入学式③
「せっかく私の新任挨拶を聞いてもらおうと思ってたのですが、もう終わってしまいましたよ」
「……ニニエロ」
ニニエロはサイを見つけると大きくため息をついた。
「にしてもまさかサイ君が一番最初に問題起こすとはね。バンビ様が最初にやらかすと思ってたのでノーマークでした」
「いやいや違うって。あっちの方が喧嘩売ってきたんすよ。こっちはまだ何もしてない」
割り込むようにヨノスケが声を出すと、ニニエロは顔の向きを変え、ヨノスケを睨みつける。
「まだ何もしてないなら、そのまま何もせず席に着きなさい」
「はぁ? あっちは而術使ってきたんすよ。尻蹴りぐらいいいでしょ」
「ダメです。座りなさい」
「嫌だと言ったらどうします? 退学にでもしますか? こっちはもうサイ君と知り合えた時点でもう十分元とれたから別にいいんですよ。でもまぁ一介の教師に七色彩明虹の英雄を退学の権限があるかはわかりませんが……」
ヨノスケはにやりと笑い、主導権はこっちが握っているぞとアピールする。
(自分の価値を正しく理解し、それを手札として瞬時に使いこなす才覚。ユウソクには天才がいると聞いてはいたが、単に力が優れているというだけではなさそうだ……とはいえ)
大人が子どもに負けるわけにはいかないな、ニニエロは余裕の表情で受けて立った。
「……そういえばバンビ様から昔聞きましたが、七年前、あなたのお父様がバンビ様の国外逃亡をサポートしたそうですね……未遂に終わりましたが」
「あぁそれ親父から聞いたことあるわ。王女様の依頼をニニエロって騎士に邪魔されたって。んでその騎士が王女様を誘拐して殺そうとしたとかなんとか。嘘かと思ってたけどどうやら本当っぽいな……」
「昔の話です……今はバンビ様に忠誠を誓っているので」
「否定しないんだな。ならそんな異常者の言うことはますます聞けないわ」
ヨノスケは体の向きを変え、ハァト帝国の学生の方をみる。
「安心してニニエロ先生。こいつの尻におもいっきり蹴り入れるだけですから」
「……」
「ほれ、ケツだせや。一回でチャラにしてやる」
「ひぃっ」
ハァト帝国の学生は体を縮こまらせたまま、震えている。
「はやくしろよ。入学式始まってんだよ」
「や……やめてくれ。俺が悪かった」
「そんなの言われなくても知ってる。いいからケツ。そうしないとこのまま蹴るぞ」
「――おい、お前教師だろ! 生徒が暴力振るわれそうなのに止めないのかよっ!」
学生は恐怖のあまり、ニニエロに向かって悪態をつく。
もうこれ以外に助かるすべがないという最期の悪あがき。
だが、サイには目に涙を溜めて懇願しているように見える。
「ねぇヨノスケさん……もう十分じゃない。俺もケガしてないし」
「いや、こういうのは最初に教えとかないといけないんよ。手を出したらいけない相手がいるってことを」
ヨノスケ自身も最初は半分冗談のつもりだったのかもしれないが、ニニエロが現れたことで、火がついてしまったように思える。
今の言葉は目の前で怯える同級生に向けたものではなく、ニニエロに向けた言葉にしか、サイには聞こえなかった。
「……はぁ仕方ないですね。ご指摘のとおり私にはヨノスケ君を退学にできる権限はありません。ですが立場上目の前で困っている学生を無視することはできません……なので」
――実力でやめさせます。
ニニエロが何をしたのかは分からなかった。
だがニニエロが喋った後すぐに、大きな黒い槍がヨノスケの胴体を貫いていた。
「えっ……なんだこれ」
ヨノスケ自身も驚いている。
いつ攻撃されたのか分からなかったこと。
体を貫いているのに痛みがないこと。
そしてなにより、体が自分の意思で動かせなくなっていたことに。
「ヨノスケ君は常時強い而力の膜で全身を守っている。なので並の而術では無効かされてしまう。でもそれには弊害があって、その分相手の而力の気配に鈍くなる。攻撃を受けてもどんな而術を使われたのかすら分からないほどにね。それならばそのガードを突き破るくらいの強力な而術をしっかり準備して使えば、あなたはそれに気づけないので、容易に当てることができる」
