定説
遡るのも困難なほど遠い過去。
ウーテ王国とは大陸を挟んで真逆に位置するテリダ侯国において、而生獣のような身体的特徴を持つ人間が大量に発生し、当時の人々は彼らを而有種と呼んだ。
その多くが鋭い牙や固く頑強な爪、犬や狼のような耳といった特徴があった。
とはいえ個体差にバラつきがあり、一見すると人間と見分けがつかない而有種も存在したが、唯一共通していたのが、体内に而臓があるという点だ。
すなわち而生獣の特徴を持つ人間ということである。
わずかに発見された記録では、而有種は而生獣との交配によって生まれたとの記載があり、禁忌の存在として人類史において理不尽な迫害を受けていたとのこと。
それに耐えかねた而有種は、自身を人間と偽り、人間としてと社会に溶け込み、人間に近づくことを最優先とした。
今ではほぼ人間と変わりはなく、体内に而臓を持つ個体が出現することはほとんどなくなったが、時折、而生獣の特徴が色濃く出現する者も現れる。
それが転生者であることは、あまりにも稀有だと断言できる。
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モモンキーパークの内部に入った一行は、サルーテンからの情報を頼りに而生獣の出現場所に足早に向かっていた。
而力の気配が読めるサイと、防御力の高いヨノスケを先頭に、ギンタ、ナエ、バンビ、そして本来はイレギュラーであるハァト帝国の学生を連れている。
「いいのかよサイ君……サルーテン教授に許可なく連れてきてさー」
「仕方ないですよ。なんかものすごく圧が強かったし、それににじたまのメンバーですよ。オタクとして無視できないです」
「まぁそうだな……それに天使ちゃんは当時14歳くらいの最年少メンバーだし、まだちゃんと大人を経験してないから、あの場で目を離すのも危険だしな」
「はい……僕たちでしっかり守りましょう」
「……おっけー任せろ」
サイは走りながら後ろを振り返る。
バンビの背後にぴったりと付きながら彼女も懸命に走っている様子が伺える。
「ううぅ……」
「ちょっと天使ちゃん! いい加減泣き止んでくれないかなぁ。めちゃくちゃ気を遣うんだけど!」
「だってぇぇぇぇ……こんなに転生者に会えるなんてぇ……しかもうるるん先輩もいるしぃぃ」
「あぁもう、うるるんって呼ばないで! 私はもう完全にこっちの世界の人間なの。ウーテ王国王女のバンビ=ウーテとして生きてるの!」
「うぅぅぅ……ごめんなさい」
「というか天使ちゃんもこっちの名前あるでしょ。今後そっちで呼ぶから教えなさい」
「こっちの名前はルルル=バーフアリィって言います」
「なにその風邪薬みたいな名前。まぁいいわ、これからはルーって呼ぶわ。だからルーも私の事はバンビって呼びなさい!」
「わかりましたぁ……ボンビー先輩」
「バンビよ! そんな貧乏神みたいに呼ぶなし! 天然も度が過ぎるとマヂ万死だからねっ!」
二人のコントのようなやりとりを耳にしながら、ギンタとナエは少し前を走る。
「なんかよくわからんが、昔からの知り合いってことなのか全員?」
「詳しくはあとで聞きましょう。でも私たちを除く四人がすごく特別な存在みたいね。ヨノスケのように」
「そりゃ頼もしい。こりゃ今回の任務は楽勝か」
「かもね。でもこっちの世界では私たちの方が先輩よ。年長者として彼らを守る義務がある。気を抜かないようにしっかりね」
「おうよ!」
ナエは、少しスピードをあげ、前を走るサイに追いつく。
「サイくん。そろそろ現場だと思うけど……気配は感じる?」
「はい……このまままっすぐ行けばいます。本来であれば他の而生獣と遭遇してもいいんですが、まるで逃げるように『それ』から遠ざかってますね」
「教授の言った通り、而生獣を捕食して成長していくタイプとみていいわね。モモンキーパークにはそのエサとなる而生獣が大量にいるから、時間が経てばたつほど危険度は増していくわ。サルーテン教授の判断は間違いじゃない」
「……初手はどうしますか」
「データがないから何とも言えないけど、まず最大火力で一気にダメージを与えたいわ。となるとバンビちゃんが最適ね」
「了解しました。バンビに而力を溜めさせておきます。姿は見えないですが強い而力を感じます。いつ攻撃が来てもいいように警戒お願いします」
サイは、ゆっくり速度を落とし、ルーとじゃれているバンビに近づく。
「……ふふ。年下なのに随分としっかりしてるわ。やっぱり転生者っていうのは本当なのね」
ナエはサイを目で追った後、先頭を走るヨノスケの背中を叩く。
「痛っ! なにするのよナエちゃん」
「気合い入れただけよ。本当にあなたが一番年上なんでしょ? しっかりしなさいよ」
「へへっ……任せとけ」
