるよ――擂!」
サイはとっさに左手に持っていた斐劔に而術を使い、そしてそのまま遠くの木に突き刺さるように投げた。
「ビィリェェェェェェェl」
而生獣の口から光の玉が放たれる。
最初はサイとバンビがいる方向にめがけて飛んでくるが、途中で何かに引き寄せられるように方向を変え、サイが投げた斐劔に直撃する。
当たった瞬間に木は根元からはじけ飛び、炎をあげる隙すら与えないほどの威力だったのか、残った根元部分も黒く焼き焦げている。
これがもし自分だったらと、想像するだけで寒気が走る。
「……マジかよ」
サイのとっさの判断は、間違っていなかった。
入学式でシナークに対しても使用した黄色而第壱號ノ弐の擂は電気を帯びたものを引き寄せる。
より而力を込めればその引力も強まっていく。
本来黄系統に適正のないサイではあるが、而術のコントロールができないバンビに無理矢理覚えるよう強制されたために使えるようになった。
サイが擂を使えば、バンビはコントロール無用で自身の而術を当てられるようになる……というなんとも自分勝手な話に付き合わされたという話だ。
もちろん非効率的でそのせいでサイは適正のある赤而の而術もまだ第壱號の数種類しか体得できていない。
だが、今回はそのバンビのわがままに助けられたといっても過言ではない。
「ビリリィ……?」
而生獣は不思議な顔ではじけ飛んだ木を見た後、サイとバンビを見る。
体を覆っていた稲光は消えている。
そして体が完全に修復していて火傷などはみられない。
「バンビ……どうやらこいつ」
バンビの而術は通じない。
サイの而術は脱皮により回復する。
「僕たちにとって――――天敵すぎる」