そんな強力な而術を準備していたことなど、ヨノスケはともかく、サイも気付けなかった。
ヨノスケ覆う障壁はサイから見ても強力なものだ。
おそらくハクバの天翼盾と同等かそれ以上の強度があるはず。
(なんという強さだ。これが騎士団の分団長クラスの実力か)
ニニエロから鈍鋲の対処法は教わってはいたが、実際に手合わせはしたことがない。
でもこれぐらいの実力がなければ、何かあった時にバンビを抑え込むのは不可能だろう。
「あ、そうそう見た目は派手で痛そうですが、実際に貫いてるわけじゃないので痛くはないですよ。でも動けないでしょう……どうします? これ以上やります?」
これはもう完全に手の内がないと判断したヨノスケは唯一動かせる口だけ動かして、「完敗です。もうやりません」と呟いた。
「よろしい。では早急に席についてください」
ニニエロは笑顔で而術を解除すると、黒い槍は消え、ヨノスケは体の自由を取り戻した。
「……正直学校なんてつまらないかなぁと思ってたけど、想像以上に楽しめそうで嬉しいよ。じゃあまたねサイ君……そしてニニエロ先生」
そう言うとヨノスケは素直に着席する。
「そして次は君たちですね……」
目の前の展開にあっけにとられていたハァト帝国の学生たち。
その先頭で腰が抜けて立てない学生に「君が先に手を出したんですね」とニニエロは声をかけた。
「す……すいませんでした。許してください」
「……無許可で同級生に而術を使うなんて、本来ならば一発退学ですが、君には借りがあるので黙っておきましょう」
「借り……ですか?」
「君はシナーク=クマリザンですよね。黒の而術が使えると噂の」
「は……はい」
「元々私はここの講師になる予定はなかったのですが、君が黒系統の而力持ちだからなんとか働くことができるようになりました……ありがとうございます。これで借りが返せてすっきりしました」
ニニエロは笑顔を作っているが、目が笑っていない。
それにはシナークも気づいていて、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている。
「でも一つだけ忠告させてもらいましょう。君はどうやら黒の而力持ちということを、何か特別な存在であると勘違いをしている。黒はあくまで而力の系統の一つでしかありません。希少ではありますが特別じゃない。しかもその希少性が故に指導できる者がいないので、むしろ他者より一歩遅れているでしょう」
「……肝に、銘じておきます」
まるで図星をつかれたかのように、シナークは顔を俯けて悔しそうに唇をかんだ。
「はい、でも君は幸運です。この学校には私とカガチという黒の而力を扱える者がいます。教わる者として適切な態度、礼節を重んじれば、我々ができる限りの全てをお伝えしようと思います。今後は他者と比べるのではなく、自身と向き合うことをおすすめしますよ」
そう言ってニニエロはシナークの手を取り立ち上がらせる。
顔を上げるとシナークの目からは涙が溢れていた。
「うっ……今回はすみませんでし……た。今後とも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「はい。では入学式に参加してくださいね」
シナークは小さく頷くとすぐに椅子に座った。
後ろに控えていた八人もそれに続く。
「サイ君もですよ」
「はい……あ、ちょっと待って!」
サイはハァト帝国の学生たちに、一言だけ声をかけた。
「もし『にじたま』や『あめだま』ってフレーズを知っている人がいれば、学校が終わったら寮まで来て欲しい! 多分力になれるはずだから!」
サイは反応を確認することなく、そのまま席に着いた。