サイたちは而力の気配が一番濃い一帯で停止する。
辺りには妙に静かで而生獣の姿は見えない。
だが、而力の気配を感じるサイ以外のメンバーも、まとわりつくような圧迫感を感じていた。
「ここにいるのは間違いないが、全然姿がみえねーな。ナエ……どう思う」
「……姿を消せる而生獣っていうのが一番現実的だけど、それならこのプレッシャーも消さないと意味ないと思うわ。あとは目に見えないくらいめちゃくちゃ小さいとかね……それが一番最悪ね」
「而生獣は而力に比例して大きくなるのが定説だが?」
「教授も知らない未知の而生獣なんだから……あらゆる可能性は否定できない」
「なるほど……用心しよう。みんなも気を付けてくれ! どんな姿か想像できねぇ!」
この場では最も経験値の高いギンタとナエですら分からない状況。
サイもまた注意深く而生獣の気配を探りつつ、いつ攻撃が来てもいいように態勢を整えている。
(最低でもバンビが狙われたら守れるようにするのが僕の役割。バンビの火力が絶対に必要だ)
そのようにサイが感じるのはこのまとわりつく圧迫感から生じている。
おそらくこの而生獣は、バンビ以外の五人をはるかに上回る而力を有している。
だからこそバンビは絶対に守り切らなければならない。
サイはバンビの方を振り返る。
バンビは右手に而力を集中させている。
いつ来ても攻撃できるような態勢だが、その分、防御と回避に意識が向いていない。
最初の攻撃を躱せるかどうか、そしてこちらの攻撃を当てられるかどうかが肝だと言える。
「ヨノスケさん……お願いがあります」
「言われなくても分かってる。天使ちゃんは俺に任せとけ」
「……ありがとうございます」
懇願されたとはいえ、半ば無理矢理連れてきてしまった以上、バンビと同様にルーを守ることもサイにとっては絶対のルール。
だが二人に同時に意識を向けることはこの状況では不可能である。
「サイはバンビちゃんを守ってあげな。オタクたるもの推しは死んでも守らないと」
「僕の推しはあやるんですけどね」
「はは、俺も箱推しだから厳密にいうと違うけどな……」
軽く目を合わせた後、二人はさらに集中を高める。
近くにいるのは分かる。
だがどこにいるのか分からない。
あまりに而力が大きすぎる故の弊害なのかもしれない。
大きすぎて……わからない。
(……大きすぎる?)
サイはギンタの言葉を思い返す。
『而生獣は而力に比例して大きくなるのが定説だが?』
サイの頭の中にある仮説を浮かび上がると同時に、地面が大きく揺れ動いた。
「――全員上に跳んでっ!」
サイはバンビを後ろから抱え込むと、思い切り高く跳ね上がる。
少し遅れてギンタとナエが同様に飛び上がり、続いてヨノスケがルーの腕をつかんで宙に跳ね上がる。
目下の地面は大きな音を立てながら円形に崩れていく。
あたりの土と植物はその縁の中心に飲み込まれるかのように消えていく。
あの辺りはほんの数秒前まで立っていた場所だ。
――而生獣はずっと近くにいた。
「土の中にいて姿が見えなかったんだ!!」
サイが叫ぶと同時に巨大な牙を兼ね備えた而生獣の口が六人に迫る。
「なんつーでっけぇ口だ。あんなのに食われたら一発であの世逝きだぞ!」
「定説通りってわけか……未知の而生獣って言葉に振り回されて一番シンプルな答えが出せないなんて、自分が恥ずかしいわ」
「しょうがないよナエちゃん。さすがにこのデカさは想定外だ」
「わ…わわわどうしようぅ……」
「つーかキモい。なにこのデカみみず!」
各々がリアクションをとる中、サイは冷静に而生獣を見つめる。
――チャンスだ!
「バンビッ! 口の中に思い切りぶちかませ! コントロールなんていらない」
「オッケ~……ここで私の本気を見せつけてやるっ! 行くわよ」
バンビは右手を前面に出す。
「黄而第壱號ノ参『鳴槍』改メ……黄而號外『本気鳴槍』!」
視界をすべて奪うほどの閃光がバンビから放たれ、而生獣の口内に吸い込まれていく。
「えええぇぇぇぇぇぇ! 鳴槍を飲み込んだ!」
「いや――違うっ!」
而生獣の体がどんどん不自然な形で膨らんでいく。
ところどころに穴が開き始め、そこから黄色い閃光が暴れるように漏れ始める。
「ゲェェェェェェ――――!!!」
而生獣が苦しそうに叫び声を上げると、いよいよその光を留めておくことができなくなる。
「まずいっ! 全員身を守れ」
その瞬間――轟音とともに而生獣は爆散した。
お久しぶりの投稿です。
プライベートでいろいろありましたが、落ち着いたので投稿を再開します。
とはいえ変わらず更新ペースは遅いと思います。
気長にお待ちいただけると。
どんなに時間がかかってもちゃんと完結させるつもりです。
よろしくお願いします。R5.1.26




