討伐依頼
「……はぁ? 学生に而生獣の討伐させるんかこのもんちっち先生は。しかも禍獣級ってめちゃくちゃ危険じゃないか」
ヨノスケはまるでゴミを見るかのような目で、可憐な容姿をしたサルーテンを見下ろす。
「もんちっちじゃない。あちしの名はサルーテン=モモンモンキー! この世で一番の――」
「――教授それはいいです。話が長くなりそうなので私の方から説明します」
ナエは空気を読んだのか、口上の途中でサルーテンを抱え上げだっこすると、まるで泣きじゃくる子供をあやすかのように背中を優しくたたく。
「いい子でちゅね~。おねんねしましょうねぇ」
「あ、溢れ出る母性っ! これはばぶぅと言わざるを得ない。ば……ばぶぅ!」
「なんだこいつ気持ち悪い(はいはい……いいこいいこぉ)」
「ナエちゃんナエちゃん本音と建前が逆よ。心の声ダダ洩れ」
「…………すやぁ」
「そして寝たっ! なんだこいつ気持ち悪い」
コントのようなやりとりをしているうちに、サルーテンは本当にナエの胸の中で寝息を立て始めた。
本当に寝てるかどうかは怪しいが落ち着いてはいるようだ。
「それじゃあ説明するわね」
「それ……だっこしたままでやる?」
「えぇ。おろすと泣いちゃうから」
「赤ちゃんかよ……」
真剣な表情のナエとその腕に抱えられている生き物があまりにミスマッチで、ヨノスケは数注できないようだが、どうにもならないと判断して気にしないようにナエの言葉に耳を傾ける。
「サルーテン教授は自身の研究のために、対而連に而生獣の討伐及び生体素材の収集を依頼しているの。本来は免許のある猟士がその依頼に対応するんだけど、私とギンタもナハト賢王修学院の学生特別枠ということで免許なしで活動させてもらっているわ。それで今回教授は、モモンキーパークで発生した新種の而生獣の討伐を私たちに依頼しに来たの」
「……とりあえず聞きたいのはモモンキーパークって何?」
「教授が研究のために而生獣を放し飼いにしている区域よ。ナハト研究学園都市から少し離れた場所にあるわ」
「少し離れたって……そんなところに而生獣放し飼いって危ないでしょ」
「而術による強固な結界と最新鋭の防御壁で囲っているし、放し飼いとはいえ、中にいる而生獣はすべてタグ付けされていて行動が常に把握できる状態だから安全……なんだけど……ちょっと問題が起きてね」
「はは~ん読めたぞ……タグ付けされてない謎の而生獣がそのモンキーパークの中で大暴れしてるってことだな」
「そういうこと。本来なら私たちではなく、猟士に依頼するのが原則なんだけど、教授がいうには、恐ろしく成長が早いのですぐに対処が必要だということ。そしてこの而生獣に対応できるレベルの猟士が現在、私たち以外にみつからないとのことなのよ」
「……あの横から入って申し訳ないのですが質問良いですか?」
ナエとヨノスケの会話に割り込むように、サイは手を上げた。
ナエは何も言わずサイを見て小さく頷く。
「さっき、サルーテン教授は禍獣級の而生獣と言ってましたよね。タグ付けされてないし謎なのに、なぜ禍獣級と……」
それに学生に禍獣級の而生獣が討伐なんてできるのだろうか。。
サイやバンビが倒した巣喰と穢泥が禍獣級と聞いていたが、ゴウマがいなければバンビは死んでいたし、カガチが鈍鋲で動きを止めていなかったら、サイも負けていただろう。
決して声にはしないが、サイは戸惑いを隠せない。
「謎の而生獣の出現をきっかけにモモンキーパーク内にいる数体の厭獣級の而生獣の生体反応が消えたので、状況から見て禍獣級に相当する……という意味でしょうね。もしかしたらそれ以上の等級かもしれないけど……」
「……勝てるんですか。先輩方だけで……しかも成長速度が恐ろしく早いのであれば、より手に負えない状態に成長してるかも」
「私とギンタだけじゃ無理ね。これまでも厭獣級までしか依頼を受けていない。でも今回はヨノスケがいるわ。彼は既に禍獣級を単独撃破している。よほど油断していない限りは問題ないと思うわ。それに教授からの直依頼であれば安心よ。未知の而生獣とはいえあらゆる可能性を踏まえた情報を提供してくれるし、なにより――」
――教授は確実に討伐できる人にしか依頼をしないから。
そう語るナエの表情から、サルーテンへの絶対的な信頼がうかがえた。
その全幅の信頼を寄せられている本人は今、涎を垂らしながら寝ているが。
「ちょっと待ってよ。なんか俺が参加する流れになってるけど行かないからね。入学式でいろいろあってちょっと自信を無くしてるんだよ」
ヨノスケが話に割り込むと、ギンタもそれに反応。
「自信を無くすだぁ? まさか同級生と喧嘩して負けたか?」
「いやいやギンちゃん。俺が同級生に負けるわけないだろ。でも同級生じゃなくて……」
「同級生じゃなくて?」
「――とにかく今日は疲れてるからパス。また明日にしよう。今日はもう寝るわ」
そして荷物をもってヨノスケは寮の中へ入っていくが、その前にナエが立ち塞がり、人差し指を立てた。
「一〇〇〇万っ!」
「……一〇〇〇万ってもしかして」
「今回の成功報酬よ。私とギンタとヨノスケで三等分じゃなく、あなたには五〇〇万あげるわ」
その瞬間、ヨノスケは全身の体を震わせ、背筋を伸ばす。
「――やりますっ! やらせてくださいナエの姉貴ィ!」
「よしよしいい子だねヨノスケは」と頭をなでる姿は、やはり母性が溢れ出る。
「……というわけで起きてください教授。私とギンタ、そしてヨノスケの三名でお引き受けしますよ」
「う~ん……もう食べられないよぉ~」
「そんなベタなやついらないんですよ」
ナエが抱きかかえていた腕を雑にほどくと、サルーテンは腰から床に落ち「ぐえっ!」と唸り声をあげた。
「痛たたた……えっと、ナエちゃん説明してくれたのかな。ありがとー」
「はい。ヨノスケ含め、三人で依頼を受けます」
「うん。細かい説明と必要な装備等は組合事務所に手配してあるからビエッタちゃんに聞けばわかるよ」
「承知しました。じゃあいくよギンタ。ヨノスケ」
「ちょっと待ちなさいよアンタたち! 私も連れて行きなさい!」
三人の前に立ち塞がったのは、サイの隣で話を聞いていたバンビだった。
国は違えどさすがに一国の王女に無視はできないと、ナエは口を開いた。
「……バンビ様。これはお遊びではなく正式な仕事としての案件です。いろんな噂は聞いていますが、実際に命を落とすこともありえるんですよ」
「そんなの分かってるわよ! でも私だってこの前、禍獣級を撃破したのよ!」
「……それは本当ですかサルーテン教授?」
まだ腰を摩っているサルーテンは「うん」と小さく頷き、
「でも一緒に王の剣が傍らにいたらしいからねぇ。そうなると参考記録でしょ」
「確かにいたけど、倒したのは私。それに私の而力については知ってるでしょ。その辺の有象無象が束になってかかってきても一発でぶっとばせるわ」
「いやそれが余計に心配なのよあちしは。バンビちゃんはコントロールがうんこって、ウーテ学院の学長から聞いてるから。バンビちゃんの而力が暴走したらそれこそ終わりっしょ」
「それなら心配ご無用。最近最強の而術を編み出したのでね……ふっふっふっ」
力試ししたいだけなんだなぁ……というのがその場にいた全員に分かってしまったようで、サルーテンはどうしようかとバンビを見る。
バンビの全身からは赤い光が漏れ、その光がギンタ、ナエ、ヨノスケを包み込み、彼らを包んでいた青い光を侵食し始める。
この光は而力によるものではなく、サルーテンのみが見える物事の危険度がわかる光だ。
それは研究によって生み出されたものではなく、サルーテン本来の先天的な才能である。
安全ならば青、危険だと赤。
シンプルが故使い勝手がよく、サルーテンはこの指標をもって依頼する猟士を吟味している。
(バンビちゃんを連れてくとみんな真っ赤になる……混ぜるな危険。一緒に連れて行ったらおわりだ……ん?)
しかしサルーテンは、バンビから放たれる赤い光を飲み込み、これまで見たことのないような濃く力強い青い光に変える存在がいることに気づいた。
サルーテンはゆっくりとその者に近づき、下から顔をのぞく。
「君……名前は?」
「僕は……サイ=ダマスカス、と言います」
「サイ=ダマスカス……あぁ君があのダマスカス開発のお坊ちゃんか」
サイ自身にはそこまで強い力は感じないサルーテンではあるが、その目に映る青い光があまりにも美しかった。
さらに目を凝らしてみると、バンビだけではなく、ヨノスケ達の方まで侵食しているバンビの赤い光まで、青へと切り替わっていく。
「分かった……バンビちゃんの参加を認めましょう。でも一つだけ条件があります」
「お、何? 無茶苦茶なこと言ったら教授だろうがぶっ飛ばすよ」
「サイ君と一緒に行動しなさい。それが条件」
「あ、そんなことか……うん、OK! なんなら連れてこうと思ってたし!」
「えっ! ちょっと待ってよバンビ! 僕はまだ何も」
「うるさいなぁ……サイだって双子ちゃんからもらった斐劔試したいと思ってたんでしょ!」
図星をつかれて思わず声を飲み込むサイ。
確かにその気持ちはあるが、相手は禍獣級。
お試しにしては随分とレベルが高い。
「……サルーテン教授が言うのなら大丈夫よ。一緒についてきてサイ君」
ナエが優しく声をかけると、サイは小さく頷いた。
そうなると黙っていないのが、一人残されるハクバである。
「サルーテン教授……俺も連れて行ってください! ハクバ=ミスミ。姉はウーテ王国騎士団第壱分団長のハナエ=ミスミです」
「あー君がハナちゃんの弟か…………う~ん」
サルーテンはハクバをじっと見つめる。
目に映るのはハクバを包む血のように濃い赤黒い光だ。
「……ダメ」
「……え?」
「ダメ。弱すぎる。現時点の君を連れていけば間違いなく死ぬ。だから絶対に連れて行かない」
先ほどまで半分ふざけていたかのような態度でいたサルーテンが、いつになく真剣なまなざしでハクバを睨んだ。
蛇に睨まれた蛙のように、ハクバはその視線に圧倒され、何かを言い返すどころか、身動きすらできなかった。




